【134】過剰防衛にも程がある
街は意外と安全――そう思っていた時期が私にもありました。
「あわわわわ」
しきりに手足を動かし、裏路地を必死に走る私。
まさか、こんなことになるなんて……。
「シャノン、我が元の大きさに戻ってその背に乗れば――」
「この細い道だと、逆に走りづらくない!?」
たぶん、私達を乗せられるくらいの大きさになったらこの細い路地では詰まっちゃうと思う。
――ここは、私が自力で逃げ切るしかない……!
私は、未だかつてないほど全力で脚を動かした。
――時は数時間前に遡る。
「こんにちは~!」
私は今日もアリスの家を訪ねてきていた。
「いらっしゃいシャノン!!」
玄関に飛んできたアリスがむぎゅーっと私を抱きしめる。
「ああ、今日もいい匂いね。シャノンに会えない時間は一日千秋の思いだったわ。今日も白銀の髪の毛が綺麗ね、まるで新種の絹のよう――」
「うん、私も会いたかったよ」
アリスが話している途中だけど、そう言って私も抱きしめ返した。だって、このままほっといたら十分くらい続くんだもん、これ。
「……にしてもアリス、随分おめかししてるね」
「うふふ、シャノンとのデートだから気合いを入れたわ」
「旦那様がいるのに他の女の子とデート……リュカオン、これって浮気かな……」
「デートという言葉を真面目に捉えすぎだ」
真顔でリュカオンを見たら呆れ顔が返ってきた。
「それに、デートと言うにはいささか人が多いしのう」
今日のメンバーは私、アリス、ノクス、そして我らがリュカオンだ。たしかに、私とアリスのデートと言うには人が多い気がしないでもない。
それに、どうせクラレンスがどこかで護衛してるしね。最近はオーウェン達も影響を受けてるらしく、影から護衛をする方法をクラレンスに習っているようだ。隠密活動は初心者だから、歩いていると後ろ姿がチラリと見えたりするけどね。
だけど、シャノンちゃんは気付かないふりです。
これが成長を見守る母の気持ちか……。
まあ、皇妃様らしくしっかりと護衛のついている私だけど、これまでそんなに危険に晒されたことはあまりない。街の治安の良さをヒシヒシと感じている私だった。
今日はアリスとオシャレアフタヌーンティーに行くのだ。普通の女の子らしいイベントに私もワクワク。洋服も女の子らしくピンク色のかわいらしいワンピースを着てきちゃった。
「じゃあ行きましょうか」
「うんっ!」
アリスと手を繋ぎ、玄関を出る。
ノクスは私達の後ろからテコテコとついてきている。リュカオンはいつも通り私の懐の中だ。
「楽しみだねぇ」
「ええ、そうね。ご機嫌なシャノンも愛らしいわ」
「あれ意思の疎通できてる?」
いまいち話が通じてないね?
「アリス、最近も家事をしてるの?」
「ええ、大分慣れてきたわ! 洗濯物を畳ませたら私の右に出るものはいなくてよ」
「すごいねアリス! ……ま、まさか料理もできちゃう……?」
すると、アリスは目を瞑り、誇らしげにフッと微笑んだ。あ、まつげ長い。
「聞いて驚きなさい。この前はお肉を焼いたわ」
「お、お肉を……!? アリスすごいよ! すごすぎる!!」
「そうでしょうそうでしょう」
口元に斜めに手を当て、「おーほっほっほ」とお嬢様的笑いを披露するアリス。
「……ザ・箱入り娘達の会話だな……」
「癒やされ……ますよ……」
リュカオンの呟きにノクスが反応する。
「ノクス、あなたも私と変わらなくてよ。むしろ私は食器類を割ったりはしないから、私の方が上ね」
「……アリス様も、この前洗ってる途中に落として、お皿割ってた……」
「あれは不可抗力よ! だって、洗剤のついた食器があんなに滑るだなんて知らなかったんだもの」
「……俺も、食器があんなに脆いなんて……知らなかった……」
「あなたからしたら何でも脆いでしょう」
ポンポンと会話を繰り出す二人。
「二人とも姉弟みたいだね」
「まあ、私とノクスが?」
「うん。二人、とっても仲良しに見える」
「……まあ、たしかに仲良しと言えないこともないわね」
そんな事を言いながらも、ちょっぴり頬を染めるアリス。
素直じゃないね。
「シャノンは一人っ子なの?」
「うん。アリスは?」
「私はお兄様が三人に妹が二人いるわ」
「わぁ、大家族だね。羨ましい」
そう言われると、アリスってたしかに賑やかな家庭で育ってきた感じあるよね。
「あら、シャノンは兄弟がほしいの?」
「あんまり考えたことないけど、いたら楽しいだろうなとは思うよ」
「そうね、まあ、いると賑やかね。でも、シャノンにはもしいたとしても兄か姉でしょうね」
「ん? どうして?」
妹とか弟の選択肢もあるだろうに。
首を傾げる私だけど、アリスの方が理由を聞かれるのが不思議だと言わんばかりの顔をしていた。
「どうしてって、そりゃあシャノンはどう考えても末っ子だもの」
「末っ子だな」
「末っ子……ですね……」
アリスの言葉にリュカオンとノクスが続く。
「シャノンは妹になる選択肢しか思い浮かばないわ。絶対、かわいがるよりはかわいがられる側だもの」
「そうかな……」
でも確かに、自分より年下の子とはあんまり関わったことないかも……?
