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【124】フィズとお出かけ!




「……皇妃様は、驚くべき箱入りですね」


 ある日の授業で、コンラッドは私をそう評した。

 何か言い返されると身構えてたコンラッドだったけど、私達が誰も何も言わないものだから逆に訝しげにしていた。

 だって、あまりにも正確な評価だもんねぇ。その通りすぎて異論なんて唱えられるはずがない。

 強火保護者のリュカオンやクラレンスも黙っている始末だ。


「ど、どうして皆様黙っているのですか……」

「だって、その通りだもん」

「ああ、常識外の箱入りだって自覚はあるんですね」


 反論が来ないと分かったら言うねぇ。


「そりゃあ、ウラノスにいた時は離宮から出たのは数える程だったし、今は離宮からは出るようになったけど、行動範囲内はほぼ王城の敷地内だけだもん」


 こんな箱入り、中々いないと思う。

 すると、パタリと尻尾を振ったリュカオンが「だが……」と口を開いた。


「シャノンの箱入りはこれでもマシになった方だぞ」

「うん、今はパンが白い粉からできてることも分かるからね!」

「白い粉って……小麦粉のことですかね。……え、それすらも知らなかったんですか……?」

「魚の原型も知らなかったな。この前出かけた時、市場でそのまま売っている魚を見て驚いていたぞ」

「……!」

 

 リュカオンの言葉に絶句するコンラッド。

 どうやら、私の世間知らずレベルはコンラッドの想像を上回ったらしい。


「シャノン様、そんなに世間知らずなのによくまともに育ちましたねぇ。さすが僕の主」


 クラレンスがニコニコと微笑みながらこちらに歩いてくる。


「私を育ててくれた侍女達が優秀だったんだよ。おかげでこんなにいい子に育ちました。えっへん」

「自分で言うか」

「でも確かに、シャノン様ほどの箱入りで井の中の蛙になっていないのは珍しいですよ。僕の元主なんて酷い有様でしたし」


 クラレンスが思い浮かべるのは、かつての主、元ヒュプノー王国国王だろう。元国王を思い出し、笑顔の裏で微かに苛ついているのが分かる。

 クラレンスの醸し出す不穏な雰囲気に気付いたのか、コンラッドも少し後ずさっていた。


「コホン、ともかく、皇妃様には一般常識が大いに欠けています。私がこの場でお教えすることも可能ですが、実地で身につけた方が早いかと」

「と、言うと?」


 眼鏡越しに私の目をしっかりと見据えたコンラッドは、おもむろに口を開いた。


「――皇妃様、行動範囲を広げましょう」





◇◆◇




「――ってことで姫、俺とお出かけしよっか」


 昼食後、コンラッドと共に訪ねてきたフィズがにこやかにそう言った。


「話は聞いたよ。頭の固いコンラッドが姫に外出をとか言うから、どうしたのかと思って問いただしちゃった」

「頭の固いは余計です」

「あはは、真面目なお前がお忍びでお出かけを推奨してくるとは思わなかったよ」

「我が家の先代達の手記を見ても、皇族の方々が庶民の生活を知るためにお忍びで外出することはままあったそうですので。体力作りの意味も込めて、皇妃様には色々なところを歩き回ることは必要かと」


 へぇ、歴代の皇族の人達もお忍びでお出かけしてたんだ。


「ふ~ん、歴代の皇族もお忍びとかしてたんだねぇ」


 私と全く同じ感想をフィズが口にする。


「あれ? 陛下も知らなかったんですか?」


 クラレンスがフィズに尋ねる。


「ああ、俺は先代には嫌われていたから早いうちに辺境に飛ばされてね。引き継ぎどころか私的な会話もほとんどしてないから」

「そういえば、アルティミアの前皇帝は周辺国でもかなり評判が悪かったですね。皇帝の座に固執するタイプなら、次代にこんな化け物が控えていたら恐ろしくて仕方ないでしょう」

