【126】お友達第一候補? 出現!
お腹が満たされた私達は、ブラブラと街の中を歩いていた。
「次はどこに行こうか。シャル、どこか行きたいところはある?」
「ん~……」
街に何があるのかを知らなすぎて行きたいところが思い浮かばない。
フィズに決めてもらおうと思った時、見知った顔が視界の端に入った。
あれは――
「――あれ、シャルのところの子じゃない?」
「うん、ノクスだね」
私服姿のノクスが紙袋を抱えて歩いていた。お買い物かな?
そしてノクスの姿を認めた瞬間、クラレンスの瞳がキラリと煌めいたのが分かった。
「シャノンさま――」
「尾行ならしないよ」
「あ、バレました? いいじゃないですか、しましょうよ、尾行」
「クラレンス、趣味が悪いよ。ただでさえノクスからの好感度低いのに、これ以上下げてどうするの」
「あはは、これ以上は下がらないところにいるから大丈夫ですよ」
……それは果たして大丈夫なのかな?
まだまだ二人の雪解けの日は遠そうだ。
「とにかく、ノクスはお休みなんだし追いかけ回したら悪いよ」
「え~」
そして私は、渋るクラレンスを連れてその場から離れようとしたんだけど――
「「あ」」
黒曜石のような瞳とパッチリ目が合う。
「シャノン様……奇遇ですね……」
「……奇遇だねぇノクス」
いつの間に近くに来てたのか、図らずもノクスと出くわしてしまった。
「の、ノクス、私達尾行してたわけじゃないよ!」
「うんうん、むしろシャルは嬉々として君の後を追いかけようとするそこのクラレンスを止めようとしてたんだから」
クラレンスは自分のことを指さしながらそう言ったフィズに「あ! バラしたな!」とでも言いたげな顔をしていたけど、口に出して言うことはしなかった。
そんな私達の様子を見守るノクスは至って冷静だ。
「……別に、疑ってないですけど……。シャノン様達が出かけてるの、知ってましたし……」
「……あ、そう……」
慌てて弁明をした私は何だったのか。これがノクスじゃなかったら痛くもない腹を探られるところだったね。
「――ノクス? 何をしているの?」
そこで、これまでの会話には参加していなかった第三者がノクスに声をかけた。それは、紛れもなく女性の声で――
「お知り合いの方?」
ちょうどノクスと重なってたから見えなかったけど、その人がノクスの影からヒョッコリと顔を出したことで姿が露わになる。
そして深い紫色の瞳が私の姿を捉えた瞬間、大きく見開かれる。
「あら、貴女――」
「?」
私のことを知ってそうな反応に首を傾げる。
どこかで会ったことあったっけ……?
な~んか見たことがある気もしなくもないんだけど。
ノクスの後ろから現れたのは、胸元まである毛先がウェーブした菫色の髪に深い紫色の瞳の少女だった。そのパッチリとした瞳は意志の強そうな光が灯っている。
身長は……私よりも顔半個分高い。
まじまじと観察していると、女の子が私の肩をガシッと掴んだ。反射的にフィズが動きかけたけど、相手が華奢な女の子だからか手を出すことはしなかった。
「貴女! 私の四連覇を阻んだ子ね!」
四連覇……?
何のことだろうと思ったけど、私が関係する勝負事といえば先日のクイズ大会だ。
もしかして、あの時三番に座ってた子かな。私が何問か押し負けた。
あの時はフードを深く被っていたから顔は見えなかったけど、よくよく思い出したら今着ている外套もあの時と同じな気がする。
そういえば、司会の人も三番さんが前回大会の優勝者とか言ってたもんなぁ。
これは文句を言われる流れかと思い身構えるけど、ピンク色の口から飛び出したのは意外な言葉だった。
「――か、かわいすぎるわ……!!!」
「……え?」
「まあまあ! 何かしらそのキョトン顔は! お目々がまん丸でとってもかわいいじゃないの! ああっ、ほっぺたもスベスベのモチモチ……」
私の両頬を手で挟んでウリウリとする少女。
「ノクスがあまり目立つ行動は避けるようにと言うからこの前は抱きしめて撫でくりまわすのを我慢していたけれど、ノクスの知り合いというなら遠慮する必要はないわね」
そう言いながら、少女は私を抱きしめて撫でくりまわす。有言実行だ。
「……ハァ、一旦、家に移動しましょうか……」
「この愛らしい子を家に連れ込めというのね! ナイスアイデアよノクス!」
「……そういう意味じゃ……ないです……」
ツッコミ側に回るノクスという珍しいものを拝んでしまった。外に出てみるもんだね。
それから、私達は少女の家に移動した。
そこで私はあることに気付く。
もしかしてこの子、クラレンスが内通者に仕立て上げようとしてた子か!!
