【132】箱入り×2
パーティーが終わり、ベッドに寝転んで一息つく。するとドッと疲れが出てきた。
「体が重たーい」
「初めてのパーティーだったからな、気を張っていたのだろう」
リュカオンが鼻先で私の頭を撫でる。
「……私、パーティー向いてないかもしれない……」
「最初から分かりきってたことだろう。体力面でもシャノンには向いていない。だが、今日はよく頑張ったな」
「私ちゃんとできてた?」
「ああ、どこからどう見ても立派な皇妃だったぞ」
「ふふ……」
褒められたのが嬉しくて笑みが漏れる。
「皆、シャノンに見惚れてたぞ。妖精だとそこかしこから聞こえてきた」
「れっきとした人間だけど……」
「会場にいた奴らには妖精に見えたのだろう。所作もダンスも、立派なものだったぞ。本当によくがんばったな」
「……」
私はもぞりとリュカオンに抱きついた。
すると、リュカオンが「おや」と片眉を上げる。
「甘えただな」
「うん、がんばったから甘えるの」
「そうかそうか」
リュカオンの前脚がよしよしと私の頭を撫でる。
「疲れたからいっぱいぎゅーして」
「はいはい」
リュカオンが私を抱き込めば、全身がモフモフに包まれる。
それだけで疲れが浄化されていくのが分かった。ハグがストレスを解消するのってほんとなんだね。
そうしてリュカオンにベッタリとくっついて寝た私だったけど、まあ、案の定次の日は寝込んだ。基礎体力がなさ過ぎるからね。
なんならパーティーの翌々日も寝込んだ。ただ、熱が出なかったのは幸いだ。私の体も少しずつ鍛えられているのかもしれない。
そして、寝込んだ私のもとにはフィズが毎日やってきた。
「はい、姫あーん」
ベッドサイドに腰掛け、プリンの載ったスプーンを差し出してくるフィズ。
「……フィズ、私自分で食べられるよ?」
「まあまあ」
ニコニコと笑いながら私にプリンを食べさせるフィズ。
この二日間、フィズは食事の度に現れては私に給餌をして帰っていった。「本当は俺が手ずから料理をしようと思ったんだけど、みんなに止められてね~」とニコニコ笑いながら話していたフィズ。皇帝に料理なんて、そりゃ止めるって。離宮でなら、もしかしたらできるかもしれないけど。
「姫が疲れて甘えん坊になってるって神獣様に聞いたから」
なるほど、それで給餌をしに来てるのか。でも、それにしても甘やかしすぎでは?
フィズは嬉々として私の口を拭うと、自分で使用後のお皿を厨房へと片付けにいった。
……皇帝陛下があんな所帯じみてきていいんだろうか……。
すっかり体調が回復すると、廊下でノクスと出くわした。その腕には、当たり前のように狐が抱かれている。
「シャノン様……もう、お元気なんですか……?」
「うん! いっぱい寝たから回復したよ!」
「よかったです……」
ほんのりと微笑むノクス。
「そういえばシャノン様……アリス様が、またシャノン様に会いたいって言ってました……」
「あ、アリスが?」
「はい。シャノン様の都合がいい時に時間を空けるから……いつでもいいって……」
お友達からのラブコールだ……! 嬉しい……!!
お外というのは私が想像していたよりも危険な場所ではないことが分かったので、前よりもお忍び外出に対して抵抗感はない。
――と、いうことでさっそく都合をつけてアリスのところにやってきました。
最近の私、大分アウトドアでは? 脱・箱入り娘な日も近いかもしれない。
アリスの家へとやってきた私は、さっそく彼女と対面する。
以前とは違い、アリスはどこかしおらしい、モジモジとした様子で私を出迎えてくれた。
「急に誘ってしまってごめんなさい。迷惑だったかしら……」
「ううん、嬉しかった」
「私も、またシャノンに会えて嬉しいわ……!」
えへへ、と微笑みあう私達。
「……なんか俺よりもラブラブじゃない?」
「醜い嫉妬はよせ。かわいいシャノンの初めての友達くらい広い心で受け止めるがいい」
「は~い」
再会を果たす私とアリスのすぐ近くでは、フィズとリュカオンが何やら話していた。
フィズはリュカオンの前だと少し子どもっぽくなるよね。仲良くなった証拠かな?
