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【127】知らないところで何かが起ってる

他作品ですが「聖女ですが闇堕ちしたらひよこになりました!」がTOブックスより明日(5月20日)に発売になります!




 フィズとアリスの会話をボーッと聞き流していると、ふわふわの後頭部が目に入った。


「……」


 吸い込まれるようにその後頭部に鼻を埋めた私は、そのままリュカオンを吸う。スンスン。

 あ~、いい匂い。

 リュカオンの匂いを嗅いで癒やされていると、クラレンスが果敢にも二人の会話に割り込んだ。


「――あー、お二方、愛が溢れるのもいいですがそろそろシャノン様が飽きてるのでその辺にした方がいいんじゃないですかね」


 クラレンスの言葉でフィズとアリスが一斉にこちらを見た。

 ん?

 リュカオンの頭をスンスンと嗅ぎながら二人を見上げる。


「かわいいね姫、何してるの?」

「……一服?」


 リュカオンを吸っております。


「そっか、退屈させちゃったみたいでごめんね。姫の魅力を語りたい欲が溢れちゃって」

「ええ、わたくしもついついヒートアップしてしまったわ……ごめんなさいね」

「陛下はまだしも、アリス様はどうしてそこまでヒートすることがあるんですかね……。今日初対面ですよね?」


 苦笑するクラレンス。

 そんなクラレンスの言葉を、アリスはフッと鼻で笑った。


「愛に期間なんて関係ないわ」

「なるほど、僕の主が罪作りってことですね」

「真顔で何言ってるの」


 ストッパーかと思ったらクラレンスもそっち側だったか。

 傍らのクラレンスを見上げていると、対面に座っていたアリスが席を立ってこちらに歩いてきた。そして、両手で私の頬を挟む。


「ただ確かに、シャノンのお出かけを邪魔するのは本意ではないわね。意図せずそんな形になってしまったのは残念だけれど」

「ううん、私は体力がないからむしろ休ませてもらって助かったよ」

「~~っ! 私のシャノンは中身も天使なのね!」

「君のじゃないよ?」


 ぎゅ~っと私に抱きついてきたアリスを目が笑ってない微笑みで見下ろすフィズ。

 すると、アリスは私の背中に回していた手を解いた。

 

