【135】うちくる?
捕らえられた男達は、全員丸っと連行されていった。
バイバ~イ。
あれ、神官風の一般人さん達がいなくなってる。いつの間に。
キョロキョロと周りを見ていると、クラレンスがスッと近付いてきた。今日も影から護衛をしてくれていたので私服姿だ。オーウェン達も同じく。
「シャノン様、すぐに離宮に戻りましょう。シャノン様とそちらの少女、どちらが狙われたのか分かっていない今、迂闊に動き回るのは危険です」
「そうだね」
「襲撃者にも、どちらを狙ったのかすぐに吐かせます」
笑ってない目で微笑むクラレンス。もしかして、激おこ?
「――その必要はありません」
「?」
これまで黙っていたアリスがスッと一歩前に出る。
そして、襲撃者の狙いを吐かせることを必要ないと言い切ったアリスに、クラレンスが怪訝そうな顔をする。
「必要ないってどういうこと?」
「狙われたのは私ですわ」
断言するアリス。
「どうして言い切れるの?」
「以前にも、彼らの仲間に襲撃されたことがあるからですわ。前に私を襲ってきた奴らも、彼らと同じマントを着ていたわ。私は秘密裏にこの国に来たし、他国にまで来ると思っていなかったのだけれど……シャノンを巻き込んでしまったわね。ごめんなさい」
「ううん、故意じゃないんだしアリスが謝ることじゃないよ」
「シャノン……」
だけど、アリスは眉尻を下げて申し訳なさそうな顔をする。
「君が狙われたのは分かったけど、これからどうするの? 襲撃される可能性のある人物をこのまま街に戻すわけにはいかないよ。こちらで護衛を用意するから、できたら君には国に帰ってもらいたい」
フィズの言葉に、アリスが俯く。
「そ、そうですね。私もそうすべきなのは分かっています。……ですが、ですが、もう少しだけ時間をいただけないでしょうか……」
懇願するアリスの隣に、ノクスが並んだ。
「俺からも、お願いします」
頭を下げるノクス。
「……」
悩むフィズ。
そんなフィズに、クラレンスが進言する。
「陛下、ここは彼女の祖国に返品する一択じゃないですか? この国に滞在することにここまでこだわるのっておかしいですよ。スパイかもしれません」
「それ君が言う?」
反射的にフィズが返す。
うんうん、クラレンスだけは言っちゃいけないセリフだよね。
「たしかに、そちらの騎士の方がお疑いになるのも無理はありません。それでは、信用していただくために私の身分を明かしましょう。私の名前はアリスティア・メーディウム。この大陸の北側に位置するメーディウム王国の第一王女ですわ」
自分の胸元に手を当て、アリスが言い切る。
「へぇ~……って、え!? アリスお姫様だったの!? すっごい高貴な人じゃん!」
「皇妃様が何を言っているのかしら」
苦笑するアリス。それもそうか。
なるほど、お姫様ならアリスが纏う高貴な雰囲気とか、口調とかも納得だね。
ビックリした私だったけど、他の人達のリアクションは薄かった。「ふーん」くらいの感想だ。
「決して怪しいものではございませんし、政治的な陰謀も持ち込んでおりません。あと三週間したらこの国を出て行きます。なので、どうか、どうかお願いいたします」
アリスは、真摯な顔でフィズを見詰めた後、ゆっくりと頭を下げた。洗練された所作だ。アリスの動きの端々から気品が滲み出ていたのは、王族だったからなんだね。
それからややあって、フィズがゆっくりと口を開いた。
「――分かった、いいよ」
「陛下!?」
ギョッとした顔でフィズを見るクラレンスと、パァッと笑顔になるアリス。
「ただ、住む場所は変えてもらうけど」
「もちろんですわ! それで、私はどこに移り住めば?」
「そうだなぁ……」
フィズが顎に手を当て、宙を見る。アリスの滞在場所をどこにするか考えているんだろう。
滞在場所の条件としては、そこそこ警備が厳重で、襲撃があったとしても周りの人達を巻き込まないところかな。あ、あとアリスの姿があまり大勢に見られないのも重要だよね。アリスはお忍びでこの国に来てるわけだし。
――あれ? 私この条件に合う場所知ってるぞ……?