そんな話をしながら歩いていると、リュカオンの耳がピクピクと動き出した。
「リュカオン?」
「誰かにつけられているな」
え!?
咄嗟に声を出さなかった私を褒めたい。アリスにも聞こえていただろうけど、そのまま雑談をするフリを続けていた。
「いいぞ。そのまま気付いていないように装え」
リュカオンが小声で指示をした通り、私達は何でもない顔をした。
「シャノンを狙っているのか、そっちの娘を狙っているのかは分からない。二手に分かれるか?」
「ダメだよ。アリスには護衛はついてないから、アリス狙いだった場合、私と別行動したらアリスが危険。このまま一緒に行動した方がいいと思う」
「分かった」
「もっと人気のない場所に移動しよう。こんなところで襲われたら大勢が巻き添えになっちゃう」
パニックでも巻き起こったら影で護衛をしてくれているみんなも護りに来づらいだろう。
そして、私達は人通りの少ない場所へと移動した。
「リュカオン、まだついてきてる?」
「ああ。……クソ、これは誘導されたな」
「もしかして……」
「そうだ、途中で大きな箱などが置いてあって避けた道があっただろう。あれは奴らがやってきたのかもしれない。我も、皇都の道には詳しくないからな……」
そこで、リュカオンの言葉が止まった。
「来るぞ。――シャノン、走れ」
ここまで追跡者の気配を全く感じていなかった私だけど、リュカオンに言われた瞬間に襲いかかる圧を感じた。
「アリス!」
アリスの手を掴んで走り出す。
後ろを見ると、フードを深く被ったマントの人達が私達を追い掛けてきていた。全部で五人かな。身長的に、全員男だろう。
「あわわわわ」
逃げ出した私達だったけど、私は一つ、大切なことを忘れていた。
「足が! 遅い!!」
自分がとんでもなく運動神経が悪いことを、すっかり失念していた。
私が手を引いて走り出したはずなのに、今はアリスに引っ張られている始末だ。
「シャノン、魔法を使うぞ」
「お」
リュカオンが追い風を発生させてサポートしてくれ、私達は加速する。
逆に、追跡者の方には向かい風を発生させているようだ。
「この細い路地ではまともに立ち回りもできぬ。もう少し広い場所に出ろ」
「分かった!」
そして、物語は冒頭に戻る。
「シャノン、我が元の大きさに戻ってその背に乗れば――」
「この細い道だと、逆に走りづらくない!?」
たぶん、私達を乗せられるくらいの大きさになったらこの細い路地では詰まっちゃうと思う。
――ここは、私達が自力で逃げ切るしかない……!
