【136】お泊まり会!
「すみませんシャノン様、陛下のことをよろしくお願いします」
アダムは申し訳なさそうに頭を下げると、帰っていった。
残されたのは、ニコニコと微笑んでいるフィズ。
これはつまり――
「――お泊まり会だ!」
「ふん♪ ふふふん♪ ふんふん♪」
フィズの手を引き、鼻唄を歌いながらルンルンとスキップをする私。
「はは、ご機嫌だね姫。神獣様、これは何をしているの?」
「スキップをしているのだ」
「これスキップなんだ。かわいいね」
どうやら、私の運動神経が悪すぎてフィズにはスキップに見えなかったらしい。でも、今の私はご機嫌なので全く気にならなかった。
「今セレス達がフィズの部屋を用意してくれてるから、その間にごはんを食べよう」
「そうだね」
食堂に行くと、料理人のオルガが食事を用意して待っていてくれた。
「あれ? もうフィズの分も準備できてるの?」
「陛下から先程連絡がありましてね、シャノン様にはサプライズにしたいと仰っていたので黙ってたんですぜ」
「そうだったんだ!」
隣のフィズを見上げると、パチンとウインクをされた。
「アリス様の方は今日はもうお疲れのようなので、部屋に食事を運ばせてもらいました」
「そうなんだ。ありがとねオルガ」
「滅相もございませんぜ」
それから、私はフィズとリュカオンと一緒に食事を摂った。
襲撃者の件は気になったけど、せっかくフィズが遊びにきてくれたんだから物騒な話はしたくない。
「フィズって趣味はあるの?」
「趣味……強いて言えば体を鍛えることかなぁ……」
あまりピンとこないようで、首を傾げながら言うフィズ。
これ以上鍛えてどうするの……。
「ああ、でも時間が空いたらグレイスと戯れたりはしてるかな。ブラッシングしたり、グレイスに乗って遠駆けしたり」
「遠駆け! いいね!」
グレイスは、フィズの契約している白虎の聖獣だ。
また会いにいきたいけど、リュカオンが嫉妬しちゃうから控えておく。私の神獣さんは基本的に大らかなんだけど、自分と同じ毛の多い動物にはちょっと心が狭くなるんだよね。競合他社だと思ってるのかな。
なんにせよ、フィズも気分転換ができているようで何よりだ。
そして、フィズが離宮に来ているという非日常感は、私の食欲を増進させた。
いつもよりもパクパクとフォークが進む。スープもちょっとだけおかわりしちゃったくらいだ。
そんな私を見て嬉しそうな顔になったリュカオンが、ずっとここにいないかとフィズを誘っていた。
……私、そんなに食べる量少ないのかな。どうりで中々背が伸びないわけだ。明日からはもうちょっといっぱい食べるようにしよう。
食事を終えた後、部屋に向かうために廊下を歩いているとクラレンスと遭遇した。
クラレンスはフィズを見た瞬間、ギョッとして目を剥く。
「ぅえ!? なんで陛下がいるんですか?」
「姫の警護のためだよ。念のため、ね」
「いやいや、絶対自分よりも先にあのお嬢様が離宮に泊まるのが嫌だっただけじゃ――」
「何かな?」
「なんでもないです」
サッとフィズから距離を取るクラレンス。
相変わらず、仲がいいんだか悪いんだかよく分からない二人だよね。
「……陛下、いつまでここに滞在するんですか?」
「とりあえず、アリス嬢が国に帰るまでかな」
「え……」
「何か不満でも?」
「いえ、なんでもないです」
なんでもないとは言いつつも、苦虫を噛み潰したような顔をするクラレンス。
クラレンスにとっては天敵とも呼べる相手と一つ屋根の下で過ごすことになるわけだからね。一つ屋根の下と言うにはこの離宮は広すぎる気がするけど。
まあ、クラレンスには我慢してもらおう。実際にフィズがクラレンスに危害を加えるわけでもないし。
クラレンスと別れて部屋に向かうと、私の部屋の前にセレスが待機していた。
「シャノン様、陛下のお部屋の準備ができてございます」
「わぁ! ありがとう。今日はいっぱい働かせちゃってごめんね」
「いえいえ、この程度朝飯前ですよ」
ニッコリと微笑むセレス。
王城勤務の頃は一日に何十部屋も準備しなければいけないこともあったので、二部屋というのは本当に何でもないらしい。
「ところで、フィズのお部屋はどこなの?」
「シャノン様のお部屋の隣にご用意しました。近い方が警護しやすいかと思いまして」
「!」
お隣!
