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【111】僕、ここの子になろ~っと! クラレンス視点



 


 俺が一人を倒し終える間に、アルティミアの皇帝はその九倍をしていた。


 やっぱり化け物だな~。第一印象は間違っていなかったわ。




 ―――初めて皇帝を見たのは、王城に潜入した初日。そこそこの距離はあったけど、俺がびびり散らかすには十分だった。


 一見そうは見えないが、鍛え抜かれた肉体。柔和な顔とは裏腹に、野生動物のような鋭さを孕んだオーラ。

 分かる人には分かるやばい奴だ。


 え、やば。あれほんとに人間?


 人一倍感受性が強い俺はガクブルだった。


 ありゃむりだわ~。


 頭の中でそう判断する。

 見ただけで分かる。うちの王とは明らかに器が違いすぎる。というか、あの皇帝一人だけでうちの国なんて落とせると思う。


 それに、俺、あの人に術をかけられる自信が全く湧いてこないんだけど……。

 こんなの初めてかもしれない。これまで、総合的に見たら自分よりも強い人間なんていないと思ってたけど、全然思い上がりだったわ。世界って広いな~。

 こんな及び腰でかける術なんて成功するとは思えないし、あの人が術にかかるビジョンが全く思い浮かばない。


 それに、なんだかや~けに勘も鋭そうだし、まともに相対したら俺が間者だってことが一発でバレそうな気がする……。


 ―――よし、あの人に近づくのは止めておこう。戦略的撤退だ。







 皇帝に近づくことを諦めた俺は、標的を変えることにした。狙うは皇妃だ。

 皇妃は十四才で、皇帝からとても大切にされているという。生粋のお姫様なんて甘ちゃんでしょ。こちとら酸いも甘いも噛み分けた大人ですから。手のひらの上で転がすのなんてよゆーよゆー。


 皇妃と接触するチャンスはすぐにやって来た。


 皇妃の騎士と、俺の潜入している第二騎士団の騎士が手合わせをすることになったのだ。

 手合わせの当日、さあさあ皇妃の顔を拝んでやろうと思ったら嫌な予感がしたので隠れると、皇帝まで皇妃と一緒に訓練場に顔を出した。

 皇帝自ら送り迎えとか、どんだけ大事にしてるんだ。


 皇帝はおっかないので、とりあえず皇妃の顔も見ずに逃げる。


 そして、皇帝がいなくなるのを待っている間に諸々の仕組みを済ませた。訓練用の剣が折れやすいように細工をしたり、騎士の一人に模擬戦中、剣の破片を皇妃の方に飛ばすように力を入れろと術をかけたり。


 仕込みは上々、あとは飛んできた危険物から皇妃を守って俺を印象づけるだけだ。




 計画が上手くいった。だけど、俺よりも先に皇妃と常に一緒にいる狼が一足先に皇妃のことを守っていたので俺のありがたさは半減だ。

 なんだこの狼。

 たしか、とってもありがたい神獣様だっけか? うちの国には神獣はおろか、聖獣もあんまりいないからその辺の獣の生態ってよくわかんないんだよね。


 まあいいや。


 そして皇妃に目を向けた瞬間、俺は思わず息をのんだ。


 ―――え、なにこれかわいいんですけど。


 紫色の瞳はぱっちりとしており、白い肌は透明感がえげつない。目を凝らせば向こう側が透けて見えそうな程だ。まつげも長いし、パーツの配置も完璧。神が何回やり直したらこの配置になるんだ。定規でも使いながら顔にパーツをはめていったのか?


 紫の瞳が俺を見上げ、パチパチと二度瞬きをする。


 どこの妖精さんかな?


 あの皇帝といい、この皇妃といい、アルティミア皇族の顔面偏差値は一体どうなってるんだ。眼福すぎるでしょ。


 とりあえず、離宮で働きたいと思っていることを皇妃に直接伝えておいた。

 まあ、これまでにいろいろとあったらしいからすぐに離宮で雇われるのは難しいだろうけど。




 それからも、本国の命令で皇妃を貴族界で孤立させるために占い師に扮して令嬢を操ったり、王城を混乱させるために自分を体調不良だと思い込む催眠をかけたり、いろいろと策を講じた。


