【122】初回から授業参観です!(保護者過多)
今日はコンラッドの初回授業だ。
私も髪をポニーテールにくくってもらい、やる気満々である。
場所は離宮の一室。皇族が授業を受ける際に使用する部屋がこの離宮にもあったので、そこを使用することにした。前方の壁には黒板があり、その正面で、私は机と対になった椅子に座っている。
コンラッドには週に数回、二時間ほど授業をしてもらう。家庭教師のようなものだ。
そして教材と共にやってきたコンラッドだが、今はゲンナリとした顔で私の背後に目を遣っている。表情だけ見たら初回授業でその表情はどうなの? と言いたくなってしまうけど、これに関しては仕方のないことだと思う。
なにせ、私の背後には保護者達がズラーッと並んでいるのだ。
さながら授業参観と言いたいところだけど、生徒の数よりも保護者の数の方が何倍も多いことなんてあるのかな……。
椅子を引き、体をねじって背後を見る。
壁際に並んでいるのは、フィズ、アダム、オーウェン、クラレンス、そして侍女三人衆だ。そして私の足元にはもちろん、リュカオンがいる。
うん、多いね。私一人に対して保護者が過多だ。
本当はここにおじ様も来たがってたけど、まあ当然ながら実現はしなかった。コンラッドはかなり信仰が厚いらしいので、もしおじ様が来たら授業どころじゃなくなるだろうなぁ……。
そうじゃなくても、皇帝と教皇っていう国内の二大巨頭の前で授業なんて、絶対にしたくないだろう。
「ところで、クラレンスはなんでいるの?」
「え~? 冷たいこと言いますねシャノン様。僕の主を軽んじた奴の顔を拝みにくるのは当然のことじゃないですか」
ニコニコ顔で言うクラレンス。
こうなるまでの経緯をオーウェンから聞いたのだろう。朗らか顔で敵意が満々なのを感じる。
「……もしかしたらあやつが一番過激派かもしれぬな」
「私も今そう思った」
リュカオンがボソリと呟いた言葉に同意する。
クラレンスは忠誠心強めらしいもんね。
そんなクラレンスの隣には、同じくにこやかな顔で控えている侍女三人衆がいる。こちらはクラレンスほどコンラッドに対する敵意はあからさまではないけど、心の中では何を思っているか分からない。
……コンラッド的にはかなりアウェーな環境だね。可哀想に。
私はソッと顔を正面に戻し、コンラッドに向き直る。
「ええと、少々ギャラリーが多いようですが、授業を始めさせていただきます」
これ以上ないくらいやりづらそうな顔をしたコンラッドがチョークを手に取る。
おお、本格的に先生みたいだ。学園ってこんな感じなのかな。
「初回なので、授業の内容は私の方で決めさせていただきました。もし次回以降のご要望があればこの授業が終わった後に教えてください」
「は~い」
「先日のテストで皇妃様がこの国の貴族とその歴史についてしっかりと学ばれていることは分かりましたので、今回はもう少しディープな内容を掘っていきたいと思います」
「はい、よろしくお願いします」
座ったままペコリと頭を下げる。
「まあ、シャノン様ってばしっかり挨拶ができていますわ」
「偉いですね」
「身分を問わず『お願いします』が言えるシャノン様ってば、なんて尊いんでしょう……」
侍女ズが小声で口々に話すけれど、室内の人数がそこまで多くないせいでこちらまでバッチリ声が届いている。
「え~、保護者の皆様、皇妃様の成長をお喜びになる気持ちも分かりますが、どうか心の中でお願いいたします」
「「「失礼いたしました」」」
コンラッドに注意され、侍女ズはピタリと黙り込んだ。
「――え~、それでは改めまして。それでは近年の領地経営や功績がめざましく、陞爵の可能性のある子爵や男爵家をピックアップいたしました。王城に登城することもあるやもしれませんので、覚えておいても損はないかと」
たしかに、王城ですれ違った時に挨拶されて「どちら様?」ってなるのはまずいもんね。
「まず、リッチア男爵は観光産業に力を入れており――」
コンラッドが朗々と語り出す。
「……」
コンラッドの話に無言で耳を傾けていると、アリアがはいっと手を上げた。
「コンラッド様、少々よろしいでしょうか」
「はい、どうしましたか?」
「コンラッド様が今お話になっている内容ですが、シャノン様は既にご存じです」
「え」
コンラッドが眼鏡の奥の目を見開き、こちらを見るコンラッド。
無言で「本当ですか?」と聞かれているのが分かったので、コクリと頷いた。
「え、結構マニアックな貴族なんですけど……」
「シャノン様は学ぶべきことが早めに終わってしまったので、ウラノスの教師がかなり細かいところまで詰め込んでいました。それはもう、スポンジのように吸い込んでいくと大喜びでしたわ」
「……」
言葉を失うコンラッドは、静かに私の方へと視線を移した。
「バドレー子爵家は?」
「知ってる」
「ベグリー男爵家は?」
「知ってる」
「コーリー男爵家は……?」
「知ってる」
