【130】ドレスを仕立てます!
翌日、仕立屋が離宮を訪れてきた。
思えば、この離宮に完全な外部からのお客さんが来るのは初めてかもしれない。そのせいなのか、セレス達もオーウェン達もどこかソワソワしている。
「私達の対応でこの離宮の格が決まりますから、気を引き締めてお迎えしますよ。あと、シャノン様をお守りすることも忘れずに」
「「はい」」
どこかピシッとした空気を纏う侍女達。
「いいかお前達、仕立屋が完全に安全な者とは限らない。もしシャノン様に危害を加えるようなことがあれば全力で排除するぞ」
「「「はいっ!」」」
騎士ズもやる気満々だ。
「みんな、もうちょっと肩の力抜いてもいいんじゃない?」
軽い気持ちで言うと、その場にいた全員に一斉に視線を向けられた。おおう。
ビックリして目をまん丸にしている私にズイッと詰め寄ってくるみんな。
「シャノン様、シャノン様は自分の魅力に気付いていません。そのお立場を抜きにしてもシャノン様を拐かそうとする人間なんてたくさんいるんですから」
「兄さんの言う通りです。シャノン様はぽやっとしていますから、油断していたらすぐに袋に丸っと収納されて持って帰られちゃいますよ。シャノン様のことですから、誘拐されたことにも気付かないかもしれません」
いや、さすがにそれは気付くんじゃないかな。
私の内心とは裏腹に、みんなはセレスの言葉に共感するようにうんうんと頷いている。
え~? と怪訝な顔をしていると、セレスにヒョイッと抱き上げられた。
「ほら、シャノン様はこんなに簡単に抱っこできちゃいました。シャノン様は軽いですし持ち運ぶのなんてわけないですよ」
「……簡単に抱っこされるのは、セレスだからだもん……」
むぅ、と唇を尖らせると「グハッ……!」と変な声を出すと同時にセレスが後ろに仰け反った。かなりきつい体勢だけど、セレスが抱っこしている私を落とすことはなかった。だけど、心配したオーウェンがすかさずセレスを支えにくる。
「兄さん、私の主がかわいい……」
「分かるぞ」
兄妹仲よしだね。
「――っと、そろそろ仕立屋の方が来る頃ですね皆さん、お迎えの準備を」
アリアの指示で、みんなが各々の持ち場に向かっていく。
すると間もなく、馬車の車輪の音が聞こえてきた。
玄関ホールで待っていると、ラナに連れられて仕立屋さんが入ってきた。
大きなトランクを持ったその人はスラッと背が高くピンと背筋の伸びた女の人だ。薄茶色の髪は後ろでキッチリと纏められ、アホ毛の一本も出ていない。
彼女が纏っているのは髪色と合ったブラウンのワンピースで、スカートの裾にあしらわれたレースがかわいい。
目はキリッとした感じで、真面目な印象を受ける。
彼女は私の前まで来ると、スッと完璧な礼を披露した。
「神獣様と皇妃様にご挨拶申し上げます。メイリー服飾店の店主、ビビ・メイリーでございます」
「初めまして。アルティミア帝国皇妃、シャノン・アルティミアです。これからよろしくね」
「光栄の至りにございます」
深々と頭を下げるビビ。やっぱり真面目なのかな?
私達はさっそく応接室に移動して採寸をすることになった。
胴囲などを測ってもらうために薄いワンピース一枚になる。
「皇妃様が冷えてしまいますので、手早く測らせていただきますね。侍女のお方、お手伝いをしていただくことは可能でしょうか?」
「もちろんです」
ビビが採寸をし、セレスがその数字を紙にメモしていくようだ。
「では、測らせていただきますね」
「はーい」
メジャーを持ったビビが測りやすいように両手を横に伸ばす。
「皇妃様はお衣装にこだわりはございますか?」
「ええと、私はかわいければいいって感じかな。それこそ、既製品でも……」
「既製品でも構わない」と言い切る前に、ビビがギョッと目を剥いて私の顔を見上げた。
「皇妃様が……既製品……?」
「え、ええと、うん」
おずおずと頷く。
さすがに公のパーティーとかで着るドレスは特注じゃないとダメなのは分かるけど、それ以外は既製品で何の問題もない。
もしかして、威厳がないって思われちゃったのかな……?
