【12】ウラノスでは……
【シャノンの侍女side】
私達のかわいいかわいい姫様が、アルティミア帝国に嫁がれた。まだ十四歳ですのに。しかも、恋愛結婚に憧れてましたのに。
姫様の前では出さなかったが、裏では私達も姫様の気持ちを慮って頬を濡らしていた。
幼い頃から見守っていた姫様のために何かできないか考えたけれど、国同士の取り決めの前に私達は無力だった。
ならばと姫様について帝国に行くことを心に決めたけれど、それすらできないと知り私達は愕然とする。
姫様一人で来いですって!? 何様なのかしら!!
子猫のように愛らしくて少しおまぬけでお体の弱い姫様を一人元敵国にやるなんて正気ではありませんわ!!
様々な事情が絡んでいるのは察せたが、憤慨せずにはいられなかった。
泣きながら姫様を送り出した日の午後、私達は姫様の護衛騎士からもたらされた報告に耳を疑った。
【ウラノスの聖獣騎士side】
初めて見たシャノン様は、とても小さくてかわいらしかった。これまではずっと離宮で過ごされていたらしいが、あまり外には出なかったらしく肌は真っ白だ。
雪のように触れたらすぐに消えてしまいそうな儚さすらある。
こんな愛らしい姫様が俺達国民のために帝国に嫁いでくださるのだ。
―――必ず、この方を無事に送り届けよう。
森を通っている途中、未だかつて見たことがないほどの魔獣に囲まれて俺達は死を覚悟した。
せめて姫様だけでも生き残っていただきたいが、その方法が思いつかない。魔獣と睨み合っていると、馬車から姫様が出てきた。
「ひ、姫様! 馬車の中にお戻りください!!」
「戻ってもどうせ死んじゃうでしょ?」
落ち着いた様子の姫様の手には何かが握られている。きっと魔道具だろう。
どうやら、姫様には何かこの状況を脱する手立てがあるようだ。
「みんな! これから森の外に転移するからもう少し近くに寄って!」
「「「はっ!」」」
この場の全員を転移するのか!!
まさか、そんなことができるとは。
だが、さすがにそんな大規模な魔法が何発も使えるとは思えない。チャンスは一度きりだろう。
俺達は魔獣に剣を向けたままジリジリと、慎重に後退する。
そして、俺達の足元に魔法陣が現れた瞬間―――
「ガァッ!!!」
後ろを振り返ると、姫様が、魔法陣の外に吹っ飛ばされていた。
上を見ると、そこにいたのは絶望―――黒色のドラゴンの姿。
もしかして、姫様はドラゴンの尻尾で攻撃されたのか……!?
姫様が吹っ飛んで行った先を見ると、そこには頭から血を流す姫様。
次の瞬間、足元の魔法陣が発動する前兆を感じた。だけど、今のままじゃあ姫様は魔法の範囲外だ。
俺は姫様に向けて手をつき出す。
「姫さ―――!!」
―――……次の瞬間、周囲の景色が変わっていた。
先程までとは打って変わった穏やかな空気感に驚く。
慌てて周りを見回したが、俺達を取り囲んでいた魔獣は一体もいなかった。黒いドラゴンも、―――そして、姫様も。
それから、俺達のとれる選択肢は二つあった。一つは戻って姫様を助けに行く。一つは王城に戻って報告をし、加勢とともに戻って来る。
だが、実質俺達が選べる選択肢は一つだった。
姫様が命がけで救ってくれたこの命、無駄にするわけにはいかない。
すぐに城に引き返した俺達だったが、再び森に入るのにはしばし時間がかかった。
なぜなら、黒いドラゴンが出たのが本当ならば並大抵の戦力では全滅する。しかも今回は黒いドラゴンに加えて大量の魔獣までいるのだ。
そこまでするメリットがないとのことで、騎士を出すのは見送られた。
なぜなら、姫様は既に死んでいるだろうと判断されたからだ。
姫様が死んでいるのに騎士を出すのは徒に死人を出すことになる。上の判断で森の中が落ち着くまで調査に入るのは待つことになった。
姫様の死亡が確認され次第、それを知らせるために帝国に鳥の聖獣が送られる。そして、姫様の代わりとなる者も。
目の前で淡々とされていく判断を聞きながら、俺は頭の中が煮えたぎる思いだった。
なんで、そんな簡単に姫様を諦められるんだ……!!
姫様は、民のために帝国に嫁がれる途中だったのに。姫様は、命を懸けて俺達を助けてくれたのに……。
気付けば俺は無意識に涙を流していたようだ。今にも飛び出していきそうな俺の肩を、同じく姫様の護衛任務に就いた仲間がポンと叩いた。
「姫様に救っていただいた命、無駄にするな。もし姫様が生きていたらどうする。お前は無謀にも姫様を助けるために飛び出して無駄死にしましたとでも報告しろというのか」
「……」
そうは言うが、たぶんこいつも、あの状況では姫様が生きているはずがないと思っていたはずだ。だけど、姫様のしたことを無駄にしないために俺を止めてくれているのだ。
姫様は命を懸けて俺達を救ってくれたのに、俺は姫様のために命を投げ出せないことが、酷く、もどかしかった。
そして、姫様の世話をしていた侍女達への報告は俺が任された。
知らせを聞いた侍女達は一様に泣き崩れる。
「ひめさま……っ」
「……すみません」
「ヒック……いえ、騎士様が謝ることはございません。姫様は、王族としてご立派に民である騎士様を守られたのです。どうか、姫様が守られたそのお命、無駄にしないでくださいまし」
そう言う彼女の声は震えていたが、確かに強い響きがあった。
その日の夜は一睡もできなかった。
だが次の日、信じられない知らせが届く。
姫様が、帝国に到着したというのだ。契約獣と共に。ここを発った時、姫様に契約獣はいなかった。
帝国に到着したのは本当に姫様なのか……?
信じられない気持ちで俺はその知らせを聞いていた。
一体、姫様に何があったんだ……?
だが、俺は姫様が生きているかもしれない可能性に歓喜した。一筋の希望が見えた気がしたんだ。
姫様が到着したのならば結婚式は予定通りに行われるだろう。ただ、うちの国の陛下は姫様の結婚式に参加することは難しいかもしれない。
なぜなら、帝国に行くには例の森を通るしかないからだ。明らかに異常なことが起こっているあの森を王族に通らせるわけにはいかない。
森の安全確認に一週間はかかるだろう。かなり広い森だし。もしあの黒いドラゴンが去っていなければ森が通れるようになるまでにもっと時間がかかる可能性すらある。
最終手段として転移があるが、最近までうちは帝国と敵対していたので帝国に限っては転移で行くことはできない。なので、姫様の無事をこの目で確かめるには、森の安全を確保してからということになる。
事情が事情なので、姫様の結婚式には現地に滞在していた大使が参列することとなったそうだ。大使はたしか王族に連なる方だった気がする。
和平条約の条件の中には、早急に両国間での縁を結ぶことが組み込まれていたため、結婚式の延期はできなかったらしい。
形式よりも、一刻も早く両国の縁を結ぶことが優先されたのだ。
それから三日後、魔獣が落ち着いたであろう頃合いを見て俺達は慎重に、万全の体勢を整えて森に入った。
そして、そこに倒れていた大量の魔獣達、そして黒いドラゴンに俺達は驚愕することになる―――。
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