【131】あんなにがんばったのに、夢にされちゃあ困ります
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ついにパーティー当日がやってきた。
コンラッドにダンスやパーティーでの振る舞いを教わったので、なんとか形にはなったと思う。あとはもう本番に臨むだけだ。
だけど、あんまり大勢の前に出ることがないシャノンちゃんはちょっと緊張気味。
ベッドに腰掛け、口をただ真一文字に引き結ぶ。
「シャノン様、パーティー開始まではまだ時間があるので落ち着いてください。今からカチコチになっていては体力が保ちませんよ」
困ったように微笑んだラナが私の頬を両手で挟みウリウリとこねる。シャノンちゃんの頬は生地じゃないですよ。麺類にもパンにもなりません。
「ほらほら、横になってください。ちょっと体をほぐしましょうか」
ラナによってベッドの上にうつ伏せに寝かされる。すると、ラナが緊張によって固まった私の筋肉を揉み、伸ばしてくれる。
物理的に緊張をほぐされるね。
「ふむ、我もやってやろう」
これまで黙って見守っていたリュカオンもベッドに飛び乗ってきた。そして両前脚で私の背中をふみふみする。子猫がタオルケットとかでやるあれみたいな感じだ。
「どうだ? ほぐれるか?」
「癒やされる」
主に精神的に。
それからしばらくの間二人に揉みほぐされれば、大分緊張が解れた気がする。
すると扉がノックされたので、うつ伏せの状態からムクリと起き上がる。
「どうぞ~」
「「失礼します」」
入室してきたのは、セレスとアリアだ。二人共、大きな荷物を抱えている。全部私の準備のための荷物だろう。
「さあ、ここからは長丁場ですよ! 気合を入れていきましょうね!!」
「よしきた!」
バッチこいだよ! 好きにしてちょ~だい!!
全てを受け入れるように両腕を広げると、侍女達が早速準備に取りかかった。
敏腕の侍女達は、一分の遅れもなく準備を終わらせてくれた。
私は目を瞑ってただされるがままになっていたのでまだ自分の状態は見ていない。
そしてゆっくりと目を開くと、侍女達がほぅ……と息を吐いた。
今どうなってる……? と尋ねようと口を開くと、コンコンと扉の方から音が聞こえてきた。たぶん、フィズが迎えに来てくれたんだろう。今日はフィズと一緒に入場するから。
セレスが扉を開くと、正装をしたフィズが入ってきた。髪の毛をセットしただけでいつもと印象がガラッと異なる。
私の姿を捉えると水色の瞳が見開かれた。そしてその後、優しげに細められる。
「――姫、とても綺麗だよ」
◇◆◇とある貴族視点◇◆◇
王城でのパーティーは久しぶりだ。
貴族の権力図が書き換わった後かつ、久々の皇帝主催パーティーなので主要な貴族はほとんど集まっている。普段は領地にいるため中々会うことのできない貴族も来ているので、顔つなぎの場にはうってつけだ。
俺は豪華絢爛な会場の中で天井を見上げる。
相変わらず、高そうなシャンデリアだ。巨大で豪華なそれは、しかし全く品を損なっていない。
うちにもほしいくらいだが、あれを買おうとしたら破産するな。何より妻や息子に無駄遣いだと怒られそうだ。
俺は視線を頭上から会場に戻した。
記憶にあるパーティーよりも人々が活き活きしているのは、決して俺の気のせいではないだろう。
やはり、目の上のたんこぶのいない集まりは空気が軽い。
