【11】使用人募集!
至急、使用人を探さなければならない。
料理になるはずだったものを見て私はそう決意した。
「―――私が餓死するのが先か、使用人が来てくれるのが先かだねリュカオン」
「……料理の特訓をするという選択肢はないのか?」
「絶望的にセンスがないから厳しいと思う」
私も、まさか自分がここまで料理をできないと思わなかった。いつの間にか粉は舞い散ってるし卵はなぜか爆発した。
料理人ってすごいんだなぁ……。
遠い目をした私は心の底からそう思った。
「まあ、確かにな。フライパンに油は引かぬし、卵は楽をしようとして魔法で温めて爆発させるし」
「……もしかして、この後自分でこの惨状を片付けないといけないの?」
「使用人がいないのだからそうだな」
「……」
私は辺りを見回した。
ぶちまけた白い粉は床までもまだらに白く染めてるし、卵の断片も飛び散ってる。後は焦げ付いたフライパンエトセトラエトセトラ……。
その光景は、私の思い描いていたぬくぬくお飾り生活から遠く離れていた。
「まずい、まずいよリュカオン。このままじゃ十日と生き延びれる気がしない」
「それは我も否定できんな」
「そうだ! 上の方の人に使用人がいなくなったって訴えてみよう! 私も一応皇妃だし、蔑ろにされないはず!!」
私はリュカオンを連れて離宮を飛び出した。
そして、王城に入ろうとすると入り口の騎士に止められる。
「お待ちください」
「入城許可証はございますか」
「えっと、ありません」
皇妃なのにいるの? あ、そうだ、私ベール着けてたから顔知られてないんだった。
「私、シャノン・ウラノスと申します」
あ、もう結婚したからファミリーネーム変わったのか。
私が名乗ると、騎士は怪訝そうに片眉を上げた。
「それを証明するものはありますか?」
「あ、はい、ペンダントが……あれ?」
ウラノスの王族であることを証明するペンダントが……ない!! そうだ! 昨日ウエディングドレスを着る時に侍女に言われて取ったんだった!
あれ? でも机の上に置いておいたはずなのになくなってたような……。
「ペンダントは着けていないようだな」
「そうみたいですね」
「なにを他人事みたいに……。それに、皇妃殿下ならそんな簡素な洋服を着ているわけがないだろう」
騎士が私の着ているワンピースと見分けのつかないドレスを指さす。ドレスはクローゼットの中にたくさん入ってるけど、私が一人で着られるのはこれが限界だったのだ。
「これは、使用人がいなくなって……!」
「妃殿下の離宮に使用人がいないなどありえないだろう。そして使用人を誰も連れずに出歩かれることも。それに、妃殿下は御年十四歳だと聞いている。君はどう頑張っても十二歳くらいだろう」
「!!」
まさかこのベビーフェイスが裏目に出るなんて。
というか全ての要素が裏目にしか出てない。国民の前で顔を晒さなかったことも、使用人を補充してもらいにきたのに使用人がいないことで皇妃だと信じてもらえないことも。
なんてこった。
「君はかわいらしい顔をしているし、ここまで来られているということは貴族の出身なのだろう。素直にしていればきっといい人と巡り合えるから今日はお家の人のところに帰りなさい。嘘ばかり吐いているとそれこそ皇妃のようになってしまうぞ」
「!?」
なんだって!?
私がびっくりしたのをどう捉えたのか、騎士が説明してくれた。
「皇妃はあろうことか自分が契約しているのは神獣様だと嘘を吐いたようだ。おっと、このことは他の人には秘密だぞ。そんなのでも一応皇妃様だからな」
「あ、はい……」
そんなのって……。
というかこれ誰にも言わないでねっていってどんどん広まっていっちゃってるパターンじゃん。これを言ってくる人には絶対に秘密を打ち明けちゃいけませんよって祖国の侍女達が言ってた。
こんな子どもにも言っちゃうってことは、私が嘘吐きだっていう噂は結構広がってると思って間違いないだろう。
……ここは絶対に通してくれない雰囲気だし、ここは一旦退却してリュカオンと作戦会議だ。
「じゃあ、私は帰ります。お仕事の邪魔してごめんなさい」
「ああ、君は素直に謝れていい子だな」
その後に「皇妃とは大違いだ」とか続けたそうだね。
むっとした私はバンバンと地団駄のごとく地面を蹴って離宮に帰った。……足が痛くなった。
そして私達は離宮に戻ってきた。
帰ってくる途中で疲れちゃってリュカオンに乗せてもらったけど。だって王城から離宮って結構遠いんだもん。私とこの国の人達の心の距離を感じるよ。
王城の方は人通りも多かったけどこの離宮の周りには木しかない。
離宮で一息吐いた私は思う。
これはもうだまし討ちしかない!