「アリス」
名前を呼べば、アリスは「何かしら?」と首を傾げて私に視線を向けた。
「――離宮、くる?」
「!」
驚いて目を見開くアリス。
そして、よたよたと歩いてきたアリスが、私の両肩に手を置いた。
「し、シャノン? 気持ちは嬉しいのだけれど、そんな家に遊びに来る? みたいなノリで誘うものではないと思うわ。貴女は歴とした皇妃様なのだから」
「そうですよシャノン様、もしかしたらあいつらの残党が襲いに来るかもしれません。そしたらシャノン様も巻き込まれるかもしれないんですよ!?」
クラレンスが珍しく声を荒げる。表情を見る限り、後ろにいるオーウェン達もクラレンスの意見に賛成のようだ。
「あれだけの人数を捕縛したんだから、例え残党が残っていても暫くは襲ってこないんじゃない? それに、うちの騎士達は王城の騎士と遜色ないくらい強くて頼りになるから、むしろ広くて警備がしづらい王城よりも安心かと思ったんだけど……」
「仕方ないですね、三週間だけですよ」
コロリと手のひらを返すクラレンス。思わずアリスも「変わり身はやっ」と呟いていた。
一瞬で意見を変えたクラレンスを見たフィズが、隣のリュカオンに視線を移す。
「神獣様、あれはどういう心境の変化なのかな?」
「騎士は主からの信頼に弱いものだ」
「ああなるほど、彼は特に信頼には飢えてそうだもんね」
フィズがさり気なく失礼なことを口にする。
「――し、シャノン? 私は別に他の滞在場所でも……」
「私の離宮が一番ぴったりの場所だと思うけどなぁ。それに、アリス的にもノクスが近くにいた方が安心じゃない?」
「そ、それは……まあ……」
「ノクスが一生懸命働く姿とか、狐を抱っこする姿とか見られるよ」
「シャノン、どうか私を貴女の離宮に連れて行ってください」
一転して態度を変えるアリス。
さっきも同じような展開見たな……。
というか、アリスももしかしてリュカオン達と同じ気質ある……?
◇◆◇
アリスが私の離宮に来ることになったため、私達は荷物を纏めるために一度アリスの家にやってきた。大所帯では目立つので、移動方法は転移だ。
転移でアリスの家の中に到着すると、アリスが目を白黒させていた。どうしたのかと聞けば、この人数での転移が一気にできることに驚いたとのことだ。
「シャノン、貴女は本当に妖精さんだったの……?」
「違うよ。そんなことよりほらほら、荷物纏めないと」
「あ、そうね。皆様をお待たせしてはいけないものね」
そう言ってアリスは急いで家中を駆けずり回り始めた。
アリスが荷物を纏めている間、私達はリビングで待つことにした。手伝いたいけど私は使い物にならないし、他人に私物をベタベタ触られるのはあまりいい気がしないだろうしね。
椅子に座り、一息つく。
「ふぅ、疲れたな」
「シャノンにはありえない程走ったからな。よくがんばった」
私の膝上に頭を乗せたリュカオンが褒めてくれる。
「えへへ、そうだよね。過去一速く走れた気がする」
「うむ、我が見た中では一番速かったぞ。だが急に筋肉を酷使したから、戻ったら侍女達にケアをしてもらえ」
「分かった」
よしよしとリュカオンの頭を撫でて癒やされる。
すると、あることを思い出したので私は隣の椅子に座っているフィズを見上げた。
「そういえばフィズ、アリスの身分を随分あっさり信じたっていうか、驚いてなかったね。もしかして知ってた?」
「まあね。姫に近付く人間のことは調べるよ」
「この国に留まるのも、もっと渋ると思った」
「あのお姫様の覚悟が決まっちゃってたからねぇ。あのまま俺が渋り続けていたら彼女、多分滞在を許してくれなきゃここで死ぬとか言い出してたと思うよ。死因がどうであれ、自国内で他国の王族の死者を出すことはまずい。知らない振りをしていた頃ならまだしも、名乗られちゃったし」
なるほど。
すると、フィズが目を細めて微笑んだ。
「なにより、姫の初めてのお友達だから、親切にしたくなっちゃった。こんな形でお別れなんて嫌でしょう?」
「! フィズだいすき!」
椅子から下り、ジャンプをして首に抱きつこうとしたけど、跳躍力が足りなくて届かなかった。なので、大人しく目の前の胴体に抱きつく。
「あはは、やっぱりうちのお姫様が一番かわいいよ」
柔らかい笑い声が降ってくると共に、優しい手つきで頭を撫でられた。
それから離宮に戻り、みんなに事情を説明してアリスの部屋を用意してもらった。
三十分程で準備が完了したようだ。さすがうちの使用人達。
「アリス、とりあえず荷ほどきはそこそこに、ゆっくり休んでね。ノクスも、今日はアリスについててあげて」
「わかり……ました……」
「ありがとうシャノン」
私達はそこで別れ、各々の部屋へと向かった。
そして私は自分の部屋に入るや否や、急いで部屋着に着替える。そんなに急いで何をするのかというと――もちろんお昼寝だ。
疲労が限界なので。
着替えた私は、ふらふらの足取りでベッドにダイブする。すると、自然と肩の力が抜けた。これまでは無意識に力が入っていたのだろう。
ふ~、と深く息を吐く。
今日は色々あったから、シャノンちゃん大分疲れました。
目を瞑れば、一秒も経たないうちに眠りについてしまった。
その日の夜分、フィズが離宮を訪ねてきた――枕を抱えて。
そしてその後ろでは、アダムが頭を抱えている。
「フィズ、どうしたの? あと、その枕はなに?」
「俺も警護がてら離宮に泊めてもらおうと思って」
「ふぇ?」
予想外のことに面食らう。
すると、申し訳なさそうな顔をしたアダムが一歩前に出た。
「すみませんシャノン様、陛下がどうしてもって聞かなくて。俺では止められず……」
「全然。アダムが謝ることじゃないよ。それに、フィズとお泊まり会ってことでしょ? 嬉しい」
二パッと笑ってそう言うと、フィズとアダムが同時に真顔になった。
「やっぱり姫は天使かもしれない」
「天使でしょうね」
違いますが。