【117】寄り道も街歩きの醍醐味!
引き続き、市場を見て回る私達。
「わっ! 魚が並んでる! あれを買って一体どうするんだろう……」
「料理して食べるのだ。離宮の食卓に上がる魚も、元はあんな姿だぞ」
「え!?」
鱗とかヒレ? もついてますけど。あれがどうやったらいつも食べてる形になるっていうの?
あ、もしかしてリュカオンにからかわれてるのかな。
「リュカオンってばまたまた~、あんな堅そうな魚が食べられるわけないじゃん。世間知らずをからかっちゃって~」
おじ様の胸元からひょっこりと顔を出しているリュカオンの頬をつつく。
「からかってなどおらん。あれを捌いて火を通したら美味くなるのだ」
「さばいて……」
おおぅ……。
最初に魚を捌いて食べようと思った人は凄いね。だって、見た目だけなら到底食べ物には見えなくない?
市場……面白いなぁ。
「――お、そこのかわいい嬢ちゃん! うちで小腹を満たしていかないか?」
ルンルンと歩いていると、野太い声がかけられた。
「かわいい嬢ちゃん……私のことかな?」
「シャノンちゃんのことでしょうね」
「シャノンのことだろうな」
うん、満場一致で私のことだね。
声のした方を振り向くと、ガタイのいいおじさんがこちらを見てニコニコと笑っていた。
どうやら、このおじさんは屋台をやっているらしい。屋台の内側には焼き場があり、そこからは何かがパチパチと焼ける音とともに、食欲をそそる匂いが漂ってくる。
「いい匂い……」
「お、嬢ちゃん分かってるな! うちは肉の串焼きを売ってんだ。何か食べていかねぇか?」
た、食べたい……。
でも、これからカフェに行く予定が……。
私はチラリと後ろのおじ様を見上げる。
「も、もしや、これはシャノンちゃんからのおねだりの視線……! いいですよ。好きなだけ食べてください。なんならお店ごと買いますか?」
「おじ様落ち着いて……」
やたらジャラジャラと音のするお財布を懐から取り出そうとするおじ様を、ドウドウと窘める。多分だけど、入ってるのは屋台で使えるような細かいお金ではないんじゃないかな。
キラキラと金色に輝く貨幣が詰まってる気がするよ。
「ちゃんと自分でお金持ってきたから大丈夫です」
「えぇ……貢がせてくれないんですか? ちゃんと細かいお金も持ってきているので心配は無用ですよ?」
「貢ぐのは今度にしましょう。今日は自分でお買い物します」
なにせ、初屋台だ。自分のお小遣いから払うのも一つの醍醐味だろう。
話がまとまったので、私は屋台のおじさんを見上げた。
「おじさま、メニューは何があるんですか?」
「お、おじさま……? ああ、うちは牛肉と鶏肉の串焼きで、味はタレと塩の二種類があるぞ」
「ほうほう」
迷う……けど、さっきからいい匂いが食欲を刺激してくるタレかなぁ。お肉は鶏肉にしよっと。
「おじ様はどうします?」
「う~ん、鶏肉の塩ですかねぇ」
『我は牛肉のタレを頼む』
リュカオンもお腹が空いたようで、念話が飛んでくる。
『は~い』
みんなの食べたいものが決まったので、屋台のおじさんに注文をする。
「おじさま、鳥のタレと塩が一つずつと、牛のタレを一つください」
「おっし、了解だ。おっちゃんが美味い肉を焼いてやるからな!」
お金を支払うと、おじさんはササッと調理に取りかかる。
「シャノンちゃん……自分で注文できるんですね……!」
注文を終えて後ろを振り向けば、おじ様はなぜか感激をしており、胸元のリュカオンはドヤ顔をしていた。
おじ様は私をとんでもない箱入り娘だと思ってるね。
暫く待っていると、注文の品ができた。……のはいいんだけど――
――これ、どうやって食べればいいんだろう……。
いや、この串に刺さってるお肉に直接かぶりつけばいいのは分かる。さっきからそんな光景をよく見るから。
屋台料理にマナーが関係ないのは分かる。分かるんだけど、貴族の常識がちらついて、歩きながらものを食べるのになんだか抵抗が……。
「嬢ちゃん嬢ちゃん、こっちのベンチに座って、落ち着いて食べな」
私の様子に気付いたおじさんが声をかけ、屋台の隣にあるベンチに誘導してくれる。
「あ、ありがとうございます」
「いいってことよ。味わって食べてもらいたいからな」
そう言ってグッドラックサインをするおじさん。
いい人だ……!