胸元のリュカオンを見下ろすと、私の視線を感じたらしいリュカオンがコクリと頷いた。
元スパイのクラレンスはノクスに濡れ衣を着せようとしていた。その時にノクスが犯人であるという証拠として挙げたのが、他国の人間と定期的に会っているということだ。リュカオンが魔法で『視て』、ただの女の子らしいことを確認したから事なきを得たけど……。
チラリとクラレンスを見上げると、テヘッとでも言うように片目を瞑ってペロリと舌を覗かせていた。後ろからノクスが睨み付けているのに気付いた方がいいと思う。
家のリビングの机には椅子が対面で二脚しかなかったので、私と少女が対面で座った。フィズに譲ろうとしたんだけど、ヒョイッと持ち上げられて強制的に座らされる。少女が私を自分の膝に乗せると申し出たけれど、それもフィズによってにべもなく却下された。
各々の場所取りが落ち着いたところで、少女が口を開く。
「そういえば、名乗っていなかったわね。私はアリス、十五歳よ。ファミリーネームは聞かないでちょうだい。貴方方お二人の名前は?」
ファミリーネームは聞かないでって、訳あり臭がプンプンするんですけど。
「私は……」
偽名を名乗った方がいいのかな……いや、ノクスと親しい間柄ならどうせバレるか。
「私はシャノン、十四歳。こっちはフィズだよ」
余計なことを言ってもあれなので簡潔に自己紹介をする。
「シャノンというの、名前までかわいらしいのね。私のことはアリスと呼んでちょうだい。本当、お人形さんみたい……」
「う、うん、私のこともシャノンでいいよ」
「そう? では遠慮なく」
うっとりと私を見詰めるアリス。
あまりにもガン見されるものだから、私は困ってアリスの後ろに控えるノクスを見遣った。だけど、ノクスはいつもの無表情で虚空を見詰めている。
そこで、フィズがアリスに声をかけた。
「……君達の関係は? どう考えても家族には見えないんだけど」
「ノクスは私の犬よ」
……いぬ?
予想外の答えに私の目が点になる。
「ちょっと、うちの姫に変なこと言わないでくれる?」
フィズが咎めるように言ったけれど彼女はどこ吹く風だ。
「事実だもの。ノクスは私が拾い、私が育てたの。ほら、もうこんなに立派な真人間の一歩手前よ」
「それでも一歩手前なんだ」
「ええ、胸を張って人間と言うにはまだ足りないわね」
手厳しいね。
目の前で若干貶されているけど、ノクスは別に気にした様子はない。
というか、育てたって言ってるけどアリスよりノクスの方が年上じゃないの? ……謎の関係性だ。
「私は他国の人間なのだけれど、この国にはノクスの就職先を見つけに来たの。少しでも安定した職に就ければよいと思っていたのだけれど、まさか皇妃様の下で働かせてもらえることになるとは思わなかったわ」
菫色が感謝を込めた視線を私に向ける。
まあ、気付いてるよね。
この場にはクラレンスもいるのに、アリスは最初から私とフィズにしか名前を聞いていなかったし。クラレンスは護衛だって最初から見抜かれてたね。
「でも、アリスも結構高貴な家の出身でしょ?」
「あら? 私は庶民よ?」
「……一人称に『私』を使っておいて平民は無理があると思う」
「あら、そんなものなのね。ノクスに指摘されないから普通なのかと思っていたわ」
頬に手を当てて首を傾げるアリス。その行動一つとっても節々から上品さが滲み出てるんだよね。
そこで、フィズが嫌そうな声を出した。
「……君、まさか不法入国じゃないよね。こんな普通の家に隠れるように住んでるなんて」
「ノクスの就職先を探しがてら、私もお二方と同じでお忍びで羽を伸ばしてますの。まあ、グレーゾーンな手は使いましたが」
「グレーゾーンなら……まあいいか」
いいんだ。
「そんなつまらない話より私、シャノンと仲良くなりたいわ! シャノン、貴女お友達は何人いるの?」
「え……ゼロだよ」
「そうなのね! 私もいないわ! お揃いね」
悲しいお揃いだなぁ。
「じゃあ私、シャノンの友人第一号になれるようにがんばるわね」
「う、うん。でも、なんでアリスは私に対する好感度がそんなに高いの?」
「私、昔からかわいらしいお人形さんが大好きなの。だから、クイズ大会の会場で初めてシャノンを見た時は衝撃だったわ。理想のお人形さんが呼吸をして歩いてるって。しかも、それでいて頭もいいんだもの。私の理想の女の子がいるって思ったわ」
「え、シャノン様告白されてます?」
私の斜め後ろでクラレンスが呟く。
分かる、それくらいの熱量を感じるよね。
「同性も虜にしちゃう姫の魅力……魔性だね」
フィズは真顔で何言ってるの。
ちなみに、リュカオンはいつの間にか寝ていた。真下からスースーと寝息が聞こえてくる。かわい。
「……ケホッ」
水分補給をしていなかったので、喉が渇き空咳が出る。
小さな咳だったけど、すかさずアリスが立ち上がった。
「まあまあ、私ったらお客様にお茶も出さないでごめんなさいね」
アリスは慣れた手つきで全員分の紅茶を淹れてくれた。
紅茶に口をつけ、喉を潤す。
「もし時間があるなら少しお話しましょう。仲良くなるためにシャノンのことが聞きたいわ」
「うん! 私も、アリスとお話したい」
「グッ!! なんてかわいらしいの……!」
クラリとふらつくアリス。オーバーリアクションだね。
それからアリスや、時々フィズを交えておしゃべりをしてたんだけど、途中で様子がおかしくなってきた。
「――どうしてこんなに愛らしい子が存在するのかしら、妖精さんみたいじゃない」
「分かってないね、姫のかわいいところは見た目だけじゃなくて――」
いつ頃からか、二人で私のことを褒めちぎり始めたのだ。
「……なんだこれ」
二人の応酬を聞き流している私は、遠い目をしていたことだろう。