ユベール家がいた頃は、皆ユベール家よりも目立たないように、目をつけられないように必死だったからな。特に、令嬢達は大変そうだった。ヴィラ・ユベールに目の敵にされたらどうなるか分からないからな。とにかく、無事で済むはずがない。
そんな恐怖の象徴とも言える存在がいなくなった今、令嬢達は目一杯のおしゃれをしてこの場に臨んでいるようだ。
取り巻きの家も大きな顔をしてうっとうしかったが、一斉に失脚したのでこの場にはいない。随分とスッキリしたな。
ユベール家に膝を折るのは簡単だったが、そうしなくて正解だったとしみじみ思う。
厄介者のいない、久々の王城パーティーに皆浮き立っているのが分かる。
まだ皇族の方々はいらっしゃっていないが、あちらこちらで話に花が咲いているようだ。
さて、俺も誰かと交流しておくか。
そう思って足を踏み出そうとした時、ハッキリとした声が会場中に響き渡った。
「――神獣様、皇帝陛下、並びに皇妃陛下の御成です」
おお、神獣様もいらっしゃるのか。
その声に会場内の視線が、一斉に皇族の方々が入ってこられる扉の方へと向いた。
神獣様のお姿を拝見したいのはもちろん、陛下も大層な美丈夫なので間近で顔を拝みたいと思う令嬢は多いだろう。陛下はあまり好きではないのか、こういった場に姿を現すことは珍しいからな。
そして、どうしても人々の興味を引くのが皇妃様だ。
皇妃様が公に姿を現したのは、ヴィラ・ユベールと相対した時の一度だけ。
皇妃様がいらっしゃった場所から観客席は距離があったことや、その場にいなかった貴族もいたので、皆皇妃様のお姿には興味津々だ。
噂では、王城内では出会えたらその日は幸運が訪れる妖精として親しまれているようだが、どこまで本当の話かは分からない。皇妃様のことを慮った陛下が流した噂かもしれないしな。
だが、俺のそんな考えは、皇妃様を見た瞬間に吹き飛ばされることになる。
これまで程々にざわめいていた会場が、皇族の方々の姿が現れた瞬間、水を打ったように一気に静まり返った。
なんてことはない、ただ言葉を失ったのだ。
――それは、まるで絵画のような光景だった。
皇妃様の隣に並んだ神獣様は、えも言われぬ神々しさを纏っている。それは、皇妃様をエスコートしている陛下も同じだ。
皇妃様のドレスと揃いの色の深いブルーの衣装がよく似合っていた。会場のそこかしこからうっとりとした溜息が聞こえてくる程だ。
だが、一番視線を集めているのは皇妃様だ。
皇妃様のドレスのスカート部分は下にいく程グラデーションで濃い青になり、そこには小さく透明な宝石が散りばめられている。まるで星空のようなドレスだ。
あんなに薄く、光沢のある布はこれまで見たことがない。
「……あれは、ビビ・メイリーの手がけたドレスか」
近くにいた誰かが呟いた。
ビビ・メイリー。
貴族社会では知らぬ者のいない仕立屋だ。
人の好き嫌いが激しく、気に入られなければどれほどの大金を積んでも依頼を断わられるという。ただあのドレスの仕上がりを見るに、皇妃様は大分気に入られたようだ。
そして、皇妃様本体も決して類い希なドレスに負けてなどいなかった。
陶器のようになめらかな白い肌に、計算し尽されているような完璧な配置にある顔のパーツは、そのどれをとっても一級品である。
白銀の髪の毛だって、水に浸けたら溶けてしまいそうな程細くなめらかだ。
――なるほど、あれならば妖精と言われているのも頷ける。というか本当に妖精なんじゃないか……?