後ろからマントの男達が迫り来るのを感じながら、私達は必死に足を動かした。
少し走ると、ちょっとした広場に出た。
皇都の端の方だからか、誰も人はいなく、寂れた印象を受ける。
「この周到さでは、護衛達も足留めを食らっているやもしれぬな。我が魔法で殲滅するか」
「神獣様……ここは俺が……」
リュカオンを制してスッと歩み出たノクスが、マントの男達に向かっていった。
「ノクス、援護するよ!」
「し、シャノン?」
隣でアリスが困惑する気配を感じながら、魔法を発動する。
これでも、私は神獣と契約した、世界でも屈指の魔法の使い手だ。練習もしたし、私ならいける!
「てりゃ!」
魔法で作り出した空気弾をマントの男に当てる。ただの空気と侮るなかれ。風で作り出した刃は木も切れるんだから、空気の弾も中々の威力の筈だ。血を見るのは嫌なので、加減はするけど。
「ぐあっ!?」
空気弾は視認することが出来ないので、難なく一人のマントの男に当たった。よし。
そして、男達と戦うノクスを上手く避けて、魔法を打ち続ける。
私の魔法は一発で相手をノックアウトする程の威力はないけど、そこそこのダメージは入るのでノクスの援護にはなったようだ。
にしてもノクス、強いね……。
ノクスの拳がまともに入ったら、一発で気絶してるもん。力持ちだとは思ってたけど、どこでこんな修行をしたんだろう。
そして、ノクスが残りの一人を倒した瞬間――
私の顔に影が差した。
「上か!」
リュカオンの声で見上げると、そこには迫り来るマントの男がいた。あいつらの増援だろう。その手には、ナイフが握られている。
太陽の光を反射して、ナイフがキラリと煌めいた。
そして、全てがスローモーションに見える中――
「はいドーン」
――緊張感のない声とともに、マントの男が吹っ飛んでいった。
「カハッ……!!!」
軽いかけ声の割に強烈な跳び蹴りをくらった男は、ものすごい勢いで近くにあった建物の外壁に衝突する。そして気絶したのか、そのまま力なく地面に倒れた。
「うわぁ、痛いだろうなぁ……」
生まれてから跳び蹴りされて壁に激突したことなんてないけど、想像しただけでちょっと体が痛む。
「姫に刃物を向けたんだからそれくらい当然だよ。怪我はない?」
「うん、大丈夫。ありがとね、フィズ」
私は先程マントの男に跳び蹴りを食らわせた自分の旦那様を見上げた。
すると、フィズはニッコリと微笑む。
「どういたしまして」
すると、タッタッタッと足音が聞こえてきた。
「シャノン様、無事ですか!?」
私の護衛達が駆けつけてくれたようだ。
クラレンスが優しく話を聞いたところ、マントの男達は全部で十五人とのこと。ここに六人いて、クラレンスの足留めに二人、オーウェン達の足留めに二人がいたようだ。
「ってことは、残りは五人だね」
「いえ、こちらで四人捕らえましたので、残りは一人です」
「?」
聞き慣れない声にそちらを向けば、神官服の男性が二人、こちらに歩いてきていた。口元は高い襟で隠れており、目元には白い布が巻いてあるので顔は分からない。
……これで目、見えてるのかな……。
マント男の残党よりもそっちの方が気になっちゃったよ。
神官服二人は、縄で縛られたマント男をそれぞれ二人ずつ引きずってきていた。
「貴方方は?」
オーウェンが問いかける。
「我々のことはお気になさらず。とある高貴な方のお使いで偶然皇都にいた一般市民ですから」
「いや、どう見ても神か――」
「どう見ても神官」と言いかけたオーウェンの口をクラレンスが塞いだ。
分かるよオーウェン、どっからどう見ても神官でここにいたのは偶然じゃないもんね。
そして、とある高貴なお方とは神聖図書館の主で間違いないだろう。まったく、過保護なんだから。
「――さて、じゃあ親切な一般市民の方が四人も捕らえてくれたことだし、せっかくだから、残りの一人も駆除しちゃおうか」
そう言って、フィズは笑った。
「――うぇっ!?」
中々戻ってこない仲間の様子を見に来たマント集団の残党を待ち受けていたのは、クラレンスやオーウェンを始めとした離宮の騎士達、ノクス、フィズ、リュカオン、そして神官風の一般市民さん二人だ。どう考えても人手が足りすぎている。
「なんて過剰防衛」
オールスターだね。
残り一人は、獲物を奪い合うように倒されていたのでなんだか可哀想でした。