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【107】嘘だよね……?




 私の目の前には、神妙な面持ちをしたクラレンスが座っている。


「それで、話ってなに?」


 クラレンスが真顔だから、私も努めて真面目な顔を作った。

 そんな私の隣にはリュカオンがおり、私達が座っているソファーの後ろにはオーウェンが控えている。リュカオンは早く離宮に帰りたいからか、フサフサの尻尾をパタパタと振っている。

 視界の端で動き回る魅惑のフサフサをついつい目で追っていると、クラレンスがゆっくりと口を開いた。


「……最近城内を騒がしている件なのですが、僕、犯人に心当たりがあるんです」

「へー、…………え!?」


 今なんて言った?

 リュカオンの尻尾に気を取られてたから軽く流しそうになったけど、結構すごいこと言わなかった?

 私は銀色のフサフサから目の前のクラレンスに視線を戻す。


「……催眠術をかけて回っている犯人を知ってるってこと?」

「確実ではありませんが、怪しい人物がいるので、皇妃様にご報告をした方がいいかと思いまして」

「おぉ……」


 どうして私なんだろう。フィズに報告した方が早い気がするけど。

 まあ、とりあえずクラレンスが思う容疑者の名前を聞いておこう。


「それで、容疑者は誰なの……?」


 私が問いかけると、クラレンスの薄い唇が容疑者の名前を紡いでいく。

 それは、私もよく知る人の名前で―――


「……え?」


 まじか。

 混乱のあまり目を点にした私の頭の中は、皇妃様らしくない三文字でいっぱいになっていた。


 それから、どうやってクラレンスと別れ、離宮に戻ったのかは覚えていない。きっとリュカオンとオーウェンが連れ帰ってくれたんだろう。


 ぽけーっとした顔で帰ってきた私に、真っ先に気付いたのは侍女三人衆だ。

 オーウェンに支えられた状態でリュカオンの背中に乗って玄関をくぐった私を、アリアとラナ、そしてセレスがすぐさま取り囲む。普段から私のお世話をしてくれている侍女達には、私の様子が普段と違うことなどお見通しらしい。


「シャノン様、顔色が悪いです。どうされましたか?」

「最近活動的でしたからね、疲れが出たんでしょう。すぐにお休みしましょう」

「シャノン様がお休みになる準備をしてきますね」


 侍女達の行動は早かった。

 慌ただしくなり始めた空気の中、オーウェンが何かを言いたげに私を見てくる。


「あの、シャノン様……」

「兄さん、ちょっと待って。今はシャノン様の体調が最優先だから」

「あ、ああ……」


 何かを言いかけたオーウェンをセレスが制する。

 妹は強しだね。

 そんな様子をぼんやり眺めていると、アリアの手が私のおでこに当てられた。


「……少し熱いですね。本格的に熱が出る前にお休みしましょう」

「でも……」


 今は休んでる場合じゃ……。

 私は自分を乗せているリュカオンの背中を見遣った。すると、リュカオンが一つ大きな溜息を吐いたことで背中が上下する。


「シャノン、あやつの言っていることはまだ確定ではない。それに対処法のある今、催眠はそこまで脅威ではないしな。お前は自分の体調を優先してくれ」

「……うん」


 コクリと頷いた私は、後ろに控えているオーウェンを見上げた。


「オーウェン、さっき聞いたことは、まだ誰にも言わないでおいてね」

「承知しました」


 オーウェンは私と目線を合わせるように床に片膝をつき、しっかりと頷いてくれる。


「さあシャノン様、お部屋に行きましょう」

「うん」


 指摘をされたからか、倦怠感がする気がする。本当に体調を崩し始めてたのかもしれない。

 

