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【142】アリス立てこもり事件




 アリスの体調はすぐによくなり、翌日からは普通に過ごしていた。


 ――はずだけど、これは一体どういう状況なんだろう……。


 おじ様のところから帰ってくると、離宮の中が何やら慌ただしかった。

 いつもはすぐに出迎えてくれる侍女達も少し遅れてからやってくる。


「シャノン様、おかえりなさいませ」

「ただいま。……ねぇ、なにかあった?」


 そう問いかけると、セレス達がお互いに顔を見合わせる。


 そして、セレス達が私を連れてきたのはアリスの部屋の前だった。その扉の前にはノクスが所在なさげに佇んでいる。そんなノクスの足元では、狐が心配そうにノクスを見上げていた。

 ノクスが狐を抱き上げていないなんて珍しい……。

 そんなことを思いながら近付いていくと、ノクスの様子がおかしいことに気付いた。

 普段から無表情ではあるけど、今は表情が抜け落ちてるというか、放心している感じだ。いつも以上に目に光がない。


「の、ノクス、大丈夫……?」

「……」


 返答はない。

 ノクスの視線はアリスの部屋の扉に固定されているので、聞こえているかも怪しいところだ。

 そんなノクスを見て、狐が「キュゥ……」と悲しげな鳴き声を上げている。


「……完全に放心しておるな」

「ね。セレス、何があったの?」

「それが……」


 言いづらそうなセレス曰く、どうやらノクスとアリスが喧嘩をしたらしい。

 それでアリスが一方的に怒って部屋に閉じこもってしまったんだそうだ。何で喧嘩をしたのかはセレス達にも分からないらしい。

 なんだかんだ仲良しな二人なのに……。


「だ、大丈夫だよノクス、喧嘩したなら仲直りすればいいんだから」

「……喧嘩……したことない……。仲直りって、どうしたらいいんですか……?」

「それはねぇ――」


 そこで、私はピシリと固まった。

 ……あれ? 私って誰かとまともに喧嘩したことあったっけ……?

 喧嘩どころか、まともに友達ができたのもつい最近のことなんですけど。そんな私に仲直りの方法が分かるはずなくない?

 ……仲直りってどうしたらいいんだ……?


「……リュカオン」

「分かった分かった。だからそんな情けない顔をするでない」


 リュカオンの大きな前足がポンッと私の肩に置かれる。


「そもそも、喧嘩の原因が分からなければ仲直りもなにもないのではないか?」

「確かにそうだね。ノクス、どうしてアリスと喧嘩したの?」

「……俺にも、分かりません……。普通に話してたら、アリス様が急に怒り始めて……『ノクスの顔なんて見たくもない』って、言われました……」

「そっか……」


 うう、直接自分が言われたわけでもないのに胸が痛い。

 だけど、つまりは原因は分からないということだ。

 う~ん、ノクスに心当たりがないくらいの小さな出来事でアリスが怒るとは思えないんだけどなぁ。アリスはノクスのことを大層かわいがってるし、理不尽に八つ当たりをするとも考えられない。

