【110】名探偵シャノンちゃんのお時間です!
私達は人目を避けて落ち着くため、一旦騎士団の第二室内訓練場に移動をした。
第二とは言うけど、中々に広い訓練場だ。声も反響しそうだし、私が端から端まで全力疾走したらそれだけでバテそうな程の幅がある。
とりあえず一息つくと、クラレンスが私に話しかけてきた。
「皇妃様、少しお話させていただいてもよろしいですか?」
「うん、いいよ。私も話したいことあったし」
「ありがとうございます。先日、皇妃様のところにいるノクスが怪しいという話をさせていただいたのですが……」
クラレンスが話し始める。うん、私もその話だと思ったよ。
「僕の方でもあれから調査を続けていまして。先日、彼が城の門を通過するのが見えたので、尾行したんです。……そしたら、彼は他国の人間とこっそり会っていました。遠くからだったので、何を話していたかまでは分かりませんでしたが、他国の人間と通じていることは明らかです。彼の密会相手の居住は掴みましたので、今すぐにでも突撃をすれば他国との内通者を確保できます。騎士が王城に集まっている今がチャンスかと思いますが」
先日とは、ノクスが休みを利用して外出していた日のことだろう。
うん、確かにクラレンスの言う場所に行けば、他国の人間は確保できる。ただ―――
「他国出身というだけで、何も悪いことをしていない人を捕まえるのはどうかと思うの」
―――そこにいるのは、何の罪もない、ただの女の子だ。
私の言葉に、クラレンスが虚を衝かれたような顔になる。
「……は?」
そんなクラレンスをよそに、私は三本指を立てた。
「今回予想される犯人の条件は大体三つ。一つ目、ユベール家の騒動以降に採用された新人。二つ目、交友関係の広い人物。そして三つ目は、おそらく他国出身の人間だということ。あ、あとはやたらと地位の高い人間に近づきたがることもあるかなぁ」
「それは―――」
「うん、ノクスは当てはまるよね。でも、他にも当てはまる人間がいるんだよ。―――ねぇ、クラレンス?」
そう、クラレンスも騎士団新人で、その物腰の柔らかさから同業の如何に関わらず知り合いは多い。
「それに、クラレンスは離宮入りを志願してた気がするんだけど?」
直接言われたからよく覚えている。
とても弱そうで、皇帝からもある程度大事にされている私は、ある意味この国のアキレス腱だ。私が他国の人間なら、まず間違いなく私を狙う。
人質にしてもよし、操ってもよしなうってつけの人材だもんね。……自分で言っててちょっと悲しくなるな……。
「……」
クラレンスは黙り込んでいる。
クラレンスのことだから、うまいこと人を操って、書類なんかは元からこの国の人間であると偽造させてるだろう。だけど、きちんと精査すれば本当かどうかは分かる。
「コホン、話を少し戻そうか。ノクスは確かに他国の人間と会ってたよ。だけど、私と同じくらいの年頃の女の子とね。大方、身内じゃないかな?」
「な、なぜそれを……」
「ノクスの身辺を探るのが自分以外にいないことはきちんと確認したのに、どうして知ってるのかって?」
そんなの、うちには最強の神獣さんがいるからに決まってるじゃん。
心なしか、隣のリュカオンもドヤッと胸を張っている気がする。
「私の最強のパートナーさんが、離宮からノクスのことを魔法で『視て』たからだよ」
「……?」
クラレンスは私の言葉を聞いて、そんなことができる訳がないだろうという顔をする。
―――やっぱり、クラレンスは神獣についてよく知らない。
根っからのこの国の人間ならば、今の説明で「そっか~、神獣様ならこのくらいできるよな~」と納得するはずだ。
ちなみに、リュカオンは他の尾行者を気にしながらノクスの後をつけるクラレンスのことも、しっかりと視ていた。
「ノクスが怪しいということをフィズや自分の上官ではなく、わざわざ私に言ったのだって、私が一番騙しやすそうだと思ったからでしょ。報告先が明らかにおかしいもん。ノクスを選んだのは、間者になり得る条件が揃っている人物の中で、一番口下手で弁明ができなさそうだから。そんなノクスを自分の代わりに犯人に仕立て上げることで、間者を特定したという実績を得ようとしたってとこかな」