シャノンちゃんってば、急に他国に行くことが決まって落ち込んでいる時にも勉強はしっかりとしていたのだ。
えっへん。
しかし、コンラッドついに頭を抱え込んでしまった。
「私、やっぱりいらないですかね……?」
「……そんなこと……ないよ!」
「皇妃様の優しさが辛い……!」
顔を覆ってしまったコンラッドの頭に手を伸ばし、よしよしと撫でてあげた。
強く生きてね。
それからは、コンラッドに市井の暮らしについての話をしてもらった。
一日の流れとか、物の値段の相場、子どもの間で人気の娯楽とか、話は尽きなかった。さすがに話し方が上手で、授業の終わりの時間まで全く飽きることがなかった。
この話には、あまり市井に出ることが多くないフィズやアダムも興味深そうに耳を傾けてたしね。積極的に質問までしていたくらいだ。
私やフィズ、アダムの食いつきがよかったので、途中で心が折れかけていたコンラッドも授業が終わる頃にはホクホク顔だった。
よかったよかった。
すると教材を片付けていたコンラッドが何かを思い出したように、ふと顔を上げた。
「そういえば、実技のマナーなどは確認していませんでしたね。皇妃様、ダンスはお出来になるんですか?」
「え? なんのこと?」
笑顔のままピシリと固まり、そっと視線を逸らす私。
そんな私を見て、コンラッドは察したようだ。
「皇妃様に必要なのは、座学ではなくて実技だったようですね……」
「……動きは頭に入ってるもん」
ただ、脚と腕と体力がついてこないだけで。
ぷいっと顔を背けた私を、コンラッドがなんとも言えない顔で見ているのが気配で分かる。
触れられなかったのをいいことにあえてスルーしてたのに……。
「コンラッド、なかなかやるね」
「何のことかは分かりませんが、お褒めにあずかり光栄です。授業時間外にはなりますが、皇妃様の実力がどの程度なのか確かめるために一曲踊ってみせていただけませんでしょうか」
「……分かった」
渋々ながら、私はコンラッドの申し出を受け入れた。
そこで、壁際に控えていたフィズが前に出てくる。
「あ、じゃあ姫の相手役は俺がやるよ」
「お願いします。では私の手拍子に合わせて基本的なワルツを踊っていただけますか?」
「……は~い」
フィズが私の背中に手を回し、コンラッドの手拍子が始まったかと思えば、ふわりと私の体が浮いた。
「ふぇ?」
ダンスの体勢のまま、フィズが私を持ち上げたのだ。そして、フィズはそのままクルクルと回る。
わぁ、楽ちん。
ダンスこれでいいじゃんと思ったのも束の間、手拍子の音が止んだ。……まあ、許されないよね。
チラリと見遣れば、ジト目のコンラッド。
「……陛下、皇妃様を甘やかさないでください」
「えー? 全然甘やかしてないけどな。どうせ俺としか踊らないんだし」
「だとしてもです。今は皇妃様の実力を確かめる時間なので、お控えください」
「はいはい」
フィズが折れたところで、もう一度ダンスが始まる。
なので、手拍子に合わせ、頭の中に入っている動きを私なりに一生懸命再現した。
「――運動神経が悪すぎる……」
私のダンスを見たコンラッドの評価は、その一言に集約されていた。
「ゼェ、ゼェ……もう、おわった……?」
「いえ、まだ半分を少し越したくらいです。……小耳には挟んでいましたが、まさかここまで体力がないとは……」
一曲分を踊りきることもできなかった私に愕然とするコンラッド。その眼鏡には、息を乱し、セレスに水を飲ませてもらっている私が反射している。ダンスが始まった瞬間、こうなることを予想して飲み物を取りに行ってくれてたのだ。本当にできた侍女さんだね。
「動きは合っているのに絶妙にテンポがズレていて、動きに品がないわけではないのに優雅には見えない……不思議です……」
「グサッ」
シャノンちゃんは傷つきました。
「し、シャノン様、私はシャノン様のダンス好きですよ」
「うんうん、俺も微笑ましくていいと思うよ」
セレスとフィズが口々に慰めてくれる。
「正直、ここまで体力がない方には初めて出会いました……。本当に、今までにないタイプの生徒です。さすが皇妃様、並の人間とは違いますね」
感嘆するように言うコンラッド。
でもこれ、多分褒められてないね。
「こんな最高の頭脳と最低の身体能力を兼ね備えた方、探してもそうそういませんよ」
やっぱり貶してるよね?
忠誠心強めのクラレンスさんが笑顔のまま青筋立ててるよ? 夜道には気をつけるように後で言っておこう。
「正直シャノン様のダンスは諦めてしまいたいところですが、いざという時に困ると思いますので、作戦を考えてきます」
「お願いします。……中々難しいと思うけど、がんばってね?」
私の身体能力は悪い意味で桁違いなので、コンラッドも苦労することだろう。
他人事みたいだけど、とりあえず激励しておいた。
かくして、私の弱点が浮き彫りになったところで初回授業は幕を閉じたのだった。
コンラッドは授業前に比べて明らかにゲッソリとしていたので、今日はゆっくり休んでもらおう。