【141】あれ? 私が遊ばれてる?
フィズに抱っこされたまま食堂へ向かうと、その様子を見たセレスやオルガから微笑まし気な視線が送られた。
食堂に到着すると、フィズが「はいどうぞお姫様」と椅子に座らせてくれる。
お姫様扱いに私はご満悦だ。
「リュカオンいいでしょ」
「ああ、羨ましいのう」
「あはは、神獣様にもしてあげようか?」
「遠慮しておく」
丁重に辞退を申し出たリュカオンを見て肩を竦めたフィズは、スッと私の対面に腰掛けた。フィズが座ると、すぐに食事が運ばれてくる。
そして食事が始まって少しすると、リュカオンがフィズの方を見て口を開いた。
「――おい皇帝、あの襲撃者達はどうなったのだ」
「姫との楽しい食事の時間に物騒な話を盛り込むねぇ神獣様」
「そなたが多忙で中々話す時間がないのが悪い」
「それもそうか」
そう、フィズは昼間はお仕事で王城の方に行ってるから、夜しか離宮には帰ってこない。それも、結構遅い時間だったりする。なので、せっかく離宮に滞在してるのに全然話をする時間がないのだ。
「まあ、あの襲撃者達は法律に基づいた罰が下されるとして、神獣様が気になるのは彼らの仲間の存在だよね?」
「ああ。来たところで撃退するのみだが、動向を把握しておくに越したことはない。できたら未然に駆逐しておきたいところだ」
「――ああ、それならもうやっておいたよ」
「「え?」」
私とリュカオンの声が被った。
今なんて?
「襲撃犯と少しお話したら、仲間の居場所を吐い――教えてくれたから、ちょっと一人で抜け出して潰してきちゃった」
ニッコリと笑ってフィズが言う。
「い、いつの間に!?」
普通にお仕事して普通に夜は帰ってきてたよね!?
「夜中にちゃちゃっと、ね」
フィズ、夜中に行動すること多いね。というか、同じ建物の中にいたはずなのに全然気付かなかった。
「ちなみにどこまで行ったの?」
「あのお嬢様の国の端っこまで」
「それ結構遠くない?」
私は箱入りだから地図上でしか知らないけど、一国の皇帝がそんなに易々と移動するような距離じゃない筈だ。
「遠かったけど、グレイスに乗って行ったからすぐだったよ」
グレイスはフィズが契約している白虎の聖獣だ。
今思えば、私がセレスの故郷に行っていた時もフィズはグレイスに乗って移動してきていたんだろう。
「……一応聞くが、それは問題にはならないのか?」
「公になっちゃったらダメだろうね」
「え、ダメなの?」
さらりと答えたフィズに私は面食らう。
「ほんの短い時間とはいえお嬢様の国に無許可で入国しちゃってるし、襲撃犯の仲間とはいってもうちの国ではまだ何もしていない人達を、逆に襲撃してきちゃったからねぇ」
「問題になっちゃう?」
「バレなきゃいいんだよ。アダムにも言ってないし」
……アダムには言っといた方がよかったんじゃないかな。そしたら十中八九止められてただろうけど。
近い未来で頭を抱えるアダムが目に浮かぶようだよ。
あの人も苦労するなぁ……。
「ただ、あっちの国では前科者っぽかったから縛り上げて近くの警邏隊の詰所に置いてきたよ。あとは向こうでなんとかしてくれるでしょ」
お手並み鮮やかすぎる。
「そやつらはさぞ驚いたことだろうな。深夜にこんな化け物のように強い奴に襲いかかられて」
「降りかかる火の粉を払っただけだよ」
「そやつらはまだ火の粉にもなっていなかったがな」
「あれ? 神獣様は反対だった?」
「いや、よくやったと思っている。万が一問題視されるようなことがあれば我がそなたを擁護してやろう」
「やったー」
リュカオンはフィズの出張過剰防衛に大賛成みたいだ。表舞台に立つのは好きじゃなさそうなのに、率先してフィズを庇うと宣言しているくらいだし。
「姫のお出かけを邪魔した罪は重いよね」
ケロリとした顔で言うフィズ。
私の旦那様は過激派だね。
リュカオンもうんうん頷かないの。
そしてちょうど昼食を食べ終わった頃、アダムがフィズを回収しに来た。
ここで昼食を摂ることをアダムに言わずに抜け出してきたらしい。
アダム、お疲れ様。
昼食が終わると、何もすることがなくなってしまった。