それで私に近づこうとしたのか、もっと直接国の中枢に行こうとしたのかまでは分からないけどね。
「……」
クラレンスは、なおも無言だ。
ただ、クラレンスに関しては一つ疑問点がある。
クラレンスなら、もっと上手くやれたんじゃないかということだ。それこそ、私なんかにバレないくらいには。
ノクスのことだって、先に私に容疑を伝えずに、証拠をねつ造するでもなんでもして直接突き出しちゃえばよかったのに……。
そこで、私はある可能性に思い至った。
「―――クラレンス、あなたは、別に自分が術士だとバレてもよかったんだね」
そう言うと、クラレンスはニッコリと微笑んだ。ただ、いつもの爽やかな笑みではなく、どこか腹黒さを感じさせる笑みだ。
「ご名答~。そこまで察されるとは正直思ってませんでしたよ。皇妃様って純粋そうに見えて意外と頭が切れるんですね。普段の様子は演技だったりします?」
「おい聞き捨てならんな。うちの子は純粋でかつ頭が良いのだ」
「リュカオン空気読んで。今親バカパートじゃなくてシリアスパートだから!」
「うむ」
せっかく名探偵シャノンちゃんがかっこよく決めてたのに……。しょんぼり。
コホン、気を取り直そう。
催眠術師のいる国の名前はこの前おじ様から聞いた。おそらく、クラレンスはそこの出身だろう。
「クラレンス、あなたはヒュプノー王国の人だね?」
すると、クラレンスが少し目を見開いた。
「そんなことまで分かるんですね。……どうやら、皇妃様のそばにはかなりの知識人がいるようだ」
ご名答。
私の後ろにいるのは神聖図書館の主だ。
「だけど、自分を体調不良だと思い込んでしまう程の強力な催眠術の使い手なんて、いくら催眠術師の一族の中でもそうそういるとは思えない」
「その通り。これでも僕は初代の再来と言われるくらいの天才でね。一族の中でもここまで強力な術を使えるのは僕だけですよ。……だからこそ、王はアルティミア帝国を内側から弱らせるという今回の作戦を実行しようなんて思いついちゃったんですけどね」
「そっちの王は、無謀だとは思わなかったの?」
「それが思わなかったんですよ。だって、術士本人が解く以外で催眠術を強制的に解除する術なんて、僕達も知らなかったんですから。それは大昔に失われた知識って聞いてたんですけど、アルティミアには古代人でもいるんですかね、まったく」
やれやれと肩をすくめるクラレンス。
確かに、術を解除する方法が見つからなかったら今頃国の中枢はめちゃくちゃで、攻め込むには絶好の機会になっていたかもしれない。
「正直、僕は日々を楽しく過ごせればいい派なのでこんなことには加担したくはなかったんですが、今回のは僕ありきの計画なんでね、参加しないわけにはいかないんですよ」
「じゃあ参加しなきゃよかったじゃん」
「そうもいかないんですよ。うちの国の王族が唯一使える術に、相手に忠誠心を植え付けるというものがありましてね。厳しい条件があるのでホイホイ誰にでも使えるものではありませんが、僕ら術士の一族は幼い頃にその術をかけられているので、基本的に王の命令には逆らえないんです」
「―――本当ならね」
言葉を継ぐと、クラレンスはニッと笑った。
「そう、なんと、まさかの他国で催眠術を解く方法に出会ったんですよ。僕らに植え付けられた忠誠心も言わば催眠術の一種ですから、この度めでたく催眠から解放されまして。最近、やたらとあのサシェを嗅がされましたから」
「見た目で分からない催眠術を防ぐには定期的にあのサシェを嗅がせるのが一番だからね」
「ええ、おかげで僕も晴れてうちのクソ王族の術から解放されました」
すがすがしそうな様子のクラレンスは一拍置くと、とんでもないことを言い始めた。
「―――ところで皇妃様、僕、こちらの国に寝返るので雇ってくれる気はないですかね?」
「……はい?」
「こう見えても千年に一度の天才とか言われるくらいの術士なので役に立ちますよ」
「……どういうつもり?」
「どういうつもりも何も、そのままです。小さい頃に術をかけられていたおかげでクソ王族に逆らえず、他国に渡ることもできませんでしたけど、術が解けた今ではそんなこともありませんので」
けろりと言い放つクラレンス。その姿には既に爽やかさはなく、あるのは腹黒さだけだ。