「あったかいうち食べてくれ」
「はい! いただきます!」
串の一番上に刺さっているお肉に、はむっとかぶりつく。
「! おいひいでふ……!!」
瞳を丸くしておじさんを見上げる。すると、ニカッと嬉しそうな笑みが返ってきた。
「そりゃあよかった!!」
すると次のお客さんが来たので、おじさんは接客に戻っていった。
私も隣に座っているおじ様の方に視線を戻す。
「……あれ? おじ様どうしたんです?」
串焼きを食べる手も止まり、プルプルと震えている。
「いえ、もっきゅもっきゅと食べているシャノンちゃんがあまりにもかわいくて。……おいしいですか?」
「はい!」
「そうですか。やっぱりお店ごと買いましょうかね?」
「それはいいです」
こういうのはきっと、たまにこうして食べるからいいのだ。
それから夢中で串焼きを食べていると、先程よりも周りに人が増えていることに気付いた。というか、私達が食べている串焼き屋台の前に行列ができている。
「ん? いつの間にこんな行列が……」
「シャノンちゃんが一心不乱に食べている間に集まってきていましたよ」
既に自分の分も食べ終え、リュカオンにも食べさせ終えたおじ様が言う。
「シャノンちゃんがあまりにもおいしそうに食べるものですから、食べてみようかと人が寄ってきたみたいです。とんでもない宣伝効果ですね」
「お昼時だからじゃないです?」
「ふふ、シャノンちゃんは気付いていませんでしたけど、みんなこちらを見ていましたよ」
「なんと」
だけど、そこで私は気付いた。
これ、おじ様とリュカオン効果では? と。
おじ様は言うまでもない美青年だし、そんなおじ様がふわふわしたかわいいのとおいしそうに串焼きを食べているのだ。私なんかよりも、そっちの方が目立つだろう。
まったく、おじ様ってば無自覚なんだから。
……にしても、長蛇の列ができているから屋台のおじさんが大変そうだ。
焼くのはいっぺんに大量にできるからいいけど、お釣りの受け渡しが間に合っていない。
――仕方ない、シャノンちゃんが一肌脱いであげましょう!
「おじ様」
「はい、そうですね。少し手伝いますか」
おじ様も気持ちは一緒だっようだ。
私はおじさんの背中をちょいちょいとつつく。
「ん?」
「おじさま、手伝ってもいいですか?」
「え?」
おじさんが戸惑っているうちに、次のお客さんがやってきた。
お客さんが頼んだのは、鳥が一本に牛が二本だ。そして、お客さんが出してきたのは小銀貨三枚。
「え~っと、つりは――」
「銅貨四枚のおつりです」
「!」
おじさんが驚いたように私を見る。
「嬢ちゃん、計算速ぇな……。すまない、ピークが落ち着くまで頼んでもいいか?」
「はい!」
そして、屋台のおじさんがおじ様の方を見た。
「あんたは……」
「僕もお手伝いしますよ。この子は頭がいいので心配はいりませんが、子どもだけに金勘定を任せるのも不安だと思うので一緒に見ておきます」
「ああ、助かる。ありがとう」
それから、私達はお金の受け渡しを担当し、おじさんは調理に集中した。
私の後ろでニコニコとおつりの準備をしている人が教皇様だって知ったら、みんな畏れ多さで卒倒しちゃうだろうな……。いや、その前に、教皇様に手伝わせるなんてって、屋台のおじさんが倒れちゃうか。
当のおじ様は、なかなか無い経験だからか楽しそうにしてるけどね。
それから約一時間半ほどで、漸く客足は落ち着いた。
「――二人とも、本当に助かったよ。普段は嫁と二人でやってるんだが、今日はあいにく体調不良でいなくてな。俺一人だったらこの量はさばけなかった。一日の売り上げとしては信じられないくらいだし、本当に感謝してる。何かお礼をしたいんだが……」