フィズはもちろんお仕事だし、アリスは体調不良でお部屋だ。あの襲撃事件以来、外がそこまで安全ではないことが分かったので街には行っていない。会いに行っていたアリスが離宮にいるからというのもあるけど。
ちょっと前の私って何してたんだっけ……。
そういえば、王城が人手不足だったからコッソリ面接に立ち会ったり、急病人続出で手が回っていない部署のお手伝いをしたりしてたんだ。
人員が十分補充できてからは皇妃様の手を煩わせるわけにはと固辞されてしまったから、もうしてないけど。
あとはフィズに差し入れを持って行ったりしてたけど、フィズとはさっき会ったばかりだし、ごはんも食べた直後だから差し入れを持って行くのもな。今日はコンラッドの授業もないし……。
「う~ん、どうしよっか」
「どうするかのう」
リュカオンと並んで頭を悩ませる。
暇そうで、私に構ってくれそうな人いないかな……あ。
そこで、私はとある存在を思い出した。
暇そうなの、一人……というか、一匹いるじゃん。
「――キュ……」
クッションの上で、何しに来たんだよとこちらを見上げる狐。
「狐~、遊びにきたよ~」
そう、常に予定がない居候がうちにはいるのだ。茶色いモフモフが寝そべっているクッションの隣に座り、狐を自分の膝の上に乗せる。すると、太ももにずっしりとした重みを感じた。
「……狐、また太った?」
「キュッ!! ギューッ!!」
「ああ、ごめんごめん」
謝りつつコッソリと狐のお腹をさわさわすると、やっぱり少しもっちりとしていた。クッション性のあるいいお腹をしてますね。
最近はもっぱらノクスの抱っこで移動してるし、運動不足なのかな?
「……そういえば、狐がまともに運動してるところ見たことないかも……」
「キュゥン? キュ! キュキュッ!!」
私の膝の上でグルンと仰向けになった狐が、両前足で私の顔を指し示す。
「私も運動してないじゃんってこと? ……まあ、それはそうだけど」
「キュゥン」
「だって、運動したら疲れちゃうんだもん」
「それが運動というものだぞ」
リュカオンからツッコミが入る。
「キュ、キュゥン……キュ?」
不満そうに鳴いていた狐だけど、何かに気付いたように一度固まり、慰めるように鼻先を私の頬に擦り付けてきた。キュ、キュ、と鳴きながらペロペロと私の頬を舐めてくれる。
これはあれかな? 「そういえばこいつ運動神経が絶望的だったな。運動をしないんじゃなくてできないのか」って同情してくれてるのかな。
やっぱりなんだかんだで優しい子なんだよね。
「狐、ありがとね」
私からも頬ずりをし返すと、狐は仕方がない奴だなとばかりの態度で受け入れてくれる。ツンデレさんだ。
「愛いのう……」
無心で狐をウリウリしていると、リュカオンがまさにホッコリといった様子でこちらを眺めていた。狼らしくキリッとしている筈の目尻が駄々下がりだ。
私と狐の視線に気付くと、リュカオンがハッとして表情を元に戻す。
「コホン、せっかくだから運動がてら外で遊んだらどうだ?」
「いいね! そうしよう!」
「キュッ? キュキュ!」
狐も、外行くの? いいね! と乗り気の様子だ。
「よし、じゃあ外行こうか!」
狐を隣に置き、立ち上がる。そして扉に向けて歩き出そうとしたけど、狐がこちらを見上げたまま動こうとしないことに気付いた。
「どしたの?」
「キュッ」
そんなのも分からないのか的な表情をした狐は、ヒョイッと立ち上がって前足を私に向けて伸ばす。
「……もしかして、抱っこ?」
「キュッ」
「えぇ、私じゃあ狐を持ち運べないよ。自分で歩かない?」
「キュゥン?」
そう言うと、狐は渋々といった様子ではあったけど自分で歩き始めてくれた。
よかったよかった、狐を外まで運ぶなんて重労働をしたら遊ぶどころじゃなくなっちゃうもん。
そして外へ向かう途中、クラレンスに遭遇した。クラレンスはササッと私に近付いてくる。狐はまだクラレンスに慣れてないから即座に警戒態勢に入った。
「――シャノン様、これどうぞ」
「?」
クラレンスは私に何かを手渡すと、早々に去っていった。狐が怯えてるから気を遣ったのかな?