 これは、怒りの原因を本人に直接聞くのが早いかな。

 よしっ。

 私は一つ深呼吸をし、アリスの部屋の扉をノックした。


「――ええと、アリス、シャノンだよ。入ってもいい?」

「ダメよ」


 間髪入れず返答がくる。


「……シャノン、シャノン? おい、気をしっかりもて」


 リュカオンの言葉でハッと我に返る。どうやら、ショックで一瞬意識を飛ばしてしまっていたようだ。


「初めてのお友達に……拒絶された……」

「……」

「被害者が二人に増えただけだったのう……」


 横並びで呆然と立ち竦む私とノクスを見て、リュカオンがボソリと呟く。

 すると、私の様子を見かねたラナがこちらに歩み寄ってきた。


「し、シャノン様、大丈夫ですか? 抱っこしますか?」

「……だっこする」


 手を伸ばせば、ラナがすぐに抱き上げてくれる。ラナも力持ちだね。

 ぎゅぅっとラナの細い首に抱きつくと、ショックが少し緩和された気がする。


「……ラナあなた、なんてだらしない顔をしているの」

「この上なく嬉しそうな顔ですね……」


 ハグでメンタルを回復していると、アリアとセレスの呆れたような声が聞こえてきた。

 私からは確認できないけど、どうやらラナは二人が思わず注意をしてしまう程だらしない顔をしているらしい。見たいけど、下手に動いたらバランスを崩して落ちそうだ。


 ラナの抱っこで多少メンタルは回復したものの、再びアリスに声をかける勇気は出なかった。シャノンちゃんは繊細なのだ。

 ラナにしがみついて離れようとしない私を見て、リュカオンが一つ溜息をく。


「まあ、いくら立てこもっているとはいえ腹が減ったら出てくるであろう。その時に話せばよい」

「神獣様、それなのですが……」


 リュカオンの言葉に、私を抱っこしたままのラナが言いづらそうに口を開く。


「その、アリス様は一週間分の保存食などを準備されてからお籠りになられました。なので、今日中に出てきてくださるかは怪しいかと……」

「なんて計画的な」


 とても突発的に起こした行動とは思えないね。

 お手洗いやシャワーは部屋の中についているから、食事があればいくらでも籠もれてしまう。今のところ、最大一週間は部屋から出てこない可能性があるということだ。

 というか、一週間後なんてアリスが国に帰る予定の日じゃん。


 その日は私達の説得も空しく、アリスが部屋から出てくることはなかった。


 ……さすがに、明日には出てくるよね……? 一応多めに食料を確保しただけだよね……?

 だけど翌日、私の嫌な予感は的中することになる。








 翌朝。

 私はいても立ってもいられず、起きるやいなやアリスのもとへと向かった。

 寝ぼけ目のリュカオンに乗って廊下を歩くと、アリスの部屋の前に先客がいることに気付く。黒い髪の毛の少年は、もちろんノクスだ。


「ノクスおはよう」

「おはよう……ございます……」

「アリスは出てきた?」

「いえ……」

「そっか……」


 ……まさかアリス、今日も出てこないつもりなのかな……。

 嫌な予感がするなぁ……アリス、こうと決めたら揺るがなそうだから。

 すると、前方から見慣れた白髪はくはつさんが歩いてきた。朝だからシャツにスラックスだけのラフな格好だ。


「――おはよう姫」

「フィズ、おはよう」

「あのお嬢様、昨日から引きこもってるんだって?」

「そうなの。今日もまだ出てこなくて……」


 フィズはこちらまで歩み寄ってくると、私の顔を覗き込んだ。そして、私の目の下を指でソッと撫でる。


「少し隈が出来てる。眠れなかったの?」

「寝付きがよくなくて……」

「お嬢様のせい?」

「せいとかではないけど……」


 アリスのことが気になって中々寝付けなかったのは事実だ。


「なるほど、じゃあ蹴破ろっか」

「何がなるほどなのだ」

「お嬢様が出てこないから姫が気にして眠れないんでしょ? じゃああのお嬢様を引きずり出せばいいじゃん」

「脳筋か。そなたは何も分かってないのう」

「え~、あのお嬢様を部屋から引きずり出せば姫もよく眠れてこの痛々しい隈もなくなって全部解決じゃない?」


 コテンと首を傾げるフィズにリュカオンが呆れた視線を送る。


「それでは根本的なところが解決しないであろう。なんでも物理で解決しようとするでない」

「そもそも対話ができないんだからまずは引きずり出すしかなくない?」

「……おい皇帝、そなた友人と喧嘩をした経験はあるか? というか、そもそもまともな友人はいるか……?」

「いないし、誰かとまともに喧嘩したことなんてないよ」


 即答するフィズ。


「フィズ、仲間だねぇ」

「ふふ、姫と仲間なんて光栄だなぁ」

「お前達……そんなことで仲間意識を持つでない」


 フィズとほのぼのと微笑み合っていると、呆れたようなリュカオンの声が割り込んでくる。

 すると、どこからかカサリと何かが擦れたような音が耳に入ってきた。


「ん?」


 何の音だろうと周りを見回したけど、音の発生源らしきものは見当たらなかった。

 気のせいかな……?