「……そうですわね、まだ『私の』と称するには親睦の深め方が足りないかもしれません」

()()どころか未来永劫君のものになることはないけどね」

「……」


 笑顔で睨み合うという器用な技を披露するフィズとアリス。バチバチと青い火花が散ってるのが見えるね。


「シャノン、今度は一緒にどこかに遊びにいきましょうね」

「いきますわ」

「姫、語尾がうつってるよ」


 おっとっと。

 ついつい話し方が似てしまいましたわ。


「うふふ、これはこれで私色に染まっている感じがいいですわ……」

「……アリス様、その辺にしておいた方が……そろそろ気持ち悪い……」

「なんですって?」


 相変わらずの無表情で言い放ったノクスをアリスが睨み付ける。だけどノクスは表情一つ変えずに受け流している。


「じゃあ、私達はそろそろおいとましようかな」


 そう言って私は席を立つ。

 すると、アリスが玄関まで案内してくれた。


「じゃあアリス、またね」

「ええ、ノクスを通じてお誘いするわね」

「うん。ノクスもまた後でね」

「はい」


 そして、私達はアリス宅を後にした。



 街中をテコテコと歩いていると、リュカオンがボソリと呟く。


「シャノンに初友達か……感慨深いのう……」

「えへへ、アリス、面白い子だったね」

「変わった娘ではあったな」


 確かに、ちょっと変わった雰囲気の子だったよね。

 品があるというか、普通の服を着ていても高貴なオーラが隠せてないし。おちゃらけていても人の上に立つオーラっていうのかな? それが滲み出ていた。

 多分、私にはないオーラだ。


「……私もああいう喋り方をした方がいいのかな……」

「頼むからシャノンはそのままでいてくれ。お前は今のままが一番かわいい」

「そっか、そうかな……」


 リュカオンが言うならそうなんだろう。


「――姫、これから広場で催し物をやるそうなんだけど見に行ってみる?」

「うん! 行きたい!」


 そして足を踏み出した瞬間――


「わっ」

「おっと」


 誰かにぶつかりそうになったところでフィズに抱き寄せられる。

 おかげで知らない人に当たらずに済んだ。

 私が危うく衝突しそうになった男性は特にこちらを気にすることもなく歩き去っていった。


「フィズありがとう」

「どういたしまして」


 ニコリと笑って私の体を離すフィズ。スマートだ。

 にしても、別にぼんやり歩いてたわけでもなかったんだけど……。ちゃんと歩いてても人にぶつかりそうになるくらい私って鈍くさいのかな。

 一人で街歩きへの道は遠いのかもしれない。



 広場に着くと、既にそこそこの数の人が集まっていた。少し声を張らないと話し声が聞こえなくなるくらいにはガヤガヤしている。

 そして、その中心には見たことのない道具とカジュアルな燕尾服のような格好をしている人がいた。

 これから何をするんだろう、とワクワクしながら背伸びをして中心部に視線を向ける。だけど全く見当もつかずにいると、フィズが耳打ちで教えてくれた。


「これから手品を披露してくれるそうだよ」

「手品?」

「そう、知ってる?」

「言葉の意味は。でも本当に見たことはない」

「そっか、じゃあちょうどよかったね。楽しみ?」

「うんっ!」

「あはは、お目々キラキラだね」


 あからさまに楽しみそうな顔をしている私を見てフィズがクスクスと笑う。

 手品とは、魔法を全く使わずに不思議な現象を起こすことだと本で読んだことがある。正直全く想像がつかない……。


「……あれ? そういえばクラレンスは? 姿が見えないけど」


 いつの間にいなくなったんだろう。ずっと傍を歩いてたはずなのに。


「フィズ知ってる?」

「ああ、彼はお腹が痛いからお手洗いに行ってくるそうだよ。手品を見て待っててくれって言ってた」

「そっかぁ」


 悪いものでも食べたのかな。


「お手洗いも混んでるだろうから少し時間がかかるかもしれないから、気長に待とう。あ、そろそろ始まるみたいだよ」

「ほんとだ!」


 手品に夢中になった私の頭からは、クラレンスのことはスッポリと抜けてしまった。




◇◆◇






 シャノンがいる広場の近くには細路地があった。そこは広場の賑わいとは裏腹に人気ひとけはない。しかし男が一人、壁に体を預けるようにしてコッソリと広場を覗き込んでいた。

 意識を広場の方に向けていた男は、後ろから近付いてくる存在に全く気付かない。


「ねぇ君、な~に見てんの?」

「!?」


 耳元で囁かされた声にギョッとした男は慌ててその場から数歩後退する。男は四十代程で、特に印象に残らない平凡な顔に同じく特筆すべき点のない普通の格好をしている。

 そんな男に声をかけた薄水色の髪を持つ青年は、特に距離を詰めることもなくその様子をニコニコと観察していた。


「あはは、ただ声をかけただけなんだからそんなに驚くことないでしょ」

「……」

「それとも何? 誰かの後をつけることに夢中で自分の周囲に意識を配ってなかったのかな?」


 微笑みながら一歩自分との距離を詰めるクラレンスに冷や汗をかく男。

 クラレンスの言う通り、男はシャノン達の後をつけていた。そして、この男は先程シャノンとぶつかりそうになったのと同一人物だ。


「スリ未遂だけならまだ救いようがあったのに。尾行までするとかほんっとうにありえないんだけど」


 そこで、クラレンスは笑顔のままチッとガラ悪く舌打ちをした。クラレンスが纏うあまりに剣呑な雰囲気に、男はとんでもない人物に手を出そうとしたのだと後悔に襲われる。


「コッソリついて行ってどうするつもりだったの? また財布でも盗ろうとした? それとも捕まえて明らかにいいとこの出な彼女の実家から身代金でもゲットしようしたのかな? ――まあ何にせよ事実は一つ、君があの人に危害を加えようとしたってことだ」

 

 フッと笑顔を消して真顔になるクラレンス。


「僕の大切な主人ひとに手を出そうとしたこと、絶対に許さないから――」

「ヒィッ」


 そしてクラレンスが男に手を伸ばしかけた瞬間――


 ドゴォ!!!!