「じゃあ、術が解けた段階で私達に全てを打ち明ければよかったんじゃないの?」
「いえいえ。僕、もう無能な主人に仕える気はありませんから。皇妃様には僕が術士だと特定できるか試させてもらいました」
だから、自分が術士だとバレてもよかったってわけか。
逆に、私達がクラレンスに踊らされるようなら、そのまま計画を実行しようとしてたんだろうな。
「こちらに寝返ったら、そのまま処分されるとは考えなかったの?」
「ええ。これでも、僕は最高峰の術士であると同時に王の懐刀的存在なんですよ。国の機密情報なんかもたっぷり持ってます。なので、殺されそうになったら自分の有用さをアピールするまでです。うちのぼんくら上層部と違ってこの国の人達は話が分かりそうですしね」
なるほど、クラレンスは王族の術によって裏切る心配がないから、上層部としても心配なく機密を共有できる存在だったってわけか。……今はそれを交渉材料に亡命しようとしてるけど。
「にしても、どうしてフィズじゃなくてわざわざ私に声をかけたの?」
「え~、だってあの人おっかないじゃないですか」
「そう……?」
フィズなんていつもニコニコしてて優しいし、怖さなんて微塵も感じたことないけど。
クラレンスの言葉に共感できず、首を傾げていたら呆れた視線を送られた。
「まあ、皇妃様みたいな警戒心のない無防備な生物にはあの人の恐ろしさは感じられないかもしれませんね」
「けいかいしんのないむぼうびなせいぶつ……」
もしかして悪口か?
ジトリ目で見上げるけれど、クラレンスはどこ吹く風だ。私じゃあ威圧感が足りないのかもしれない。
「―――あ、そうだ皇妃様、寝返りついでに一つ教えておくんですけど、そろそろ皇妃様を捕らえにうちの間者達がここに来ますよ」
「そういうことはもっと早く言ってくれるかな!? それにどうやってっ……て、催眠術で潜り込ませたのか」
「ご名答。騎士達の集まる大きな訓練があったので、忍び込ませるにはちょうどよかったです。あ、本当なら皇妃様は呼ばれる予定じゃなかったんですけど、そこは上司をちょちょいっと操って招待してもらいました。あと、さっき皇妃様の護衛君を連れていった僕の先輩達も」
「どうりで様子がおかしいと思ったよ。私とリュカオンに全く気付かないし」
あの騎士達は私から護衛を引き離すという指令を受けていたんだろう。クラレンスが護衛を代わり、私をこの場所におびき寄せるために。
というか、本当に厄介な術だね。鼻先に常にサシェを括り付けとくくらいしておかないとダメなんじゃないかな。クラレンスの言い方的に、他の術士達にはここまでのことはできないんだろうけど。
王城の人間の謎の体調不良や、急にフィズの悪口を言い始めた騎士、さらには以前私にイチャモンをつけてきた令嬢がおかしくなった原因の占い師もクラレンスだろう。まったく、一人でどれだけのことをやらかしてくれてるんだか。
クラレンスが時計を見上げる。
「あ、そろそろですね。僕も協力しますんで頑張って撃退しましょう。奴らの身柄をこちらの皇帝陛下への手土産にして僕は寝返ることにしますから」
「すがすがしいクズだね、クラレンス」
性根が終わってる。
誰だよこの人を爽やか騎士だと思ってたの。私だよ。
人は外見で判断しちゃダメだね。一つ学びました。
私を捕まえるために一体何人来るのか分からないけど、それ以上にクラレンスが当てになるのかも分からない。本当にこちらに寝返ったのかも。
「―――もしかして、ここは私が魔法の練習の成果を見せるチャンスでは……?」
「何バカなことを言っておる」
「そうそう、姫にそんな危険なことはさせないよ」
「そっかぁ……ん?」
今、ここにはいない人の声がしたような……。
「やあ」
振り返ると、笑顔のフィズがこちらに向けて片手を上げていた。
「うわっ―――」
「うわあっ! でたっ!!!」
「……」
私も驚こうとしてたのに、叫び声とられちゃった……。
私よりも間抜けな声を上げたのは誰あろう、クラレンスである。
どんだけフィズのことが怖いんだろう……。
「ふふふ、もしも姫に危害を加える素振りでも見せようものならミンチにしてやろうと思ってたけど、命拾いしたね」
