【114】騒動の収束と平和な話題
ノクスとクラレンスの仲は、一定の距離を保つことで落ち着いた。つかず離れずという感じだ。これから仲良くなれるかどうかは、クラレンスの努力次第だろう。
ヒュプノー王国とも、無事に水面下で和平が成立したらしい。
「随分早かったねぇ」
「奥の手である催眠術の解き方までもをこちらに知られているのでは勝ち目がないからな。賢明な判断だろう」
「そうだね。あ、そういえばもうすぐ王も代わるんだっけ」
「ああ。今回のことはあまりにも大きい失策だからな。元々評判も良くなかったようだし、まともな王になるように皇帝が働きかけたようだ。王が代わるのならと、こちらにいた捕虜達も抵抗なく国に帰っていったそうだぞ」
「さすがフィズだねぇ」
私の旦那様は仕事ができる人だ。尊敬しちゃう。
リュカオンとの話が一区切りしたところで、私の部屋の扉がノックされた。
「シャノン様、失礼します。お菓子と茶葉のご用意ができましたよ」
入室してきたのはセレスだ。その白い手には包装された二つの箱が持たれている。
「ありがとうセレス」
お礼を言い、私は二つの箱を受け取った。これは、今回色々と尽力してくれたおじ様へのお礼の品だ。
おじ様にお礼をするにあたり、なにかほしいものはないか聞いたところ、お茶をしに来てくれるだけでいいとの返信があった。でも、さすがに手ぶらで行くわけにはいかないからせめてもの手土産を用意してもらったのだ。
「おじ様、喜んでくれるといいな」
「あやつがシャノンからの贈り物を喜ばぬはずがないだろう。皇帝が何もないところで転ぶくらいありえぬ」
「それは……大分確率が低そうだね」
「うむ」
何もない場所どころか、もし足元に障害物があったとしてもフィズが転ぶ姿なんて想像できない。
「ではシャノン、そろそろ飛ぶぞ」
「は~い」
もう出かける準備もできていたので、あとはおじ様のところに飛ぶだけだ。
手土産をしっかりと持ったことを確認し、私とリュカオンは神聖図書館へと転移した。
神聖図書館前に着くとおじ様はいつも通り私達を歓迎してくれ、応接室らしき場所に通してくれる。
「おじ様、今回のお礼と言ってはなんですけど、手土産を持ってきたので一緒に食べましょう」
「ありがとうございます。これはなんですか?」
「最近街で流行っているらしい喫茶店のタルトと茶葉です」
おじ様は高級なものなんて散々食べているだろうから、逆にこういう流行のものの方が目新しいと思い、取り寄せてもらったのだ。
「わぁ、僕は流行には疎いので嬉しいですね。すぐにお茶を淹れましょう」
私の持ってきた茶葉を開封すると、おじ様は慣れた手つきでお茶の準備をする。
「ところで、シャノンちゃんは街に遊びに行ったことはあるんですか?」
「遊びに……は、ないですね……」
確かセレスの故郷に行った時に少し通りかかったくらいかな?
どんなお店があるのかも、どのくらいの人が行き交っているのかも何も知らない。
「もし興味があるならお忍びで行ってみるといいですよ。……僕も、昔は弟と一緒にこっそりと遊びに行っていたものです。あまり人混みは得意ではないので、最近はここに閉じこもりっぱなしですが」
「おじ様、お忍びとか行ったことあったんですね。意外です」
「ふふ、まだ若い頃の話ですよ。……今の街は、僕の記憶にあるのとは随分様変わりしているんでしょうね」
そんな話をしながら、おじ様はカップに紅茶を注ぐ。
「でも、人混みの中にシャノンちゃんを放り込むのはいささか心配ですね」
「うむ、少し目を離した隙に潰れてそうだ」
「私の骨はクッキーでできてるとでも思ってるの?」
そんな簡単に潰されませんて。
「怖いのはシャノンちゃんの繊細さだけでなく誘拐もですが。まあでも、シャノンちゃんのことは神獣様が意地でも護りますね」
「当然だ」
胸を張って答えるリュカオン。どうして行く気満々なんだろう。
「というかそもそも、私が街に行くとなると結構な人が動くことになるから、そう簡単には行けないよ」
「……そうか。シャノンを護るのは我だけで十分だが、護衛をつけぬわけにもいかんからのう」
「そうそう」
私の好奇心のために大勢に迷惑をかけるのは、心苦しいものがある。
すると、おじ様が少し残念そうに眉尻を下げた。
「普段は我慢しているんですから、たまには好き勝手に行動しても然るべしだと思いますけどねぇ」
「うちのシャノンは臣下にも気配りのできるいい子なのだ」
「本当にそうですね。シャノンちゃんはいい子です。でも、少し肩の力を抜くのも必要ですよ。僕の力でよければいつでもお貸ししますので、息抜きをしたくなったらいつでも言ってくださいね。モンスターペアレントと呼ばれる覚悟はもうできていますので」
「ありがとうございますおじ様。でもそんな覚悟はしなくて大丈夫です」
私がお礼を言うとおじ様は微笑み、お礼の品として持ってきたタルトを一切れ口に運んだ。
「ん、おいしいです。最近は巷でもこのレベルのものが口にできるんですね。いい時代になったもんだ」
おじ様は目を瞑り、上機嫌でクリームがたっぷり載ったタルトを咀嚼する。
おじ様に次いで、リュカオンもタルトを口にした。
「うむ、うまいな。皇都で話題になるだけのことはある」
「これ、そんなに有名な喫茶店のメニューなんですか?」
