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【108】皇妃様、張り込み中!




 ジー。


「……? シャノン様……どうしましたか……?」


 リュカオンの影から顔だけを覗かせる私に、ノクスが若干の困り顔をする。その腕の中の狐まで不可解なものを見る顔でこちらを見ている。なんなら狐の方が表情が豊かだ。「なんだこいつ」と思ってるのが丸わかり。


「……なんでもないよ。気にしないで」

「気にしな……? はい、分かりました……」


 釈然としなそうだけど、ノクスはとりあえず私の奇行を指摘するのは止めたようだ。

 うん、何も知らない人からしたら奇行なのは私も分かってるんだよ。


「本を読んだら張り込みというものをやってみたくなったらしくてな。すまぬがこの子が飽きるまで付き合ってくれ」

「はい。……俺に張り付いても、面白くはないと思いますが……それでもよければ……」

「いいよ!」


 リュカオンの影からにょきっと飛び出た私は、ノクスに向けてサムズアップをした。そしてすぐにリュカオンの後ろに隠れる。

 頭まで隠れたから今はノクスのことは見えていないけど、無言でこちらを見ているのは空気感で分かる。


「……」

「かわいいだろう。何を考えているか分からなくて」

「……かわいい、です……」


 何考えてるか分からなくてかわいいっていうのは果たして褒め言葉かな……?

 分からず腕を組んで首を傾げると、ノクスからも困惑した空気が伝わってくる。というか、ノクスは今朝からずっと困惑しっぱなしだと思うけど。今朝から急に主が自分を見張り始めたんだもん。


 私がこんなに分かりやすく張り付いているのは、ノクスへの牽制の意味もある。私が近くで見張っていれば、行動を起こしにくいだろう。

 ノクスが催眠術師かどうかはまだ確定ではないけどね。もしこの期間に催眠術師が動き出したら、私が張り付いていればアリバイを証明できる。

 ノクス、お願いだから動かないでね……。


 私が願いを込めて見上げた先では、狐とノクスが揃って大あくびをしていた。……かわいい。

 ノクスからは疚しい様子とか、焦ってる気配が全く感じられないんだけど……隠すのが上手なだけかな。それとも、もう目的は達成したとか……?

 リュカオンの背中に顎を乗せながら考え込む。


「あ~、そこそこ。もう少し上に顎を乗せてくれ」

「……」


 リュカオンの背中に顎を乗せて体重をかけていたら、どうやらツボをついていたらしい。


 私は張り込みをしているんであって、マッサージをしているわけではないんだけど……。


 だけど、日ごろの感謝を込めて背中をもみもみしておいた。

 猫の子が踏み踏みするようにリュカオンの背中を揉む私を見たノクスは、次に自分の腕の中の狐に視線を向ける。白けた目を私に向けていた狐は、ノクスに見られるや否や、ぬいぐるみのようなかわいらしい表情に変化した。ノクスのこと大好きすぎるでしょ。