不安に思いながらビビの言葉をソワソワと待つ。
「……皇妃様の細さですと、既製品ではあまりサイズが合わないかと思われます」
「そ、そっか」
「はい、皇妃様はとてもほっそりとしてらっしゃいます。ですが、決して貧相な印象は受けません。皇妃様の体型は女の子の憧れですね」
「あ、ありがとう」
褒められちゃった。
私は貴族界隈のオブラートに包んだ会話は分からないので、とりあえず素直に受け取っておく。
それから暫くジッとしていると、採寸が終わった。
「――はい、終わりました。上に服を着て下さって結構ですよ」
ビビが言い終わった瞬間、侍女達が寄ってきて厚手のワンピースを着付けてくれた。
ちょっと肩が冷えていたので助かる。
「――それでは、皇妃様のドレスのデザインを決めましょうか」
「うん」
「シャノン様、メイリー様、こちらにお座りください」
セレスが手で示しているのは応接室のソファーだ。
「分かった――わっ」
そちらに向かおうとしたら、足が縺れて倒れこんだ。その先にいたのはビビだ。
ビビまで巻き込んじゃうかと思ったけど、彼女は難なく私を受け止めてくれた。
「おっと、ごめんねビビ。ありがとう」
「いえ……」
……ビビから何か言いたげな気配を感じる。
「ごめんねビビ、もしかしてどこか痛めた?」
「いいえ、痛めてはいません」
「そう? もし言いたいこととかあったら遠慮しないでね? 怒ったりしないし」
ビビをジッと見上げる。
……ん? というかあれ? なんか変な音が聞こえてくる……。
ビビの胸にもたれ掛かったまま首を傾げた。まだビビにくっついているのは、何も甘えているわけではない。シャノンちゃんはそんな誰にでも甘える子じゃありませんからね。
私を抱きかかえるビビの手が中々離れないのだ。
どこからかドッドッドッドッと低めの音が微かに聞こえる。
だけど、周りにそんな音が出そうなものはない。となれば……。
「えいっ」
「!?」
私は思い切ってビビの心臓の辺りに右耳を押しつけた。
その瞬間、先程よりも速くなったドッドッドッドッ!!という音が聞こえてくる。
……これ、心臓の音だよね……? 速すぎない?
間近にあるビビの顔を見上げると、真顔のまま目を見開いていた。あ、もしかして怒ってる?
許可なしにベッタリ引っ付いちゃったし……。
そう思った瞬間、ガバッとビビが後ろに仰け反った。どこかで見たことあるような動きだ……あ、朝のセレスか。
「~~っなんですかこの小悪魔は!! キュートすぎます!!」
ビビが叫ぶ。
ビックリして目を見開いた私の視界の端で、セレス達が「やっぱり……」というような顔をしていた。
「私も皇室御用達の仕立屋として必死に平静を保っていましたが、もう我慢できません! こんなに私を誘惑してどうしたいんですか!?」
ご乱心のビビにスッとアリアが近付く。
「恐れながら、シャノン様はこれが通常営業です」
「だと思いました! 狙ってたらとんでもない傾国ですよ」
ビビにギュッと抱きしめられる。
「ああ……いい匂い……」
恍惚とした様子で呟くビビ。
「失礼ながら、香水は何をお使いなんですか?」
「ええと、何も使ってないと思う……。シャンプーの匂いかな?」
「え、好き……」
え、どこに好きポイントが……?
ビビは、なおも私を抱きしめ続ける。
「皇妃様は骨自体が華奢なのですね。すぐに折れてしまいそうな儚さが趣深いです」
趣深いかな……?