にしても、なんだこれ。
私はクラレンスに手渡されたものを覗き込んだ。
「……ボール?」
クラレンスが渡していったのは、私が片手で持てるサイズのボールだった。
これで遊べってことかな。
……え、なんでこれから外に遊びに行くって知ってるの?
というか、いつの間にこのボールを用意したんだろう。
――どうやら、クラレンスは着々と隠密としての腕を磨いているらしい。
「狐いくよ~!」
投げたボールを狐に取ってきてもらう、取ってこいをしようと思いボールを投げ――たんだけど、ボトンと目の前に落ちた。
「……」
ダメだ、取ってこいをするには非力すぎる。
さすがの狐も気を遣ってくれたのか、すぐ傍に落ちたボールを咥えて私に差し出してくれた。
「あ、ありがとう」
「キュ」
うむ、と頷く狐。
よし、もう一度だ。
今度はさっきよりも力一杯ボールを投げた――
ボトッ
――けれど、結果は変わらずだった。
「……」
リュカオンが気遣わしげな様子で近付いてくる。
「シャノン、大丈夫か……?」
「腕が痛い」
「……もうボールを投げるのは止めておこう」
「うん」
「キュッ」
すると、狐が地面に落ちたボールを咥えた。そして、ブンッと首を振って遠くに投げる。
ボールが飛んでいったことを確認した狐は、そのまま私の方を見上げた。
「キュ」
「え?」
「キュキュ」
「……もしかして、私に取ってこいって言ってる?」
「キュ」
「あ、はい」
行けという声がどこからか聞こえてきたような気がしたので、大人しくボールを取りにいく。
そしてボールを拾ってきて狐に渡すと、狐は再びブンッと首を振ってボールを投げた。それを拾いに行く私。
それを何回か繰り返した頃には、私はゼーゼーと肩で息をしていた。対して、ボールを投げるだけだった狐は涼しい顔だ。
……もしかして、私が遊ばれてる?
「――つ、疲れた……」
ヘロヘロになった私は、地面の上に横たわるリュカオンに寄りかかるように座り込む。
狐がこの程度でへばるのかとバカにしたような視線を向けてくるけど、あなた全然動いてないからね?
「天気もよいし、このまま少し休むか」
「そうだね」
「ほれ、そなたもこちらへ来い」
「キュ?」
リュカオンがちょいちょい前足で手招きすると、狐がおずおずと近付いてくる。そして、リュカオンの前脚の間に収まった。ジャストフィットだ。
リュカオンの右前脚に顎を載せた狐は、そのまま目を瞑った。
やっぱり狐って中々肝が据わってるよね。神獣に顎を載せて、こんなすぐに寛げちゃうんだもん。
そういえば、すっかり慣れちゃったけど狐って名前じゃないんだよね。聖獣の名前は基本的には契約者が付けるものだから、暫定的にそのまま狐と呼んでいるのだ。
そのうち狐の心の傷が完全に癒えて新しい契約者ができたら、いい名前をつけてもらえるといいな。
そんなことを考えながら、私も微睡みに身を任せるように瞳を閉じた――