 ただ、予定外のこともしばしば起こったけど。その一つが、下働きの少年、ノクスが皇妃に拾われて離宮入りをしたことだ。

 俺がまだなのに、空腹で倒れてただけで離宮入りできたガキにはめちゃめちゃ苛ついた。いやいや、そんなガキでもいいなら俺だって入れてくれていいじゃん。

 ノクスを自分の身代わりとして今回の犯人に仕立て上げようと決意するくらいには腹が立った出来事だった。


 しかし、最大の想定外な出来事は、解術の方法が見つかったことだ。


 ……術を解く方法、あったんかい。


 みるみるうちに復帰してくる人達を見て、俺は心の中で突っ込んだ。

 これだけの人数に催眠術をかけるのにどれだけ苦労したと……。

 思わず遠い目になってしまうのも仕方がないだろう。術をかけるには目を合わせて言葉を交わすのが条件なので、一人一人話しかけて回ったのだ。そして、原因不明の体調不良で王城勤めの者達を次々と沈めていった。

 ―――ところまではよかったんだけどなぁ。


 城で働いてる人達が優秀すぎて、機能停止させるまでは追い込めなかったのだ。一人あたりの負担は大きくなったがうちみたいな小国のつけいる隙なんて全くない。というか、あれだけの混乱の中であっても何一つ機能不全には陥らなかった。

 自分が引き起こしたことだけど、あっぱれと言う他なかったね。

 まあ、本当に各部署の中核を担う人達に、俺みたいな下っ端騎士では接触できなかったのも理由の一つではあると思うけど。


 ただ、城を落とせなかった最大の要因は、皇帝が優秀すぎたことだ。

 一人でどれだけの仕事量をこなしていたのか、俺では想像がつかない。人が不足している部署に対しての、応援の人員の割り振り方も絶妙だった。城全体が見えてるのかと思うほどだ。


 そして、もう一人の功労者が皇妃だ。

 原因不明の体調不良が大勢出る中なので、離宮で引きこもるだけかと思いきや、なんと経理部の手伝いを始めた。しかも、足手まといどころか活躍しているようだ。


 妖精も人間の文字読めるんだぁ。

 最初に思ったのがそれだ。

 

 かわいいのが頑張っているという噂はすぐに広まり、それが城中の者達の士気を高めた。妖精さんってすごい。


 皇妃はかわいいだけでなく、賢く、そしてひたむきだった。

 皇帝の側近が倒れたら、真っ先に旦那の補助に入ったのだ。ええ子や。


 皇妃の様子を見ているとなんというか、こう……柄にもなく胸の辺りがむず痒くなる。応援したくなるというか、つい支えたくなるような気持ちだ。


 皇妃が術を解く方法を見つけた時には、努力が徒労に終わったことに落胆はあったけれど、どこか安心もした。もちろん、一番強かった感情は驚愕だが。

 な~んで俺達でも知らない術を解く方法がこっちの国で発見されるんだ。

 やっぱり妖精なのか? 妖精だからなのか?


 俺の中の疑問は深まった。






 そして、皇妃が持ち込んだサシェは騎士団にも回ってきて、とりあえず全員が嗅がされた。催眠術は見た目で分かるものでもないし、賢明な判断だろう。

 特に避ける必要もないので、俺も嗅いだ。


「!」


 爽やかな匂いを鼻から吸い込んだ瞬間、憑き物が落ちるような、体の中にたまっていた澱のようなものが出て行ったような感覚がした。


 ―――これは……。


 思い当たることは一つだ。

 王によってかけられていた、忠誠心を植え付ける術が解けたのだろう。王の命令に従わなければならないという、強迫観念のようなものがスッキリさっぱりと消えていた。思わぬ副産物だ。


 ―――よし、寝返ろう。そういえば術が解けたんだから、あの王族に義理立てする必要なんてなかったや。


 そう決めたのは結構早かった。

 術にかかった状態でも割と嫌々だったので、解けてしまえば素直に命令に従おうなんて気持ちはさらさらなかった。むしろアルティミアの子になりたくて仕方がない。


 ただ、本当にこの人に仕えてもいいのかもう少し見極めたいなぁ……。


 もう無能に仕えるのはこりごりなので、最後の確認作業をすることにした。

 ノクスを犯人に仕立て上げ、皇妃がそのまま受け入れるか、真犯人が俺だと見抜くことができるかを試すのだ。そのために、俺はノクスが疑わしいと吹き込んだり、色々と細工をした。

 もし皇妃が見抜けなかったら、このまま適度に命令に従ったフリをして日々をやり過ごすつもりだ。これでも最高ランクの術士なので国での待遇は悪くないが、王族がクズなので隙を見てとんずらしようと思う。

 まあ、どちらに転んでも、俺は特段損はしない。ただ、心のどこかでは皇妃が見抜いてくれることを期待していたけれど。



 ―――結果、皇妃は見事に俺が催眠術師だと見抜いてくれた。


 よし、この国の子になろ~っと!