 ――男の顔が真横に吹っ飛んで壁に激突した。


「!」


 クラレンスはまだ手を出していない。手を出したのは突如現れた黒髪の少年――

 その少年の姿を認めると、顔に微笑みを戻して肩を竦めてみせる。


「どうして君がここにいるんだい? さっき別れたばかりだろうに」

「……アリス様が、少し様子を見てこいって」


 コツコツとクラレンスの方に歩いてきたのは、先程アリスと一緒に家に残ったノクスだった。

 ノクスは普段と同じ無表情で伸びた男を見下ろす。


「……話の流れがよく分からないまま蹴っちゃったけど……大丈夫?」

「だいじょうぶだいじょ~ぶ。僕も今同じことをしようと思ってたところだから」


 クラレンスはヘラリと笑ってノクスの行いを肯定する。


「全く、よりによってシャノン様を狙うなんてバカな奴だよね。まだ陛下の方を狙えばいいものを。ただの平民に見えないのはシャノン様だけじゃなくて陛下も同じなんだから。……やっぱり顔立ちが綺麗すぎるのかな……」


 ブツブツと考え込んでしまうクラレンス。

 ノクスはそんなクラレンスと足元の男を交互に見遣った。


「……これ、どうすればいい?」

「警備隊に引き渡そう。スリに関しては常習犯っぽいし」

「……じゃあ、俺が連れて行く。あんたは、戻らないとだめだろ……」


 その言葉にクラレンスはおや、という顔をした。


「じゃあお言葉に甘えようかな」

「うん、早くシャノン様のところに戻って……」

「分かった。じゃあ頼むね」


 踵を返そうとしたクラレンスだったが足を止め、再びノクスへと顔を向けた。


「ねぇ君、シャノン様とあのお嬢様、どっちの方が大事なわけ? あのお嬢様とは血が繋がってるわけじゃないんでしょ?」


 そう問いかけられたノクスは、地面の男に向けていた黒曜石のような目をチラリとクラレンスに向ける。


「……分からないけど……アリス様は……家族みたいな感じ?」

「……いや、僕に聞かれても分からないよ」


 なにせ、クラレンスがアリスと直接話したのは先程が初めてだ。


「ただ、君がそう言うなら彼女は君にとって家族みたいな存在なんじゃないの? それなら確かにシャノン様への忠誠と比べるものでもないし、僕としては納得かな」

「はぁ……」


 勝手に納得したクラレンスはスッキリとした様子でその場を後にした。その背中を見送ると、ノクスも警備隊に引き渡すために気絶している男を引きずって細路地から離れた。








 クラレンスは何食わぬ顔で敬愛する主人のもとへと戻った。


「お待たせしました~」

「おかえりクラレンス、お腹の調子は大丈夫?」

「お腹? ……あぁ、はい、何の問題もないです。手洗いが混んでただけなので」

「そっか」


 それだけ言うと、シャノンは広場の中心で行われている手品へと視線を戻した。そこではちょうど男性が口から鳩を出すところで、それを見たシャノンは「おぉ……!!」とかわいらしい歓声を上げている。

 シャノンの意識が完全に手品へと向いたことを確認したクラレンスは、コッソリとフィズレストに声をかけた。


「僕、訓練受けてるので急にお腹を壊すことなんてまずないんですけど……」

「まあまあ、うまく誤魔化せたんだし、僕の獲物を横取りしたんだからそれくらいいいでしょ」

「獲物って……」


 その言いようにクラレンスは少しドン引きする。


「というか、僕があいつを捕らえにいく方が普通でしょうに……」

「うん、だから断腸の思いで君に譲ってあげたでしょ?」

「断腸の思いって……」


 だが、クラレンスはその言葉を大袈裟だと一笑に付すことはできなかった。

 先程の男がシャノンにぶつかるフリをして財布をスろうとした時のフィズレストの顔は、男に対する殺気に満ちていたからだ。

 幸いと言ってよいのかシャノンからも男からもその顔は見えていなかったが、クラレンスはバッチリと目撃してしまった。

 その時の気持ちは、「怖っ」の一言に尽きる。


(――直接ボコしに行こうとした陛下を止めてあげただけ、俺って優しいよな~)



 そんなことを思いながら、クラレンスは何食わぬ顔でシャノンの周囲を警戒し続けた。









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<書籍2巻は2024/12/6発売です!>
お飾りの皇妃書影
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