「そう聞いたぞ。店内は洒落ているし、値段も手頃だから友人同士で行くことが多いらしい」
「友人……そうですか」
……なんか、変な間があったな。
「そういえばリュカオンってお友達いるの?」
「もちろんいるぞ。神獣だから、今は皆神獣界にいるがな。長い付き合い故に気心も知れている」
「長い付き合いのスケールが人間のとは違うんだよねぇ」
だって絶対この国の歴史よりも長いじゃん。
リュカオンのもふもふフレンズ……いつか会ってみたいな。
「そう言うお前達は…………いや、何でもない」
言いかけたところで言葉を止め、リュカオンは気まずそうに視線を逸らした。フサフサの尻尾も所在なさげにパタパタと揺れている。
リュカオンが言い淀んだ理由は明確だ。私達に友達がいないと思い、気を遣って友人の有無を聞くのを止めたのだろう。
「リュカオンってば変なところで配慮をするんだから。心配しなくても、私にだって友達の一人や二人…………いないね……」
当初はおじ様のことをお茶飲み友達と称していたけど、おじ様はもはや身内枠。友人と呼ぶのは違う気がする。
「――え、ってことは私、友達0人?」
「今気付いたのか」
「うん、なんとなくいるもんだと思ってた。あ、フィズはどう?」
「あれはお前の旦那だろう」
リュカオンの返答は早かった。
フィズは旦那さんだからお友達枠には入らないってことか。
「ん? じゃあ私、本当に誰も友達いないってこと?」
「だからそう言っておる」
「びっくりだねぇ」
のほほんと感想を述べれば、リュカオンに呆れた視線を送られた。
「シャノンちゃんの周りには人が多くて賑やかですから、勘違いしてしまうのも無理はありませんね」
おっとりと笑ったおじ様が私のフォローをしてくれる。すると、リュカオンの視線がおじ様の方へと移った。
「あまりシャノンを甘やかすな」
「ふふ、この程度甘やかしに入りませんよ。僕が本当に甘やかすなら、この話題が出た時点でシャノンちゃんの友人候補の用意に動きます。もちろん、シャノンちゃんを傷付けないように教育した上でね。今はしませんが」
「そなたがシャノンを甘やかしていなくてよかった」
「ふふふ、でしょう?」
ニコニコと笑って小首を傾げるおじ様。
是非このまま思い止まっていてほしい。普通なら冗談だと思うんだろうけど、おじ様なら本気でできちゃいそうだしやりかねない感じもあるからね。
「そういうおじ様はどうなんですか? お友達」
「……」
笑顔のまま動きを止めたおじ様は、そのまま私からソッと視線を逸らした。
……これは、おじ様も私と同類だな。
あまり深く掘り下げないでおこう。
「コホン、まあ、僕のことは一旦置いておきましょう。僕はともかくシャノンちゃんはまだ間に合うので、同年代で友人になってくれる人を探してみたらどうですか?」
「う~ん、そうですねぇ……」
「あれ? あまり乗り気じゃありませんか?」
「いえ、私と友達になってくれる子なんているかなぁと思いまして」
私の皇妃という立場もあって接しづらいだろうし。
すると、おじ様が意外とでも言わんばかりに目をぱちくりとさせた。
「おや、このかわいい子は存外自己評価が低いですね。自分の愛くるしさを自覚していないんですか? シャノンちゃんのお友達を募集したら応募者が殺到すること間違いなしですよ」
「そりゃあ、皇妃ですし」
そう答えると、おじ様が深い深いため息を吐いた。
「はぁ~、うちのシャノンちゃんの魅力を全っ然分かってませんね。今から聞かせてあげましょうか?」
「ちょっと興味あるけど遠慮しときます」
褒められるのは嬉しいけど、途中で居た堪れなくなりそう……。
「そうですか。では、もしもお友達になりたい人がいたら僕に一度会わせてください。その子にシャノンちゃんの魅力を三日三晩語り聞かせてあげましょう」
「いろんな意味で止めてくださいな」
その後良好な関係を築けると思えない。それに、幻の教皇様直々の言葉なんて萎縮してしょうがないだろう。逆に、光栄のあまり気絶するかもしれないけど。
「……フィズはどうなんだろう……」
「彼は一人もいないか、逆に大勢いるかのどちらかじゃないですか? 中々読めない男ですしね」
さらりと言うおじ様。
……やっぱり、フィズっておじ様から見ても読めない男って印象なんだ……。
おじ様には友達を作ることを猛プッシュされたので、後日その話をフィズにもしてみた。
「姫に友達? それはいいことだね。俺も応援するよ。――あ、でも一つだけ」
「ん? なに?」
フィズが屈み、私と目線の位置を合わせて微笑む。
「もし男の友人ができそうになったら俺にも紹介してね。その男が本当に姫の友人としてふさわしいか、俺が見極めるから」
「……う、うん……」
笑顔の圧に負け、気付けばそう答えていた。
そんな私の後ろで、アダムがボソリと呟く。
「陛下の審査……騎士団長の選定試験とどちらが厳しいですかね……」
これは後で知ったことだけど、騎士団長の選定試験は王城で一番厳しい試験と言われているらしい。
執務室のソファーでは、リュカオンがくあ~と大あくびをしていた。
「近頃は穏やかでない話題が多かったゆえ、平和な話題で盛り上がれると日常が戻ってきた感じがするのう」
くつろぐ狼さんの言葉に、その場の全員でコクコクと首肯をした。