さりげなくクラレンスと私の間に割り込むフィズ。
「そなた、いつからいたのだ?」
リュカオンがフィズに問いかける。
「ん~、割と早い段階からいたよ。でも姫のかっこいいシーンだし、割り込んだら悪いと思って息を潜めて見守ってたんだよね」
「さすがフィズ! 分かってるね!」
「でしょ~」
ふふんと得意げな顔をするフィズ。
「でも、早く駆けつけられたのは姫が護衛君に手紙を託したおかげだよ」
「手紙……?」
クラレンスが訝しげに聞き返す。
「うん、さっきオーウェンを送り出す時に、『フィズを呼んできて』って手紙をポケットに忍ばせておいたんだよね。だってあの騎士さん達、明らかに様子がおかしかったし。それに、代わりを申し出たのは怪しい怪しいクラレンスだったんだもん。当然だよね」
「シャノンは器用だのう」
リュカオンが褒めてくれる。嬉しい。
そしてフィズ曰く、現在オーウェンには、クラレンスに操られてオーウェンを連行していったあの騎士達を正気に戻してもらっているらしい。
「俺もそこの新人のことは怪しいと思ってたから、急いで駆けつけたんだよ?」
「へー、どうして怪しいと思ってたの?」
「騎士団の新人で、彼だけはいっそ不自然なくらい姿を見かけないんだもん。一度や二度ならまだしも、いつ騎士団に行っても顔を見られないんじゃ避けられてると思うのが自然でしょ? だから何かしら疚しいことがあるんだろうなとは思ってたよ」
クラレンス……どれだけフィズのことが怖かったんだ……。
そこまで徹底して避けてたとは思わなかったよ。
そこで、天井やこの建物の出入り口の辺りから僅かに物音が聞こえてきた。
「どうやらおでましのようだね」
フィズが剣を構えた瞬間、騎士服を着た人達があらゆる方向から一斉に突入してくる。これは今回の訓練に乗じて紛れこんだ間者だろう。全部で大体十人くらいかな。私一人を捕まえるために来たにしては大所帯だ。
―――ただ、フィズと戦うにしては人数が少なすぎるけど。
「なぜ皇帝が……!?」
侵入者のみなさんは予定外の人物がいたことに一瞬驚きを見せたが、すぐに持ち直す。
「―――皇帝が護衛もなしにいるのなら逆に好都合だ。捕らえろ。殺しても構わん。皇妃もだ」
「「「ハッ」」」
ボスの言葉を合図に、全員が剣を手にして一斉に向かってくる。
それに相対するのはフィズ―――とクラレンスだ。
侵入者の一人とクラレンスがガキンッと音を立てて剣を合わせる。
「クラレンス、貴様……!!」
侵入者が憎々しげにクラレンスを睨み付ける。
「ごめんごめん。僕、どうせなら頭の悪いおっさんじゃなくて聡明でかわいい女の子に仕えたいんだよね」
全く悪びれていない謝罪をしながら侵入者との鍔迫り合いを続けるクラレンス。相手も他国に間者として送られるくらいだから、腕は確かなのだろう、実力は同じくらいっぽい。
一方、私の旦那様は他の九人を同時に相手している。
その中の一人すらこちらに向かってこない始末だ。いや、一人でも抜けると戦線を維持できないから誰もこちらに来られないっていうのが正しいんだろうけど。
侵入者に周りを囲まれたフィズは顔色一つ変えずに相手をしており、剣を合わせる度にキンッキンッと金属音が室内に響き渡る。
最初の一撃で一人目の剣を刃の半ばから折り、回し蹴りで吹っ飛ばす。そしてその勢いのまま二人目の懐に飛び込み、柄頭でみぞおちに一撃。その間に周りを囲んできた人達を剣の一振りで弾き飛ばし―――
―――うん、強すぎるね。
全く出る幕がないんですけど。魔法の練習の成果を発揮するのはここじゃないってことかな。
そこから数分の後に、フィズは相手をしていた全員を倒していた。この間、攻撃は一度もフィズに当たっていない。なので、もちろんフィズは無傷だ。
あ、ちゃんとクラレンスも一人倒してたよ。だけど今はフィズの方を見てどこか遠い目をしている。
ちなみに、リュカオンは今の戦闘の間、ずっと毛繕いをしていた。自分が出るまでもないと判断したんだろう。
今もホッと胸を撫で下ろす私の隣でくあ~っと大あくびをしてるし。シリアスパートなのに、こんなかわいい姿を見せられたら和んじゃう。
まったく、リュカオンにはもうちょっと空気感を大事にしてもらいたいものである。





