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【106】実はとってもまともな人……?





 部屋の端で、居心地が悪そうにしている騎士二人に向き直る。

 私達が二人をスルーして話していたからもあると思うけど、気まずそうにしている理由はそれだけではないだろう。なにせ、護るべき主(フィズ)の悪口を言っていた人と、それを隣で聞いていた人だ。目の前に当の本人が現れ、バツが悪くないわけがない。

 フィズが悪口を言われていた時のことを思い出すと、私でさえムカムカしてきちゃうからね。


「姫、この二人が俺の悪口を言ってたってこと?」

「!?」


 フィズの言葉に、窘めていた方の騎士さんはギョッとし、様子がおかしかった方の騎士さんは再び顔色をなくした。


「フィズ、陰口を叩いてたのは片方だけだよ。その人も、今はサシェを嗅がせて正気に戻ってる」


 私が持っているサシェが効いたということはつまり、催眠術にかかっていたということだ。


「ふぅ~ん」


 本当かなぁ、と言わんばかりの表情でジロジロと騎士さんを見遣るフィズ。


「ちなみに、君達名前は?」


 名前聞かれた騎士二人は、グッと一瞬言葉に詰まる。しかし、すぐに覚悟を決めたように背筋を正した。


「私は第二騎士団所属のフランク・ジェンキンスと申します」

「同じく、第二騎士団所属のエヴァン・グレイと申します」


 窘めていた方の騎士さんがフランクで、様子のおかしかった方がエヴァンという名前らしい。

 フランクは亜麻色の髪に黄緑色の瞳で、優し気な顔立ちをしている。そして、エヴァンの方は赤銅色の髪に、赤みがかった灰色の瞳だ。エヴァンの方は正に騎士といったような凛々しい顔立ちをしているが、普段は騎士らしく凛としているであろうその顔も、今は罪悪感からか曇っている。

 名乗った後、エヴァンが口を開いた。


「陛下、この度は……」

「ああ、謝罪はいいよ。そんな死にそうな顔している人が故意に俺を陥れるようなことをするとも思わないし。処罰も考えていないよ」

「っ……!」

「ただ、みすみす催眠にかかったことに関しては警戒心が足りないと言わざるを得ないけどね。あと、姫の耳に汚い言葉を聞かせたことは故意だったなら万死に値するから」

「うっ……」


 フィズは励ましつつも、しっかりと釘を刺すことも忘れない。笑顔なのが逆に圧を感じるんだよね。

 催眠術にかかっていたエヴァンは、何も言い返すことができず、ただションボリと肩を落としていた。


「―――さてエヴァン君、君は自分がいつ催眠術にかかったか、心当たりはあるかい?」

「……それが、最近の行動を思い返してみても全く心当たりがなく……」


 エヴァンが悔し気に顔を歪める。


「恥ずかしながら、一体いつ頃から催眠術にかけられていたのかも分かりません。気付けば、陛下に対する憎悪の感情がどうしようもなくなるくらい自分の中で溢れていて……。それに、最近は見知らぬ人間と会った記憶もないんです」

「なるほどねぇ」


 エヴァンの話を聞いたフィズは、頭の中で状況を整理しているのか、少し黙り込む。その隙に、私はエヴァンに聞きたかったことを確認することにした。


「ねぇねぇ」

「皇妃様、いかがされましたか?」


 声をかけると、エヴァンは私の話を聞くために屈んでくれた。先程の様子のおかしかったエヴァンでは絶対にしなかった行為だ。


「エヴァン、エヴァンはもう、フィズに対して不満の感情はない? ちゃんと催眠解けてる?」

「っ! 催眠はきちんと解けております! それに、民のために日夜身を粉にされている陛下に尊敬の念を募らせることはあれど、不満や憎しみを抱くことなど正気ではありえません!!」


 私が少し後ろに仰け反ってしまう程の熱弁っぷりだ。

 でも―――


「そっか……それなら安心」


 へにゃりと頬が緩む。

 身内であるフィズが悪く思われるのは悲しいというのもあるし、あれだけ国民のために尽くしているフィズが理解されないのも悲しい。

 だけど、正気のエヴァンがフィズのことを嫌っているということはなさそうだった。安心安心。

 ホッとして体から力が抜ける。


「グッ……!」


 うむうむと頷いていると、エヴァンが独りでに胸を押さえて呻き始めた。

 なんだなんだ? もしかして催眠の副作用?


「エヴァン、大丈夫?」

「カハッ……!」


 声を掛けるとさらに症状が悪化した。

 先程とは違った意味で様子のおかしいエヴァンに目を丸くしていると、フランクの方が私に声をかけてくる。


「……あ~、皇妃様、今こいつは皇妃様のかわいらしさと、そんなかわいらしい皇妃様を悲しませたことに対する罪悪感で胸が締め付けられているだけです。体の調子がおかしいとかではないのでご安心を」

