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【123】リュカオン離れチャレンジ!?





 私の体力があまりにもないので、コンラッドからはなるべく歩くことを推奨された。ちょっとした時間を使って庭で散歩などをするようにと。


「結構やってるつもりなんだけどなぁ」

「どこがですか」


 私の呟きに隣から突っ込みが入れられる。もちろん、声の主はコンラッドだ。そんな私の教師様は、リュカオンに跨って散歩をする私を冷めた目で見ている。


「いいですか皇妃様、神獣様に乗って移動することは自分の足で歩いているとは言えません。それでは到底体力なんてつきませんよ」

「ふむ、我がついつい甘やかしてしまうからのう」

「あ、いえ、神獣様を責めているわけでは……」


 リュカオンには弱いね、コンラッド。さすがに敬愛する神獣様に文句は言えないか。

 まあ、私もリュカオンには息をするように甘えちゃうからね。コンラッドの言いたいことも大いに分かる。

 よいしょっとリュカオンから下り、自分の足で歩く。その瞬間、石畳の隙間で躓き、体が傾く。


「あっ」

「おっと」


 私が転ぶ前に、リュカオンがすかさず私の前に回って受け止めてくれる。


「ありがとうリュカオン」

「うむ。やはり我の背中に乗るか?」

「神獣様……」

「おっと」


 コンラッドの呼びかけに対して器用に肩を竦め、私から一歩離れるリュカオン。


「そういえば、皇妃様と神獣様は常に一緒にいますね。別れて行動することはないんですか?」

「……そういえば、ないね」


 リュカオンと出会ってからは常に一緒にいる。むしろ、リュカオンと一緒にいなかったそれ以前の方に違和感を覚えるくらいだ。


「皇妃様ももう十四歳です。少し神獣様離れの練習をしてみてはいかがでしょう」

「「!?」」


 コンラッドの言葉に、一斉にギョッとする私とリュカオン。


「そなた……正気か……!? 非情にもほどがあるぞ……!」

「そ、そこまで言われるほどのことを言いましたかね?」


 リュカオンの圧にコンラッドがたじろぐ。

 そして、バツが悪そうに視線を逸らして頬をポリポリとかく。


「もしかしたら今後、皇妃様と別行動される機会があるかもしれないので慣れておいたほうがいいと思っただけなんですが……。私、そんなにおかしいことを言いましたか?」

「ううん。私とリュカオンは一心同体だと思ってたから、離れるって発想がなかっただけ」

「一心同体って、どれだけ仲いいんですか……」


 呆れ顔のコンラッド。


「――そういえば、姫と神獣様が離れて行動しているところは俺も見たことないねぇ」

「うわっ! 陛下、いつの間に……」

「ん? 今来たところだよ」


 にこやかに歩いてくるフィズ。


「やあ姫、体力作りの進捗はどうだい?」

「いい調子だよ」

「いや、さっきまで神獣様に乗って優雅に散歩してたじゃないですか。その後転んでたし」


 む。コンラッドは余計なこと言いだね。

 あと、リュカオンが受け止めてくれたから正確には転んでない。


「体力なんて一朝一夕でつくものじゃないし、ゆっくりやればいいよ」

「うん……」


 ポンポンと頭を撫でられる。


「フィズは体力をつけるためになにしたの?」

「ん~……特別何かした覚えはないな……強いて言えば、生まれつき……かな?」


 ニッコリと言い切るフィズ。

 生まれつきって……元も子もないね……。とりあえず参考にならないことは分かった。


「ふむ、シャノンの体力がつかないのは体質はもちろんあるが、我が甘やかしすぎているのも一因ではある、か……」