「募集! 急いで使用人の募集をかけよう!!」
「おお、どうした。なにか思いついたのか?」
急に元気になった私にリュカオンが驚く。
私は早速紙とペンを用意し、募集事項を書いていった。
『侍女、料理人、その他もろもろの使用人募集。お給料:要相談 休み:要相談(なるべくご希望に沿えるようにします)』
私は募集要項を書いた紙をリュカオンに見せる。
「とりあえず雇い主は不明にしたままこれで募集をかけてみようと思うんだけど、どうよ」
「……怪し過ぎるだろ。内容はともかく雇い主不明のところが。あとこれだけ使用人が足りていなそうな職場だと自分にしわ寄せがきそうで我なら応募しないな。給料もなんとなくだがそこまで多くなさそうな印象を受けるし」
「……だよねぇ」
我ながら怪しい求人広告ができたなとは思った。
「でもこの国の人みんな私のこと嫌いよ? 正直に皇妃の使用人募集なんて書いてもだれもこないよ。あとこれだけ使用人募集してると警備が薄いと思われて物取りとか来そう」
あ、そういえば私のペンダントはどうしたんだろう。
置いておいたはずの机の上を見たけど、ウラノス王家の紋章入りのペンダントはきれいさっぱりなくなっていた。
……もしかして、盗まれた?
しかも、他の貴金属やドレスなどが無事なことを考えると盗っていったのって泥棒じゃなくていなくなった使用人のような気が……。
アルティミア帝国こわっ。
「リュカオン、私のペンダントってここに置いておいたはずだよね?」
「ああ。……逃げた使用人の誰かが持って行ったと考えるべきだろうな」
「だよね」
あのペンダントは、なくしても巡りめぐって本来の持ち主の元に返ってくるという古い魔法がかけられてるって聞いたことがある。本当かどうかは分からないけど。だから、そのうち返ってくると信じよう。
なんなら、あれは一応お母さまの形見なので戻ってこないと困る。
本来なら逃げた使用人を一人一人探して締め上げるくらいのことはやりたいけど、生憎今は生活基盤が整っていない。というか伝手がなさ過ぎて一人を見つけ出すことすら困難だろう。顔も覚える前に出てっちゃったし。
とりあえずまともなごはんにありつきたい。
料理の材料はあるけど、皇妃の食事を作ることを前提に考えられているからそのまま食べられるものがあまりないのだ。
パンだって料理人が毎日一から作ることを想定されてるから、今あるのは白い粉だ。鳥とかもあったけど捌き方分からないし。
でも果物は皮を剥けば食べられるので、朝はリュカオンと一緒になんとか皮をむしって果物を食べた。
思えば、果物の皮を自分で取り除いたのは人生で初めてかもしれない。
ここに来てから、今まで自分がどれだけ恵まれていたのか実感するばかりだ。そんな生活を支えてくれてたみんなのためにもここで逃げ出すわけにはいかない。
結婚したばかりの今、私がいなくなったら両国間の関係がまずいことになるのは分かる。
静かになった私を落ち込んでいると思ったのか、リュカオンが優しく声をかけてくる。
「これからは大事なものは常に身に着けておくのがよいだろうな」
「分かった」
頷き、私はリュカオンのことをギュッと抱きしめた。
「?? なにをしているのだ?」
「今身近で一番大事なのはリュカオンだから、リュカオンを肌身離さず身に着けておくの」
「……我は盗まれぬから安心しろ」
あ、リュカオンがデレた。
「コホン、で、どうする? とりあえずその募集をどこかに張り出してみるか?」
「……」
「ああ、すまないシャノン。今日は王城まで行って疲れたよな、使用人探しの続きは明日にしよう」
「うん」
リュカオンが尻尾で優しく私の頭を撫でてくれる。
正直、もう一度離宮の外で動き回る体力は私に残っていなかった。
貧弱でごめんね……。
疲れた体には、リュカオンの優しさが身に染みた。