「キュ~?」


 甘えた声を出す狐の肩を、ノクスがおもむろに揉む。

 もみもみ。


「狐様……気持ちいいですか……?」

「キュ~……」


 狐は微妙そうな反応だ。まだ若いからね、肩も凝ってないんだろう。

 肩揉みがお気に召さなかった狐は、頭の方を撫でろとノクスの手に自分の頭を擦り付ける。


「キュ、キュ」

「狐様は、頭の方がいいんですね……」


 ノクスがよしよしと頭を撫でれば狐は気持ちよさげに喉を鳴らした。


 ……平和な光景だなぁ。

 王城を混乱に陥れた容疑者候補に抱くにはそぐわない感想が浮かぶ。

 できたら、こんな平和な日々が続くといいなぁ……。

 そんなことを思いながら、私はリュカオンにのしかかって体重を預けた。



 ◇◆◇




 もっもっとパンを食べながらジーっとノクスを見つめる。


「シャノン、何を食べているのだ?」

「パンだよ。張り込みの時はパンを食べてミルクを飲むの」


 パンを食べながら、片手で瓶に入ったミルクを見せる。

 立ちながら食べ物を食べるのは行儀が悪いけど、張り込み中だから許してほしい。


「すぐ物語に影響されおって。それを用意する方も用意する方だが」

「オルガに言ったらすぐに準備してくれたよ」

「甘やかしおって……」

「自分こそ甘やかし筆頭のくせに~」


 リュカオンの頬をツンツンとつつきながら、こぶしサイズのパンをもっきゅもっきゅと食べる。


「おい、喉を詰まらせるなよ。ちゃんとミルクを飲め」

「は~い。……」


 どうしよう。片手でパンを持っているので、ミルクの瓶の蓋が開けられない。というか、私の力ではそもそも瓶の蓋は開けられない。

 チラリとリュカオンを見やる。うん、狼さんだ。リュカオンのかわいいおててで瓶の蓋を開けるのは至難の業だろう。

 となれば―――


「? 皇妃様……どうされました……?」


 てててっと近づいてきた私の視線に合わせるようにノクスがかがむ。


「ノクス、瓶の蓋を開けてほしい」

「分かりました」


 ノクスはポンッと、いともたやすく瓶の蓋を開けてくれた。


「ありがとう」


 お礼を言った後にリュカオンの後ろに戻る。そしてミルクを飲み、パンによって水分を奪われた口内を潤した。 


「ぷはぁ」

「……張り込み中というよりは風呂上がりみたいだな」

「なぬ」


 緊迫の張り込みがそんな日常のワンシーンに見えるなんて……なんか予想と違うな……。


「かっこよくない?」

「それだけちみちみパンを食べてたらかっこいいも何もないだろう。百歩譲って小動物の食事シーンだ」

「ガーン」


 そんなことないよね……? とノクスを見上げると、無言で頷かれた。

 食べ方か、食べ方が悪いのか。喉に詰まらせないようにちょっとずつ食べてたのが悪かったのか……。

 私は手元の、まだ半分程残っているパンに視線を向ける。そして、思い切ってがぶりとかぶりついた。もっきゅもっきゅと咀嚼すれば、素朴な甘みが口の中いっぱいに広がる。


「これこれ、ゆっくりお食べ」


 口の端にカスがついていたのか、リュカオンの尻尾が私の口元をふわりと拭った。






 それから数日間、私はノクスの張り込みを続けた。

 今のところ、ノクスに怪しい動きは全くない。ただ、王城の方も平和なものらしい。監視は強化されているけど、怪しい挙動をする者は特にいないとか。


 騒動が起こった時期からして、人手不足のために新たに採用された人達を疑っているらしい。私もユベール家の騒動の後に入ってきた人達の中に犯人はいると思う。

 ただ、その条件にはノクスも当てはまっちゃうんだよね……。

 狐も懐いてるし、離宮のみんなとも既に結構打ち解けているノクスを疑いたくはない。


 う~ん、どうにかしてノクスを無実だと証明したいけど、どうすればいいか分からないなぁ。

 リュカオンに寄りかかり、腕を組みながら考える。


「シャノン、そういえば明日はあやつが休みの日ではないか?」

「あ、そうだった!」


 ノクスは休みの日にはいつもどこかに出かけてるけど、今回は控えてもらった方がいいよね。だけど、本人にあなたは疑われてるから外出を控えてなんて言えないし……。

 とりあえず、普通にお願いしてみよう。


「ねぇノクス、暫く休みの日のおでかけは控えられる……?」


「―――すみません皇妃様……それは、できません」


 しっかりと私を見据えて、ノクスはそう言った。

 強い意志の込もった瞳を見るがぎり、私が何を言っても無駄だということが窺える。

 どうしてそこまでして出かけたいのか分からないけど、ただの買い物ではなく、何か目的があるに違いない。だって、そうじゃなかったらこのノクスの言動には説明がつかないもん。


 でも、今まで休みの日は好きにしていいよって言ってたから、ここで食い下がるのは不自然だよね……。


「そっか、分かったよ。最近物騒だからノクスが心配になっただけ。変なこと言ってごめんね」

「いえ……俺も、すみません……。腕っ節は、強いので……多少襲われる程度は、大丈夫です……」

「そ、そっか」


 そういえばノクスって怪力だもんね。回復も早かったし。

 強盗に襲われても返り討ちできそうな安心感がある。


 ノクスはどうしても譲らなそうだし、ここは送り出すしかないかな。仕方ないね。




 そして翌日。


 二階窓から目だけをひょっこりと覗かせ、ノクスが街の方に歩いて行くのを見届ける。


「よしよし、出て行ったね。じゃあ、私達も行こうか」


 窓の外を見るために乗っていたリュカオンから、ズルリと腹ばいになるように下りた。


「……」


 何か言いたげなリュカオンを引き連れ、玄関ホールに向かう。

 ノクスが容疑者の一人として挙っているということは離宮の使用人達には知らせていない。きっと、うちの使用人達は私の近くに危険人物がいる状況は許さないだろうから。まだ確定ではないけれど、私を害する可能性があるというだけでノクスの排除に動く可能性がある。だから、この情報を使用人達に伝えるのは慎重にならざるを得ないのだ。


 もちろん、最近私がノクスにつきまとっていることはノクス以外の使用人達も知っている。だけど、またシャノン様が変なことしているな~、と微笑ましげに見られるだけで済んでいる。

 なんか、離宮のみんなってば私を定期的に奇妙な行動をする生き物だと思ってる節があるんだよね。今回はそのおかげで助かってるんだけど。


「さあ行くよリュカオン!」


 ノクスの後をつけるために、意気揚々と玄関扉を開く。


「うぶっ」


 そして一歩踏み出した瞬間、何かにぶつかった。

 誰がこんなところに物を置いたんだろう。絶対にぶつかっちゃうのに……。

 そんなことを考えながら顔を上げる―――


「あ」

「……」


 ()()は、人だった。


「シャノン様、街には、ついてきちゃ……ダメです」


 私を見下ろすのは、黒髪黒目の少年―――ノクスだ。

 ノクスは、狐を抱っこするようにひょいっと私を抱き上げ、離宮の中に入って行く。


「シャノン様みたいに、かわいい生き物が街なんて歩いてたら、すぐに誘拐されちゃいます……」


 私を持ったまま廊下をつかつかと歩くノクス。リュカオンは後ろからついてきている。


「あら? どうしたんですか?」


 廊下を曲がると、セレスに出会った。


「俺の後をついてこようとしたので……預かってください……」

「まあ! シャノン様、無断でお城の敷地の外に出るのはダメですよ。シャノン様みたいなかわいい生物、誘拐犯の格好の餌ですからね」


 さっきも同じようなこと聞いたな……。


 ノクスは私をセレスに預けると、颯爽と踵を返して出かけていってしまった。



 玄関扉が閉まる音が聞こえた後、リュカオンが口を開く。


「最近のシャノンの動向を見ていたら、尾行をしに来ることなど簡単に予測できるであろう」


「……リュカオン……それは先に言ってほしかったな……」


 切実に。



 それからは、私が最近ノクスにべったりとくっついている行動を寂しいからだと解釈したセレスが、一日中そばにいてくれた。











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<書籍2巻は2024/12/6発売です!>
お飾りの皇妃書影
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