私はぱぁっと目を見開いてセレスを見上げた。
「ぐっ……! シャノン様の嬉しそうな顔、眩しい……!!」
セレスが眩しそうに自分の顔を手で覆ってしまったので、私はそのままの顔で隣のリュカオンを見た。途端、リュカオンの眼差しが生温かいものに変わる。
「そうかそうか、嬉しいのだな」
「うん」
コクコクと頷く。
すると、頭上から「グッ……!」と何かを堪えるような声が聞こえてきたので、そちらを見上げた。もちろん、私の隣にいるのはフィズだ。
「姫はどれだけかわいいことをすれば気が済むんだろうね」
不思議そうな顔で見上げると、苦笑したフィズによしよしと頭を撫でられた。
それから、寝支度を調えるために私達は一度別れて自分達の部屋へと向かった。
そして、お風呂などを済ませた後、私達は再び合流する。
「フィズがいる……」
「うん、いますよ」
フィズがこんな時間に離宮にいることが信じられず、フィズの周りをクルクルと回る私。ちょんちょん突いてみたりもしちゃう。
「神獣様、姫がかわいすぎるんだけどどうしよ~。これ捕まえて高い高いしてもいい?」
「シャノンの好きにさせておけ。かわいいからな」
「はーい」
素直なお返事をしたフィズは両手を上げた形で待機し、私の好きなようにさせてくれた。
フィズの周りを歩き回った後、私はセレスのもとへと向かう。
「ねぇセレス、フィズがいる」
「ええ、陛下がいますね」
「不思議」
パチクリと嬉しそうに目を瞬く私を見て、セレスがクスクスと微笑む。
「うふふ、これはしばらくお眠りにはならなそうですね。ホットミルクを入れて参りますので、陛下とご歓談されてはいかがでしょう」
「うん、そうする」
せっかくフィズが遊びに来てくれてるのに早く寝ちゃうなんてもったいないもんね。
セレスが部屋を出ていくと、私は再びフィズに駆け寄った。
「フィズ、今日ってもしかしなくてもお泊まり会ってやつだよね?」
「そうだね」
「私、知ってるよ。お泊まり会の時は夜通しおしゃべりをするんだよね?」
「よく知ってるね。でも今日は疲れてるでしょ? 早めに寝た方がいいんじゃない?」
「今日はもうお昼寝したから大丈夫」
いっぱい寝ました。
ドヤッと胸を張る。
そんな私達のところに、リュカオンはのっしのっしと歩いてきた。
「皇帝、すまないが少し付き合ってやってくれ」
「なにも申し訳ないことなんてないよ。そうだね、お泊まり会らしくクッションを敷いて床に座っちゃおうか。灯りもランタンだけで十分だ。そっちの方が夜更かしをしている感じが出るからね」
話しながら、フィズはテキパキとセッティングをしていった。
床の絨毯の上にシーツを一枚敷き、さらにその上にクッションを積む。そしてランタンに火を灯せば、オレンジ色の温かい灯りが私達の周りを照らしてくれた。
「はい、体を冷やさないように姫はこれを巻き付けてね」
そう言って私の体に毛布を羽織らせるフィズ。
そして準備が整った頃、部屋の扉がノックされてセレスが入ってきた。
「――まあ、お泊まり会らしいセットが整いましたね」
微笑んだセレスは、持ってきたトレーごと私達の傍に置いてくれる。
「シャノン様と神獣様のはホットミルク、陛下には紅茶で、ブランデーを少しだけ垂らしてあります。あと――」
そう言うと、セレスはポケットをゴソゴソと漁り出す。そして取り出したカードの束を私に手渡す。
「ふふ、お泊まり会といえばゲームかと思いまして。よかったらお使いください」
「セレス! ありがとう!」
うちの侍女さんが有能すぎる!