「お礼はいいってことよ、です。勝手にやったことなので」
「だが――」
「どうしてもってことなら、今度来た時にサービスをしてください」
そう言ってにぱっと笑う。
「ああ、もちろんだ。とびっきりのサービスをさせてくれ」
「はい!」
「ところで嬢ちゃん達、この後の予定はあるのか?」
「この後はカリーノっていうカフェに行く予定です」
すると、おじさんはすぐにピンときたようだ
「ああ、あの有名なとこな」
「知ってるんですか?」
「そりゃあな。女子の間で大人気だし、俺の嫁さんにも行きたいってねだられてんだ。値段はかわいくないから、中々足が進まないんだが……あ、カリーノに行く前に寄り道をする時間はあるか?」
「? ありますけど……」
なんでそんなこと聞くんだろう。
「皇都では一月に一度、クイズ大会があるんだが、それが今日なんだ。たしか、今回の優勝賞品はカリーノのタダ券だったはず。嬢ちゃんは賢そうだし、試しに参加してみたらどうだ?」
なにそれ楽しそう!
私はパァッと瞳を輝かせておじ様を見上げる。
「いいですね。行きましょうか」
おじ様も乗り気みたいだ。
「最近はめちゃくちゃ強い女の子が急に現れたらしくて、確か三連覇してるんだそうだ。是非挑んできてくれ」
「はい! 教えてくれてありがとうございます!」
「うっ……! なんていい子なんだ……眩しいぜ……」
お礼を言うと、おじさんは眩しそうに目を細めた。
「――じゃあ、またそのうち来ますね~」
「おう! 待ってるぜ~! 気をつけて遊びに行くんだぞ~!」
屋台のおじさんに手を振りながら、私達はその場を後にした。
人通りが多いので、小さい声などすぐに喧噪にかき消されてしまう。だから、私達の背中を見送っていたおじさんが呟いた言葉など、当然聞き取れなかった。
「――いや~、とんでもねぇ別嬪さん達だったなぁ。にしてもあれ、明らかに平民じゃないだろ。あの人らの周りだけなんか空気が綺麗だったもんな。『天使様がいる!』ってそこかしこから聞こえてきたし……。あの子達目当てに客が押し寄せて来た時はどうしようかと思ったが、二人に疲れが見え始めたらミーハーな奴らも気を遣って寄ってこなくなったから助かった……。客も無意識に気を遣っちまう美形、すげぇな……」
――まあ何にせよ、今日の俺は幸運だったな。美形も拝めたし、売り上げもウハウハだ。帰ったら、嫁にも話してやろう。
――うちの店に今日、天使様達が来たんだぞって。
◇◆◇
「――うぷっ、お、おじしゃま……」
「シャノンちゃ~ん! しっかりしてください!!」
屋台のおじさんに天使様なんて呼ばれていることなどつゆ知らず、私は道の端っこで蹲っていた。
そして、若干グロッキーになってしまった私を抱えて嘆くおじ様。
そう、ついに人酔いをしてしまったのだ。
今日は体の調子もよかったから、大丈夫だと思ったんだけどなぁ……。酔い止めの薬を飲んでくるべきだったかな……。
「……先程までは、二人ともかっこよかったのだがなぁ……」
ぐったりする私と、そんな私を抱えて狼狽するおじ様を見てリュカオンがボソリと呟いた。
だけど、やっぱり今日の私は絶好調だったらしく、少し休んだらすぐに回復した。
すごい! 今日の私すごい! 願わくば、いつもこうあってほしい!
急速に回復をしたおかげで、私達はなんとか、クイズ大会が始まる前に会場である広場にたどり着くことができたのだった。