 リュカオンに乗ったまま部屋に移動すると、待ち構えていたラナに驚くほどのスピードで寝間着に着替えさせられ、パッとベッドに寝かされる。

 これから熱が上がることを想定してか、掛布団も冬に使うような分厚いものにされていた。


 て、手慣れてる……。


 頻繁に体調を崩す主(私)を持つと、ここまで手慣れるものなのだろうか。毎回ご迷惑をおかけします。

 リュカオンも私を抱き込むように布団の中に潜り込んでくる。ぬっくぬくだ。

 いつもはこのまま湯たんぽに徹してくれるけど、今日はそれよりもやってほしいことがあった。


「リュカオン……」

「分かっておる。我が『視て』おいてやるから、シャノンはゆっくり休んでくれ」

「ふふ、流石神獣様だね」

「お、茶化す余裕があるなら今回は大丈夫そうだのう」


 鼻先で頬を擽られるので、クスクスと笑い声が漏れる。


「……相変わらずの仲の良さですね。ほっこりしますわ」

「是非絵に残しておきたい光景ですよね」

「甘えるシャノン様、かわいいです」


 戯れる私達を見て、セレス達が微笑まし気にクスクスと笑っている。


「あ、シャノン様、今のうちに水分を摂っておきましょう」

「うん」


 セレスが水の入ったコップを持ってこちらに向かってくる。なので、体を起こそうとすると、リュカオンがすかさず私の背凭れになってくれる。

 そして、セレスが持ってきてくれたお水をコクコクと飲み干す。さっきまで出かけてたし、結構喉が渇いてたみたいだ。

 身体に水が染み込んでいくような感覚で、コップ一杯の水を軽く飲み干してしまった。


「ぷは」

「ふふ、いい飲みっぷりですね。おかわりはいりますか?」

「ううん、もう大丈夫」

「承知しました。じゃあ私達は退室しますので後はゆっくりお休みください。あ、熱が上がってきた感覚がしたらすぐに呼んでくださいね」

「は~い」


 布団の中で片手を上げ、ゆるく返事をする。すると、セレスの瞳に不安の色が灯った。


「……神獣様」

「ああ、シャノンの体調が悪化するようなら我がそなたらを呼ぶから安心せい」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げる侍女三人。

 リュカオンへの信頼が半端じゃない。いや、私の信頼がないだけか。


 若干釈然としない気持ちを抱えていると、リュカオンが前脚を器用に使って私の顎が隠れるくらいまで掛布団を引き上げた。


「ほら、難しいことは考えずもう眠れ」

「は~い」


 大人しく目を瞑ろうとすると、掛布団の上に乗ったリュカオンの前脚が私のお腹を優しくポンポンし始めた。


「……リュカオンも所帯じみてきたねぇ」


 百パーセント私のせいだけど。

 だけど、その言葉を聞いたリュカオンは照れ臭そうに、だけど少し嬉しそうに頬を緩めた。


「そう褒めるでない」

「……」


 褒めるつもりでもなかったんだけど、リュカオンが喜んでくれているなら何よりだ。そんなことを思い、今度こそ眠るために目を瞑る。


 ……あ、結構眠いかも。


 自覚していた以上に疲れていたのか、睡魔はすぐにやってきた。

 そして、リュカオンの大きなおててでお腹をポンポンされた私は、すぐに眠りについてしまった。



 案の定というかなんというか、私は熱を出した。そこそこの高熱だ。しかし、侍女達が早めに休ませてくれたおかげで一晩しっかり寝たら熱はすっかり下がってしまった。すごい、こんなの初めてかもしれない。快挙だ。

 まあ、離宮の面々は私に過保護だから次の日もベッドからは出してもらえなかったんだけどね。

 三日目の今日はベッドからは出してもらえたけど、離宮から出ることは禁止された。親愛なる皇帝陛下からもしっかり休むように連絡がきてたしね。


 部屋から出て廊下を歩いていると、会う使用人会う使用人に体調を心配された。いつもならまだ寝込んでいる期間だからだろう。だけど、その心配が嬉しくて、くすぐったかった。

 そんなみんなに、大丈夫だよと笑って返しながら歩みを進める。

 

「―――あ、おはようございますシャノン様……。もう、大丈夫なんですか……?」

「キュ~?」

「あ、おはようノクス、狐」

「「?」」


 挨拶を返すと二人は揃って首を傾げた。全く同じ角度だ。


「シャノン様……人見知り……ですか?」

「う、ううん、そんなんじゃないよ」


 ノクスがそう思ったのは、私がリュカオンの影に隠れ、ヒョッコリと顔だけを覗かせていたからだろう。

 もちろん、そんな行動をしてしまったのは人見知りのせいではない。というか、人見知るには今更過ぎるしね。

 慌てて前に出た私に、リュカオンはハァ~と深い溜息を吐いていた。ノクスと狐は相変わらずのキョトン顔を披露している。



 邪気のない二人の顔を見る私の脳裏には、クラレンスの話し声が蘇っていた。




『―――彼と話した人は皆、数日のうちに休みに入っていました』



 予想外に知り合いが多くて、休みの度にどこかに出かけていること。


 この国の人ならほとんどの人が染みついているはずの神獣に対する信仰が薄いこと。


 普段から王城にいるわけでもない私が倒れた彼の第一発見者になるという、偶然にしては出来すぎている出会い―――


 

 考えれば考えるほどピースは揃っていってしまった。



「シャノン様……やっぱり、部屋に戻ったほうが……」


 黒い瞳が心配そうに私を覗き込んでくる。

 心配そうにしているその瞳には、偽りの色は一切見られない。




『―――僕は、彼が今回の騒動の犯人だと思っています』





 ―――ねぇノクス、嘘だよね……?











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