 考え込むようにリュカオンが視線を落とす。それに慌てたのはコンラッドだ。


「い、いえ、決して神獣様のせいだと言っているわけでは……!」

「いや、一理あるのは事実だ。ふむ、そうだな……先程そなたが言っていたように、少しシャノンから離れる練習とやらをしてみるか」

「!?」


 今度は、私がギョッとする番だった。


「まさかのリュカオンが乗り気に……!」


 なんてこった。


「将来的に、我がシャノンの傍を離れなければならない場面もあるかもしれぬからな。ならば、特にやることもない今のうちに慣らしておくのは悪いことではないだろう」

「う、うん……そうだね……」

「では、さっそく今日の午後試してみよう。皇帝、お前のところでシャノンを預かれるか?」

「もちろん。姫ならいつでもウェルカムだよ」


 フィズが快く受け入れてくれたので、午後は私がフィズの執務室、そしてリュカオンは離宮で過ごすことになった。





「――リュカオン!」


 昼食を終えた私は、リュカオンにヒシと抱きつく。


「寂しいけど、仕方ないんだね……」

「ああ、しばしの我慢だ」


 リュカオンがスリッと、私に頬ずりする。

 そんな私達の傍らには、フィズとコンラッドが立っている。


「……午後に別行動するだけですよね? なんで今生の別れみたいなやり取りしてるんですか……」

「ハァ、コンラッド、君はなにも分かっていないね。姫と神獣様は出会ってからずっと一緒にいるんだよ? そんな二人が初めて長時間別れて行動するんだ。それは今生の別れにも似たものだろう」

「いや、普通に数時間後には会えますよね」

「やれやれ、勉強はできても人の心の機微には疎いね」

「え、これ私が間違ってるんですか……?」


 ぎゅ~っと抱きしめ合い、別れを惜しむ私達の頭上ではそんなやり取りがされていた。

 存分にリュカオンのモフモフを堪能してから、私は体を離す。


「シャノン、また後で会おう」

「うん」


 リュカオンから離れた私は、フィズのもとへと向かった。


「もういいのかい?」

「うん、行こう。リュカオン、行ってきます」

「ああ、気をつけるのだぞ」


 フィズと手を繋ぎ、歩き始める私をリュカオンが見送ってくれる。そしてその後ろでは、同じく見送りに来ていた侍女三人衆がハンカチを片手に涙を堪えているのが見えた。


「シャノン様、おいたわしい……」

「健気です」

「こちらまで胸が張り裂けそうです……」


 そんな侍女達にも、フィズと繋いでいない方の手を振る。



「……なんですかこれ」



 感動的な空気が流れる中、コンラッドだけはただ一人ブレなかった。







 そわそわ。

 そわそわ。


「やっぱり落ち着かないねぇ」

「いつものシャノン様とは違いますね」


 フィズとアダムが視線で私を追う。

 フィズの執務室に来た私だったけど、居心地の悪い落ちつかなさを感じて部屋中を歩き回っていた。運動には成功しているかもしれない。

 違和感を忘れようと、私は腕を組んでひたすら足を動かす。


 ……ダメだ。リュカオンがいない状態に慣れてなさすぎる……!


「姫、おいで」


 ついには頭を抱え始めた私を、フィズが優しく呼んだ。なので、そちらにてててっと駆け寄る。


「ごめんフィズ、お仕事の邪魔しちゃって。こんなウロウロしてたら気が散るよね」

「ううん。姫が歩き回ってる分にはかわいくて癒やされるけど、姫はそうじゃないでしょう? 午後いっぱいそうしているのは精神的にも体力的にもきついだろうから、気を紛らわせられるようなことをした方がいいと思って。といっても、俺が提供できるのは本かこの書類の山くらいなんだけどね」