セレス達のお仲間かとも思ったけど、また少し違うタイプかもしれない。
「毛穴一つありませんし、肌もこんなに真っ白で……ああ、皇妃様のドレスを作るのが楽しみで仕方ありません。こんな楽しい仕事、無料で……いえ、むしろこちらがお金を払ってもやりたいくらいです。むしろ払わせてください」
「いやいや、報酬はしっかり払うよ」
「皇妃様はお人柄も素晴らしいのですね」
当たり前のことで感銘を受けるビビ。
「先程私に遠慮しないで何でも言っていいとおっしゃった時も、出てくる言葉が不敬罪とかではなく怒らないなのがキュートです。ときめきで心臓が潰れるかと思いました」
確かに心臓バクバクだったもんね。
「このビビ・メイリー、必ずや皇妃様にお似合いのドレスを作ってみせます。皇妃様のかわいらしさを伝説にしましょう」
「まぁっ! メイリー様、是非ともお願いいたします」
「ええ、妖精が現れたと社交界の噂にしてやりましょう」
ガシッと手を取り合うアリアとビビ。
仲良くなれそうだね。
午後になると、ついでに自分の衣装も仕立てようとフィズがやってきた。
ササッと採寸を終えたフィズとお茶をする。
「――随分と悩んだようだけどドレスは決まったのかい?」
フィズが来た時には応接室の中が布やカタログで埋もれてたからね。ドレス選びに難航したことは想像に難くないだろう。
実際、みんなのこだわりを盛り込むのに時間がかかったからね。
「うん、三時間にも渡る話し合いの末、みんなが納得できる形になったよ」
「へぇ、どんなのにしたの?」
「まだ内緒!」
「ふふ、じゃあ当日を楽しみにしてるね」
「うん! フィズのはすぐに決まったねぇ」
フィズのは特注にも関わらずあっという間に決まった。デザインを指定するのに一時間もかかってないんじゃないかな。
「色は姫のドレスに合わせるって決まってたからね。あとはいつもの型を使うだけだから」
「フィズはなんでも似合うもんね」
どんな色でも着こなせると思う。
「ありがとう。姫には劣るけどね。……ところで、メイリーは何をしてるんだい?」
フィズの視線の先では、ビビが感涙にむせび泣いていた。うっうっと嗚咽も漏らしている。
「あまりにも理想のお二方で……この時代に生きていてよかった……! ああ神よ、このお二人の衣装を作れることを感謝いたします」
「我に拝まれても困るのだが……」
目の前に伏して涙を流すビビにリュカオンが困惑してる。
「できたら神獣様の服も作りとうございます」
「我は衣服は好かん」
「左様でございますか」
「やけに引き際がいいな」
「陛下と皇妃様という奇跡のご夫婦の衣装が作れるのですから、これ以上は贅沢というものです」
床に伏していた状態からむくりと起き上がり、頬についていた涙を拭うビビ。そして、座ったままうっとりと私達を見上げた。
「ああ、本当に美しいです、美の体現。願わくばお二人とも私の店でマネキンになっていただきたいくらいです……」
「あはは、俺達じゃ役不足だよ」
「猟奇的だのう」
「ああ! マネキンにしてやろうって意味じゃないですよ! お二人くらい美しいマネキンがあったら商品の魅力が引き立つだろうなって思っただけです!」
リュカオンに慌てて弁明するビビ。
あと、さりげなくフィズが役不足を正しい意味で使ってた気がする。
ホクホク顔で帰っていったビビを見送る。
「ビビって面白いね」
「観察していて愉快だよね。でもね姫、メイリーは社交界では気難しい人間嫌いってことで有名なんだよ」
「え? 意外。全然そんな感じしなかったけど」
「姫はどちらかと言うと妖精って感じだし、メイリーが嫌いなザ・貴族には当てはまらないもん。それに、大分気に入られてたし。彼女、気に入らない人間には態度が悪いから。身分問わず」
「それ大丈夫なの?」
おバカな貴族には嫌がらせとかされちゃいそうだけど。
「他の追随を許さない程腕がいいからね。貴族相手に多少強気に出ても問題ないんだよ。例え目をつけられたところで彼女を気に入っている他の貴族が守るだろうし」
「そんなに有名な人なんだ」
「うん、あれでいてメイリーの特注品は年単位で予約待ちだよ」
「!?」
予想以上の人気っぷりにシャノンちゃんビックリ。
……実力のある人って、得てして変人だったりするよね。