感激して両手を伸ばせば、セレスは腰をかがめてムギューッと抱きしめてくれた。
「ですがシャノン様、ほどほどの時間でお眠りくださいね。今日のところは夜更かしには目を瞑りますが、徹夜はダメですよ。陛下は明日もお仕事ですし」
「あ、そっか。フィズ、大丈夫? 明日に障るようだったらもう寝よっか」
「あはは、問題ないよ。普段でもまだ寝てない時間だからね。姫が眠くなるまで付き合うよ」
フィズ、優しい。
そしてセレスが退室した後、私達はカードゲームに興じた。
一から十二までの数字が書いてある柄違いのカードが四セットあり、その中にハズレのカードを一枚混ぜ、シャッフルしてからカードを配る。リュカオンの手ではカードは扱えないので、ここは私とリュカオンチーム対フィズの勝負だ。
手札の中で同じ数字のカードが二枚揃ったら場に捨てる。そしてお互いの手札から順番にカードを取り合い、最後までハズレのカードを持っていた人の負けというルールだ。
二人しかいないので、どちらがハズレカードを持っているかは明白。なので、相手の表情を読んで手札のどこにハズレカードを仕込んでいるかを探ることが重要だとなる。
「――むむむ」
目の前にはニコニコと微笑むフィズ。どのカードを掴んでもフィズの微笑みが揺らぐことはない。ある意味、鉄壁のポーカーフェイスだ。
うん、もう考えても埒が明かない。一番右のを引こう。
「あ」
――引いたカードは、ハズレだった。
向かいのフィズがクスクスと笑っている。
「むぅ」
口を尖らせながら手札のカードをシャッフルする。ついでに傍らのホットミルクを口にした。……ん? ちょっと苦い?
「よっ」
「あ」
ハズレではなく、数字の書いてあったカードを引かれる。これでフィズの手札はなくなり、私の負けだ。
「むぅ。フィズ、顔に出なさすぎるよ」
「これでも皇帝やってるもんでね。表情に出さないのは得意だよ。姫は……あれだね、ちょっと分かりやすいね」
「……」
「姫?」
私は毛布を纏ったままスクッと立ち上がり、そのままフィズの方へと向かう。そして、あぐらをかいたフィズの上に座った。
結構収まりがいい。
「よし」
「急にどうしたんだい? 甘えたモード?」
「もう一回やる」
「もう一回やるのはいいけどこの体勢? 姫の手札全部見えちゃうよ?」
「見ないで」
「そんな無茶な」
クスクスと後ろでフィズが笑う気配がする。
「皇帝、カップの中を見てみろ」
「ん?」
リュカオンに言われ、フィズが近くにあったカップを手に取る。
「あ、空になってる。姫、間違えて俺の紅茶飲んだでしょ」
「ホットミルクにしては苦いなと思った」
「そりゃあホットミルクじゃなくて紅茶だもん。って、もしかして紅茶に垂らしてあったブランデーで酔ってる?」
「酔ってるだろうな」
「よってないよ」
そう言うと、正面のリュカオンからなんとも言えない生温かい目が向けられた。
そして、体がポカポカしてきて急激に眠くなる。目蓋も段々と下がってきた。
「精々数滴のブランデーでこうなっちゃうのか。これは、将来もお酒は飲ませられないね」
フィズのその呟きを最後に、私は睡魔に負けて意識を手放してしまった。