この時点で、俺は王城の噂が真実であるということを確信した。
皇族の方々の周りだけ輝いているように見えるのは俺の気のせいだろうか……。
目を擦って見たが、やはりそれは変わらなかった。
陛下方が来たことで正式にパーティーが始まったが、陛下は皇妃様の傍から一時も離れようとはしなかった。
挨拶や誰かと話す時は共に出向き、皇妃様が少し疲れたような素振りを見せれば共に椅子へと向かう、さりげなく飲み物を渡すなど、気遣いを欠かしていない。
男として完璧過ぎて嫉妬も湧かねぇや……。
陛下がここまで周りに見せつけている意味は分かる。皇妃様を決して蔑ろにするな。そんな愚か者が現れた場合は決して自分が黙っていないと貴族達に知らしめたいのだろう。
もう十分過ぎるほど伝わりましたよ。
そんな陛下のあからさまな主張は、反感を買うどころか好感度を著しく向上させていた。いまいち人間味がなく掴めない陛下の思いやりが垣間見えたのがよかったのだろう。
パーティーが始まってから暫くするとダンスの時間になったが、陛下と皇妃様が踊られる時には誰もダンスをしには向かわなかった。理由は単純、あのお二人のダンスを見たいからだ。自分が周りで踊っていてはゆっくり観賞することができなからな。それに、見惚れてダンスどころではなくなりそうだ。
天国にいるのかと錯覚しそうになったほどだ。いや、しそうではなく、実際に一瞬錯覚した。
このままずっと眺めていたかったが、お二人は一曲でダンスを止めてしまった。皇妃様はあまり体が丈夫ではないと風の噂で聞いたことがあるので、陛下が気を遣って切り上げたのだろう。
お二人のダンスを微笑ましげに眺めていた神獣様は、曲が終わるや否や皇妃様のもとに駆け寄っていった。そして、何やら言葉をかける。
皇妃様が愛らしく微笑まれたので、おそらくお褒めの言葉か何かだろう。
上位貴族との挨拶をあらかた済ませた陛下と皇妃様は、それから会場にいた者達に分け隔てなく声をかけていった。
なんと、俺もお二人と話す機会が巡ってきた程だ。
正直、緊張しすぎて会話の内容はあまり記憶にない。パーティーを楽しんでいるかという質問に思い切り首を縦に振ったのは覚えているんだが。
陛下は俺よりも年下のはずなんだが、纏っているオーラが半端ない。正に為政者って感じの雰囲気に俺は恐縮しっぱなしだった。
間近で見る皇妃様はありえんくらいかわいいし。肌が綺麗すぎて自分の目を疑った。透明感がえげつない。いや、もはや背景が透けてた気がする。これ妖精で決定だろ。
皇妃様に寄り添っていた神獣様に至っては言わずもがなだ。神々しすぎてそちらに目も向けられなかった。
皇族の方々が手本を見せてくださっているのに我々が何もしないなんてことはあってはならない。そう考えた者は多かったのだろう。あちらこちらで交流の輪が広がっていたように見えた。
普段は早く帰りたいなどと思ったりもするパーティーだが、今日はあっという間に終わりの時間になってしまった。名残惜しく思うパーティーなんて、果たして何年ぶりだろうか。
パーティーが終わると、どこか夢心地のまま、我々は帰路に就いた。
そして、今回のことは後に『幻の夜会』として語り継がれることになる。
◇◆◇シャノン視点◇◆◇
無事にパーティーが終わり緊張感から解放された私は離宮に帰ってきて早々に着替え、ベッドにダイブする。
「つかれた~!!」
「お疲れ様です。ダンスはどうでした? 上手くいきましたか?」
「フィズがリードしてくれたから一個も間違えてないよ! コンラッドと散々練習した甲斐があったね!」
私はセレスに向かって得意気に報告をする。
このパーティーで踊るために、どれだけコンラッドにしごかれたか……。
どうせ周りでも誰かが踊るだろうから多少の粗は許されるだろうと思っていたけど、コンラッドは「どうせ二人だけで、ド真ん中で踊ることになるんですから」と言って妥協は許さなかった。実際その通りになったわけだけど。
コンラッドは未来が読めるのかな……?
すると、アリアが部屋に入ってきた。
「シャノン様、今回のパーティーは本当に好評のようですよ。先程用事があって王城の方に行っていたのですが、貴族の方々が口々に夢のような会だったと言うのが聞こえました。それはもう、本当に夢だったことにされそうな勢いでしたよ」
その言葉に、私は思わず微妙な顔になってしまった。
「あはは、大好評だったのは嬉しいんだけどね……」
そう、みんなが楽しんでくれたのは嬉しい。だけど――
――だけどっ、あんなにがんばったのに夢にされちゃったらシャノンちゃんは複雑だ……!