 もう迷いはなかった。

 俺はこの皇妃様に仕えたい。








 そして、今に至る。


 騎士に扮した間者を迎え撃ち、捕縛し終えた。すると、皇帝が俺を指さしながら皇妃様に微笑みかける。


「姫、どうする? こいつもついでにやっちゃう?」

「ん~、でもうちで働きたいって言ってるし、能力はあるっぽいからもったいない気が……」

「姫は優しいね」


 とろけるような笑顔を浮かべる皇帝。絵になりすぎる。こんなん惚れるわ。

 いいな~美形。


「でも、その辺のことはよく分からないからフィズに任せるよ」


 いやいや、皇帝に任されちゃうと困るんですけど。すぐにボコされそうなんですけど。


 俺は慌てて口を開いた。


「陛下、皇妃様、僕は意外と従順だし、能力もありますよ!」


 ジト目の皇帝。


「ほら、今回の騒動で人死には出てませんし、そちらの神獣様に術をかけて皇妃様を攻撃させたりしなかったんですから。僕も命令に逆らえない中で色々と策を講じたんですよ」

「操られていたとしても、リュカオンが私を攻撃するとこなんて想像もできないけど」

「我もだ」


 神獣が皇妃様に同意する。


「それに、リュカオンは紳士な狼さんだから、誰かを攻撃するなんて野蛮なことはしないよ。爪だってこんなにみじか……長いね……」

「まあ、狼だからのう」


 神獣の手を持ち、肉球を押して爪をにゅっと出させた皇妃様は、スンッと真顔になった。そしてソッと神獣の右前足を下ろす。

 神獣の爪なんてどうでもいいから、そろそろ俺のことを思い出してくれないかな?


「それで、そやつの処遇はどうするのだ?」


 神獣が話の軌道修正をしてくれた。


「俺としては今回の功労者である姫の意思を尊重したいけどね。姫がほしいならそれ飼ってもいいよ」


 俺は犬か。

 皇帝から俺への関心のなさがビンビン伝わってくる。


「ん~……」


 皇妃様も、「私も別に……」みたいな顔しないでくれるかな?


「クラレンスが本当に鞍替えしたのかも分からないしねぇ……」

「それなら、シャノンの知り合いに嘘発見器がいるではないか。奴を頼ってみてはどうだ?」

「ん? ……ああ、そういえばいたねぇ」


 なんだ知り合いの嘘発見器。気になりすぎるんだけど。

 だけど、皇妃様には心当たりがあるらしい。


「リュカオンの言う通り、一回おじ様の意見を聞いてからクラレンスの処遇を決めようか。フィズもそれでいい?」

「うん、なんでもいいよ」


 ニッコリと微笑む皇帝。

 皇帝の俺への興味がなさすぎるな~。

 

 そこで、皇妃様の騎士が呼んできたのだろう、正規のアルティミア騎士達がなだれ込んできた。






 皇妃様の騎士も戻ってきたので、皇帝が皇妃様の元を一旦離れる。

 すると、皇妃様が俺にこっそりと話しかけてきた。



「ねぇねぇクラレンス、さすがに動物まで操れちゃったらあまりにも使い勝手のいい能力だと思うんだけど、リュカオンに術をかけなかったのはただ単に、動物には催眠術をかけられないからって理由なんじゃない?」

「……バレました?」


 俺は素直に白状した。

 この子、賢すぎじゃないだろうか。

 すると、皇妃様は予想が当たったことが嬉しかったのか、クスクスと笑う。かわいすぎるでしょ。



 そう、催眠術の対象は人間限定だ。なので、普通の動物はもちろん、聖獣や神獣にも術をかけることはできない。

 聖獣に催眠術は効かないから、神獣もそうだとは予想できていた。


「……」


 実は、この皇妃様にも試しに適当な術をかけようとしたことがある。

 ただ、なぜかかからなかったんだよね~。


 心が強いのか、はたまた純粋な人間ではないのか。


 ……まあ、つつかないでおきましょうかね。

 蛇が出ても困るし。



 ご機嫌に笑う皇妃様を見下ろす。



 ―――まあ、この方なら妖精の血が混ざっていたとしても不思議じゃないか。














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