「あはは、誰が化け物だって?」

「ヒッ!」


 フィズに笑顔を向けられたクラレンスが、慌ててコンラッドの影に隠れる。

 怖いなら軽口なんか叩かなきゃいいのに。

 最近はフィズも、このクラレンスの反応を面白がっているきらいがある。普段は化け物って呼ばれてもどこ吹く風なのに、今はわざとらしく反応して見せてるし。

 自分の後ろに隠れるクラレンスに冷めた視線を送っていたコンラッドは、呆れたようにハァと溜息をついた。


「まあ、そんな陛下がついていれば皇妃様に危険もないでしょうから。陛下より強い人間など、国内でも留学先でも見たことありませんし」

「たしかに、フィズが誰かに負けるところなんて想像できないもんね」

「あはは、姫の期待に沿えるようにもっと鍛えないとなぁ」

「これ以上強くなってどうするんだ……」

「ん?」


 ボソリと呟いたクラレンスがフィズに聞き返され、コンラッドの後ろにヒュンッと引っ込む。

 まさに蛇に睨まれた蛙だね。





 そして翌日、早速フィズとお出かけすることになった。

 前回のように変装し、シンプルな服に身を包んだ私は離宮の玄関ホールでフィズを待つ。リュカオンもしっかりと子犬サイズに変化へんげ済みだ。


「まだかなまだかな」

「ふふ、もうすぐ来ますよ」


 私の斜め後ろに控えるクラレンスも、今日はラフな私服姿だ。来ないでって言ってもどうせコッソリついてくるので、いっそのこと近くで護衛をしてもらうことにした。

 そうは見えないけど、これってワーカーホリックなのかな……。


 そんなことを考えていると、玄関の扉が開かれる。


「姫、お待たせ」

「!」


 入ってきたフィズの姿を見て、私は瞳を見開いた。


「ふふ、姫の目がまんまるだ」


 クスクスと笑うフィズの髪が漆黒に染まっている。そう、いつぞやの謎のお兄さんルックスなのだ!


「この姿久しぶりだねぇ! わぁ、セレス達の故郷に行った時のことを思い出すなぁ……!」


 懐かしさに私のテンションは爆上がりだ。

 何かと手助けをしてくれたかっこいいお兄さんが自分の旦那様だなんて、あの時は思いもしなかったなぁ。今考えてみると、偶然を装ってフィズが世間知らずな私の手助けをしてくれてたことがよく分かるけど。


「あの時は同行したくてもできなかったから、今日は一緒に行けて嬉しいよ」

「! 私もっ! 私も嬉しい!」

「あはは、今日の姫は元気だね」


 ぴょんこぴょんこと跳ねる私を見て、フィズが楽しそうに笑う。

 すると、クラレンスが小さくなったリュカオンの顔を覗き込んだ。


「ところで、神獣様も同行するんですか?」

「無論だ」

「せっかくこの前シャノン様と離れる練習したのに?」

「それとこれとは話が別だ。やむを得ぬ場合以外、我はシャノンから離れる気はないぞ」

「あはは、とんだ親バカだ」


 気安く神獣(リュカオン)に話しかけるクラレンスに、見送りにきていたコンラッドがヒヤヒヤしてるのが見て分かる。

 そんなことで怒るリュカオンじゃないけどね。

 クラレンスはこの国の出身じゃない分、特に信仰心がないからリュカオンへの態度も比較的気安い。だけど、普段は過剰に敬われがちなリュカオンはこの態度が割と気に入っているようだ。