するとその時、キッチンの方からノクスがやってきた。
今回はアリスのところに来るということで、もちろんノクスにも同行してもらった。クラレンスには声を掛けていないけど、どうせどこかでコッソリ護衛をしているだろう。
「……お茶が、入りました……」
人数分のカップが載ったトレーを大分危なっかしい手つきで持ってきたノクスは、お茶の入ったカップを慎重な手つきでテーブルの上に置く。
こっちも固唾を呑んで見守っちゃったくらいだ。
そういえば、ノクスは怪力すぎて細やかな作業は苦手だったね。
ノクスが全てのコップをテーブルに置いたのを確認すると、アリスが口を開いた。
「――優雅さには欠けるけれど、やっとお茶が汲めるようになったわね。ここまで長かったわ……何の罪もないカップがどれだけ無駄になったことか……」
感慨深いような、どこか遠くを見るような絶妙な表情をするアリス。複雑な心境なんだろう。
「アリス……苦労したんだね……」
「分かってくれるかしら!? そうなの、私とてもがんばったのよ! だって、お茶の一つも入れられなければこの子ってば、ただ力が強くてかわいいだけのワンコだもの……!」
お? 今アリスからほんのりとリュカオン達と同じ匂いがしたね。つまりは親バカ臭だ。
「でもノクスはすごいよ。私もお茶は入れられないし」
というか、この量のカップを一気に運ぶのですら無理だ。筋力が足りなすぎて絶対落とす。それで割る。
力がありすぎてカップを壊すノクスと、力がなさすぎてカップを壊す私。正反対だね。
「それで言うと、私もただかわいいだけだね」
冗談交じりでそう言うと、真顔のアリスにガシッと肩を掴まれた。
「シャノン、貴女の愛らしさはただかわいいだけなんて言葉で済まされるものではないわ。ここまで突き抜けてかわいければもうそれだけで生きていけるわ」
「お、おおぅ……」
圧がすごいね。
そして、アリスは尚も真顔で続けた。
「できることなら今すぐ養って育児したいもの」
「育児って……そんなに年齢変わらないでしょ。あと、私もそこまで幼くないし」
シャノンちゃんはもう随分前にバブちゃんは卒業しましたよ。
むぅ、と頬を膨らませるとアリスが仰け反った。あ、こういうところが子どもっぽいのか。
「おい、シャノンを育てるのは我の役目だ。それは譲らんぞ」
親バカさんは黙っていられなかったのか、そう口を挟む。
「まあ失礼いたしました」
パッと私から手を離し、引き下がるアリス。
リュカオンと普通に話してるけど……まあ、ノクスから話を聞いてたら分かるか。
「うんうん、俺もいるしね」
そう言ってフィズが一歩前に出た。こちらも黙っていられなかったんだろう。
離宮にはラナやアリア達もいるし……うん、保護者過多だね。定員オーバーだ。アリスには大人しくお友達枠でいてもらおう。
「……みなさん……あったかいうちにお茶、飲んでくれると嬉しい、です……」
そこで、ノクスがボソリと言った。
そうだよね、せっかく上手に入れられたんだからおいしいうちに飲んでほしいよね……!
それを聞いた私達は大急ぎで、まだ温かいカップを手にした。特に動きが速かったのはアリスだ。
普段はご令嬢っぽいゆったりとした所作のアリスだけど、この時ばかりは目にも留まらぬ速さで動いていた。
やっぱり、親バカ味を感じる……。
一滴残らずお茶を飲み干した私達は、せっかくなので一緒に出かけることにした。
「――でもいいのかしら? 私の買い物に付き合ってもらうだけなんて……」
「いいのいいの! 私、日用品を扱うお店行ったことないし」
どんなものがあるのか楽しみだ。
アリスは、そろそろ自分で料理などの家事を始めようと思っているらしいので、今日はそれに必要な道具を買うのに同行させてもらった。
「アリスすごい!」
「まだ始めようと思っているだけだからそんなに褒められることでもないわ」
謙遜するアリスだけど、推定お嬢様なアリスが自力で家事をしようと思うのはすごいことだと思う。
「私もやろうかなぁ」
「止めておいた方がいいわね」
「止めておけ」
「止めとこうね」
「おぉ……」
集中砲火だ。
しまいには、ノクスにまで「シャノン様は……今のままでいいと思います……」と言われる始末。
「姫が家事なんて、心臓がいくつあっても足りないよ。少し目を離した隙に大怪我をするんじゃないかと気が気じゃないね」
家事で大怪我って、私はどれだけ貧弱な生き物だと思われてるんだろう……。
反論したかったけど、他のみんなはフィズの言葉にうんうんと頷いていたので空気の読めるシャノンちゃんは口を噤んだ。
そんな話をしているうちに、私達は目的のお店に到着した。
中は一見しただけでも見たことのない道具で埋め尽くされており、まさに未知の世界って感じだ。
「――アリス、これは何の道具だろう……」
「さあ……野菜の皮を剥く道具があると聞いたことがあるわ。多分それじゃないかしら」
「なるほど」
「いや、それ缶切りだよ」
私とアリスが頭を悩ませていると、フィズが謎の道具の正体を教えてくれた。
「フィズ詳しい……!」
「わぁ、姫からの尊敬の眼差し嬉しいな」
周囲に人がいないので、フィズは私のことを普通に呼ぶ。そろそろ名前で呼んでくれてもいい気がするけど、呼び名を急に変えるのって違和感あるもんね。
どうして分かるんだろうと思ったけど、そういえばフィズは辺境にいて魔獣と戦ってたんだもんね。そこである程度のことは自分でやっていたんだろう。
「あら、こっちは何かしら。こんなに大きくてギザギザした包丁、一体何に使えば……」
「きっと硬い野菜とかを切る時に使うんだよ!」
キャベツの原型なんて私が想像していたよりも大きかったし、カボチャやダイコンも堅そうだった。
「そうなのね……私に扱えるかしら……」
「いや、それはノコギリだから。木材とかを切るものであって、基本的に食材を扱う時には使わないよ?」
「そうなんだ」
「そうなのね」
やっぱりフィズは物知りだね。尊敬だ。
それからも未知の道具を見てはキャッキャとはしゃぐ私達を、リュカオン達は生温かい目で見守っていた。
「箱入りが二倍になったのう……」