「姫、なんか紙が出てきたよ」


 フィズが屈み、アリスの部屋の扉の下から出てきた二つ折りの紙を手に取る。そして、それをペラリと開いた。


「あ、なんか書いてある。『滞在させていただいている身で申し訳ございません。今はノクスの顔が見たくないので、放って置いてください。予定日には大人しく国に帰りますので、ご心配なく』だって」

「アリス様……」


 ノクスが俯く。

 あ、あのノクスが明らかに落ち込んでる……!

 普段はほんのりとしか表情を変えないノクスの眉尻が下がり、落ち込んでいるのが傍から見ても丸わかりだ。今にも泣き出すんじゃないかとヒヤヒヤする。


「――キュゥン?」


 そこで、狐がのんきにポテポテと歩いてきた。こんな時間に狐が起きていることなんてないので、何かを感じ取ったのかもしれない。


「狐! いいところに来たね!」

「キュ?」


 首を傾げる狐を問答無用で抱き上げ、半ば無理矢理ノクスに持たせる。


「の、ノクス、とりあえず狐抱っこしよ!? ほら、フワフワしてあったかくて癒やされるよ!!」

「ありがとうございます……」


 ノクスはとりあえず狐を抱っこして片手で撫で始めたけど、心ここにあらずな感じだ。


「大丈夫? フィズに抱っこしてもらう!?」

「それは……ちょっと……」


 固辞するノクス。

 遠慮しなくてもいいのに。フィズも「やろうか?」って感じで手を構えてるし。

 ノクスとフィズを交互に見る私に、リュカオンがはぁと一つ息を吐く。


「皇帝に抱き上げられて喜ぶのはシャノンくらいなものだぞ」

「そっかぁ」


 視界が高くなって楽しいんだけどな。


 それから暫くしてもアリスは出てこなかったので、その場で私達は解散した。

 










 その日の夜、私は行動を起こすことにした。

 真っ暗な庭から、アリスの部屋のベランダを見上げる。


「リュカオン、行くよ」

「うむ。皇帝が言っていた扉を蹴破る案とあまり変わらない気がするが……まあいいだろう」


 魔法を発動すると自分達の周りがぼんやりと青白く光り始める。蛍みたいで綺麗だけど、今はのんびり眺めている暇はない。

 ふわりと舞い上がった私とリュカオンは、アリスの部屋のベランダにソッと降り立った。

 部屋の中に入ろうとしたけど、やっぱり掃き出し窓の鍵はかかっている。

 ふむ、仕方ない……。


 ガラスに顔を貼り付けた私は、トントンと掃き出し窓をノックした。

 カーテンが掛かっているから中の様子は見えないけど、「何の音かしら……」というアリスの声が聞こえている。

 そして、部屋の中のカーテンが捲られた。

 瞬間――


「――ア゛~リ~ス~ゥ~」

「ぎ、ぎゃああああああああああああ!!!」


 窓にベッタリ顔を貼り付けたままニヤリと笑う私は大層怖かったらしい。

 アリスは目を見開くと、悲鳴を上げて後ずさった。


 その間に、私は魔法で勝手に鍵を解除して部屋の中に入る。


「し、シャノン……?」


 未だに驚きの余韻が抜けないアリスに向けて、私はニッコリと笑ってみせる。




「――アリス、お話しよっか」






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<書籍2巻は2024/12/6発売です!>
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