 あはは、と笑いながら机の上に積まれた書類をポンポンと叩くフィズ。


「……じゃあ、フィズのお手伝いする。本はどっちにしろ集中できなさそうだから」

「お、助かるよ」


 ニッコリとフィズが笑うと、アダムがどこからか私用の椅子を持ってきてくれた。できた側近さんだね。




 書類仕事は、私の気を紛らわせるのに大いに役立ってくれた。私の勝手な事情でいい加減な仕事をするわけにはいかないので、否が応でも集中せざるを得なかったからだ。

 我ながら、すさまじい集中力だったと思う。だって、処理済みの書類の束が、もうこんなに分厚くなったんだもん。


「リュカオン、みて……あ……」


 いないんだった。

 褒めてもらおうと見下ろした先にあったのは、ただの絨毯だった。


「……」

「……」


 ペンが紙に擦れる音も止み、広い執務室が静寂に包まれる。


「あ、あ~! シャノン様、元気だしてください! ほら、ベロベロバ~!!!」

「アダム、私そこまで赤ちゃんじゃない。……でも、ありがとう」


 微笑んでみせると、アダムがグゥッと変な音を喉から発して後ろに仰け反った。


「顔がいい……っ!」


 両手で顔を覆い隠すアダムに、フィズがシラーッとした顔を向ける。


「いいから仕事してくれる? この面食い」

「はいはい、明日も陛下の端正なお顔を間近で見られるように頑張りますよ」


 そういえば、アダムは顔がいい人が好きなんだっけ。だとしたら、フィズの顔を近くで拝める側近の立場なんて天職だね。こんな整った顔の人、他にいないもん。


「それはそうと姫、無理そうなら早めに帰ってもいいんじゃないかい?」

「ううん。あとちょっとだもん。頑張る」

「……そっか。じゃあ、もう少しだけ仕事を手伝ってもらえるかな?」

「もちろん!」


 再び集中して書類に向き合っていると、あっという間に――ではないけど、離宮に戻る時間になった。




 帰りも、フィズが離宮まで送り届けてくれた。


「――あ、神獣様がもう玄関の前で待ち構えてるね」

「ほんとだ」


 玄関の前にはお座りの体勢のリュカオンと、どこかお疲れ気味なコンラッドの姿があった。

 忙しなく尻尾を振っていたリュカオンは、こちらに気付くとピンと耳を立てる。


「シャノン!」

「リュカオン!」


 てててっとリュカオンに駆け寄り、むぎゅーっと抱きつく。

 そんな私の後ろから、フィズがゆったりと歩いてやってきた。そして、私達を見下ろして微笑む気配がする。


「感動の再会だね」

「離れてたのは数時間だけですけどね」

「にしては、君は随分とくたびれてるね」


 たしかに、コンラッドは昼に別れた時よりも顔がお疲れだ。


「いえ、神獣様が落ち着かなくてですね。『シャノンは寂しがっていないか』『我のいないところで転んでいないだろうか』など、私ではお答えできない質問をひっきりなしにされまして……」


 どうやら、離れている間リュカオンにはかなり心配させちゃったようだ。


「あはは、姫よりも神獣様の方が大変だったみたいだね。子離れができるのはまだまだ先そう?」


 フィズがリュカオンに問いかける。


「うむ、そうだな。思ったよりも落ち着かなくて我も驚いた。我が傍にいない間にシャノンが怪我をしているんじゃないかと、ずっとハラハラしていたな……」

「……」


 それは、子離れができてないというか私の日頃のドジが多すぎるだけでは……?

 リュカオンに心配かけないように、もっとしっかりしよう……!

 せめて何もないところでは転ばないようになろううと、私は決意を新たにした。


「だが、そこの眼鏡の言う通り少しシャノンから離れることに慣れるのは大切かもしれぬな。またそなたらには付き合ってもらうことにはなるが――」

「いえ」


 言い切る前に、コンラッドが突っ張るような仕草と言葉の両方でリュカオンを制した。

 神獣信仰の厚いコンラッドのその行動に、私もフィズも驚く。


「この件に関しては私が間違っていました。皇妃様は他の同年代の方に比べてお体も弱いですし、まだ神獣様と離れる時期ではないのかもしれません。うん、しばらくこの練習は止めましょう」


 有無を言わせないような笑顔を浮かべ、コンラッドは早口で言い切った。


 ……リュカオンの相手、そんなに大変だったのかな……。

 どんな感じだったのか、ちょっと見てみたい気もする。


「そうか?」

「はい、私の気が急いてしまっていたようです。さあ、皇妃様もお疲れでしょうし、もう中に入りましょう」

「うん。……あっ」


 玄関前の段差に躓いたけど、ちょうど前にリュカオンがいたので銀色の毛皮にボスッと埋まるのみだった。

 ふー、危ない危ない。


「……子離れは、シャノンが成人してからかのう……」


 私を受け止めたリュカオンがボソリと呟く。



 さすがに、成人する頃には私ももう少し頼りがいのある女性になってる……よね……?








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<書籍2巻は2024/12/6発売です!>
お飾りの皇妃書影
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