「そうなの?」

「はい、皇妃様はまだ信じられないかもしれませんが、本来はとてもまじめで忠誠心の高いやつなんですよ」

「へぇ」


 人は見かけによらないってやつだ。いや、エヴァンの場合は見かけというよりも第一印象がアレだっただけか。


 ……そういえば、フィズが静かだな。

 そう思って振り向くと、フィズが静かに自分の胸元を押さえていた。

 こっちもか……。


「うちのお嫁さんがいい子すぎる……」


 考え事はどこへやら。ただただ感動をしているフィズがそこにいた。

 てこてことフィズのもとに歩み寄ると、いい子いい子と頭を撫でられる。


「いい子の姫に貢ぎたい気持ちが止まらないんだけど、何か欲しいものはない? 島とかいる?」

「いらない」


 どうしてフィズは、ことあるごとに島とかスケールの大きなものを贈ってこようとするんだろう……。

 私は首を横に振りつつ、フィズのお腹に抱き着いた。


「ん? どうしたの?」

「贈り物はいらないから、フィズは元気でいて。それで、たまに甘やかしてくれればいいよ」


 うりうりと、鍛えられた硬いお腹に頭を擦り付けると、フィズが黙り込んだ。

 返答がないことを訝しんでフィズの顔を見上げると、フィズは水色の瞳を大きく見開いたまま固まっていた。微動だにしないから、その端正な容貌も相まって人形のようだ。


「どしたの?」

「―――ハッ! あんまりにも健気でかわいいことを言われたから呼吸が止まってた」

「そんなことある?」


 んなバカな、と思ったけど、フィズは真顔だった。

 真剣な顔をしたフィズは、自分のお腹に抱き着いている私を高い高いするように両手で抱き上げる。


「たまにと言わず毎日でも甘やかしますけど。にしても姫は欲がなさすぎない? 逆に心配よ?」

「……そんなことないと思うけど……」

「ん~……」


 脇に手を差し込まれ、ぷらーんと脱力している私を、フィズは左右にプラプラと揺らす。


 すると、背後から「グスッ……」と、鼻を啜るような水っぽい音が聞こえてきた。


「ん?」


 振り向けば、エヴァンがなぜか目元を片手で押さえて鼻をグズグズと鳴らしていた。それをリュカオンと、私の護衛でついてきているオーウェンが若干引いたように見ている。


 ……もしかしなくても、泣いてる……?


「陛下と皇妃様の仲がよろしくて何よりです……! 尊い! 尊すぎる……! こんなお二方に向かって俺はなんてことをっ……」

「おいエヴァン、お二方と神獣様の前だぞ」


 エヴァン、情緒が不安定だ……。

 まともに話せる状態ではないエヴァンの代わりに、フランクが私達に向けて頭を下げる。


「見苦しい光景をお見せして申し訳ありません」

「いや、エヴァンの忠誠心が強いのはよく伝わってきたよ」


 若干お疲れの様子のフランクに、フィズが苦笑いで返した。



 エヴァンとフランクは、これから聞き取り調査をされるらしい。だけど、なにも二人が疑われているわけではない。

 催眠にかける方法はまだ解明されていないけど、その高度さから直接接触しなければかけられない可能性が高い。なので、エヴァンに最近接触した人物をできる限り洗い出すようだ。エヴァンと行動を共にすることの多いフランクもその手伝いと、エヴァンがいつ頃から、どんな風におかしくなったのかを記録に残すために聞き取り調査をするらしい。

 聞き取り調査って、私は体験したことないけど結構長時間拘束されるんだろうな……。騎士の二人なら屁でもないのかもしれないけど、一応王城の侍女に頼んで飲み物と軽食を持ってきてもらい、差し入れておいた。もちろん、騎士二人だけでなく、その場の全員分だ。


「二人とも頑張ってね」

「「ハッ」」


 揃った礼を披露する二人に手を振る。


「じゃあフィズ、私は帰るね」

「うん、疲れただろうからゆっくり休んでね」


 フィズにも挨拶をして、私達はその場を後にした。





「ほれシャノン、背中に乗れ。今日は疲れただろう」

「フィズもそう言ってたけど、私そんな疲れてないよ? 特に運動をしたわけでもないし。なんでそう思ったの?」

「悪意のこもった言葉を聞いたであろう。それに、珍しく怒っていたからな」

「……それだけ?」

「シャノンが疲れるには十分だろう」

「私をどれだけ貧弱な生物だと思ってるの」


 思わず半眼になる。

 さすがにそこまでじゃないよね? と傍らのオーウェンを見上げれば、ソッと目を逸らされた。

 オーウェンもそっち側だったか……。

 まあ、背中には遠慮なく乗せてもらうけど。

 よっこいしょっと背中に乗りあげれば、リュカオンは安定した足取りで歩き出す。



「―――皇妃様」


 リュカオンに乗ったまま王城の廊下を進んでいると、不意に声を掛けられた。


「あ、クラレンス」


 声の主は、薄水色の髪をした爽やか騎士、クラレンスだ。ただ、いつもの柔和な笑みは鳴りを潜め、どこか切羽詰まったような顔をしている。


「皇妃様、どうか、ほんの少しお時間をいただけないでしょうか。お耳にいれたいことがあるんです……」

「お耳に入れたいこと……?」


 なんだろう。少なくとも、ただの雑談って雰囲気ではなさそうだ。

 後ろに控えているオーウェンと一瞬顔を見合わせた後、私はクラレンスと向き直った。


「話を聞くのは別にいいけど……」

「あ、ありがとうございます。あの、あまり他の方に聞かれたくはないのですが……」

「分かった。じゃあ一旦、他の人の耳のない場所に移動しよっか」


 帰るところだった私達は、再び使われていない応接室に逆戻りした。と言っても、先程とは違う部屋だけど。

 応接室だけでも何個もあるんだから、お城ってすごいよねぇ。



 クラレンスの話ってなんだろうな~、と気軽に考えながら移動していた私は、数分後に見事な宇宙猫顔を披露することを、まだ知らない―――











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<書籍2巻は2024/12/6発売です!>
お飾りの皇妃書影
ぜひお手に取っていただけると嬉しいです!

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