「じゃあみんな、行ってくるね」


 変装をしたフィズとリュカオン、そして護衛のクラレンスと共に私は離宮を出発した。





◇◆◇クラレンス視点◇◆◇




 俺は今、敬愛する主達と共に城下の街に来ている。

 街を歩いていても不自然じゃないように騎士服は脱ぎ、私服を着ている。変装は完璧、その辺を歩いていても全く不自然ではない好青年に仕上がっている。


 だが問題は、俺の前を歩くこのキラキラ二人組だ。

 変装していても隠しきれない美貌なのか高貴なオーラのせいなのかは分からないけど、否応なく周囲の視線を集めている。

 どちらか一人でも見かけたらその日の食卓の話題に上がるくらいの美形だ。二人揃えば、そりゃあこうもなるか。

 すれ違う度に二度見する人の多いことよ。

 変装の甲斐あって、さすがにこれが皇妃と皇帝だって思ってる人はいなそうだけど。


 そんな状況に全く気付いていない主は、のほほんと「クラレンスは心の中だけは一人称に『俺』を使ってそうだよね~」なんて話をしている。

 その通りだけどなんでバレてんだ。

 あってる? とこちらを見上げてくるシャノン様は、地味めに変装をしていてもめっちゃかわいい。腕に抱いている子犬サイズの神獣様がそのかわいさをさらに増幅させているんだから始末に負えない。

 やっぱり、先祖のどこかで妖精の血が混じってるんだと思う。


 そして今は、そんなシャノン様の希望で串焼きの屋台に向かっているところだ。以前出かけた際にシャノン様がおいしそうに食べ、行列を作った店でもある。

 前回また来ると言っていたので、その約束を果たしに行くんだろう。義理堅い主、最高。


 ルンルンと上機嫌な主の様子を観察しつつ、周囲を警戒しながら歩く。

 大通りだから人が多いけど、陛下がさりげなくエスコートをしているのでシャノン様は歩きやすそうだ。二人のオーラに、周囲の人間が少し距離をとってるのもあるだろうけど。


「――うわっ! 荷物が倒れるぞ!!!」


 不意に、誰かの叫び声が耳に飛び込んできた。

 反射的にシャノン様をかばう体勢をとりながら、声のした方を見る。

 すると、荷馬車に積んである大量の木材が今にも崩れ落ちようとしているところだった。


 周囲の人間がパニックでその場を離れる中、視界の端で影がシュッと動いた。


「――よっと」


 そんな軽いかけ声と共に、木材に向けて蹴りを繰り出す陛下。結構な重量がありそうなそれは、陛下の蹴りであっさりと元の位置に戻った。

 常人なら重みに負けてあっさりと下敷きになってしまいそうなものだけど、陛下からしたらむしろ今の蹴りは手加減をしたんだろう。

 陛下が本気を出したら、あんな木材なんて粉砕どころか木っ端微塵になるだろうから。


 ペコペコと頭を下げる荷馬車の持ち主に「ちゃんと固定しなよ~」と返した陛下は、ツカツカとこちらに戻ってきた――かと思いきや、シャノン様の横を通過してそのまま歩き続ける。


「?」


 どこへ行くんだ? と訝しげに見ていると、陛下は一人の男の肩に手をかけた。


「ねぇ君、今の騒ぎに乗じて露店から何か盗んだよね」

「はぁ!? 俺は何も――!」


 声を荒げる男のポケットに入っていた手を無理矢理引き出す陛下。男は抵抗したようだけど、あの化け物フィジカルに勝てるはずもなく、あっさりと指輪を握りしめた手が現れた。


「あ! それうちの!」


 その指輪を見て、近くの露店の店主が立ち上がる。

 店主の様子を見るに、会計を済ませていない商品で間違いなさそうだ。


 いやいや、視界どうなってんの? あんたさっき崩れ落ちそうな木材を蹴り上げてましたよね? どうしてその正反対の場所で起きてる万引きに気付いてるわけ?

 超人すぎる。



 それから騒ぎを聞きつけてやってきた警邏隊に万引き犯を引き渡した陛下は、「お待たせ~」と、なんてことない顔でシャノン様のもとへ戻ってくる。

 そんな陛下を見て、シャノン様も「フィズかっこいいねぇ」とのんきな感想をこぼしていた。




 ……陛下が強すぎて、護衛としてのアイデンティティを失いそう……。








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<書籍2巻は2024/12/6発売です!>
お飾りの皇妃書影
ぜひお手に取っていただけると嬉しいです!

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