【104】お土産? ……すっごい既視感なんですけど
ダウジング……いい案だと思ったんだけどな……。
手の中にある二本の金属の棒を見遣る。
……まあ、半分……いや、八割くらいはただ単にやってみたいだけだったけど。
「よりにもよって、よくもそんな胡散臭い道具を選んだのう」
「あ、リュカオンまで」
フィズの執務室からの帰り道、こちらを見てリュカオンが呆れたようにぼやいた。リュカオンの紫の瞳には、私の手に握られるダウジングが映っている。
せっかくおじ様から借りたのに使わないのもなんなので、離宮に帰るまでの間は持っておくことにしたのだ。
両手で一本ずつダウジングを持ち、王城の廊下を歩く。
「これシャノン、前を見ないとぶつかる―――」
「うぶっ!」
「……ほら、言わんこっちゃない……」
手元ばかりを見ていた私は、見事に人にぶつかった。申し訳ない。
「ごめんなさい」
謝りながら顔を上げると、そこには見知った顔があった。
「いえいえ、こちらこそ。僕もあまり周りが見えていなかったので。騎士としてお恥ずかしいばかりです」
照れ臭そうに頬を掻く青年は、騎士のクラレンスだ。
「クラレンス、久しぶりだね」
「はい、お久しぶりです皇妃様。お会いできて嬉しいです」
ニコリと微笑むクラレンスは、相変わらず爽やかだ。
「そういえば皇妃様、あの少年は元気にやっていますか?」
「少年……ああ、ノクスのこと? うん、すっかり元気になったよ。力仕事とかも進んでやってくれるくらい」
「おお、それはよかったです」
そういえば、クラレンスはノクスを離宮に運ぶのを手伝ってくれたんだよね。
ノクスといえば、今はお休みの度に出かけている。無気力系かと思いきや、意外とアグレッシブだったね。
街の方とかにも行っているらしいし、行動範囲が決まっている私とはえらい違いだ。
「皇妃様も、ちゃんとごはんは食べてくださいね。皇妃様は細いので心配です」
「大丈夫、ちゃんと食べてるよ」
むんっとペタンコな腕の筋肉を見せる。
「ふふ、それならよかったです。では、お時間をとらせてもいけないので僕はこれで失礼しますね」
「うん、いつもお疲れ様」
そして、私達はそこで別れた。
それから離宮に帰るまでの間、ダウジングは全く反応しなかった。
「……こうも反応がないと面白くないね。曲がった棒を二本持ってるだけじゃん」
「だから言ったであろう」
「うん」
これは、今度おじ様に会いにいく時に返そう。
多分、もう使うことはないかな。
そう思い、私はダウジングをテーブルの上に置いた。
◇◆◇
徐々に人が戻ってきたことで、城内には大分活気が戻ってきた。
まだ忙しない日々は続くと思うけど、どの部署も一時期ほどの切羽詰まった雰囲気はなさそうだ。
よきことよきこと。
そんなことを考えながらフィズの執務室の扉を開く。
「うわぁ……」
無意識に声が出てしまう。
だけど、私のそんな反応も仕方ないと思う。というか、許してほしい。
執務室は、正に死屍累々といった様相だった。
数人の文官さんらしき人が床に倒れている中、執務机に座っているフィズだけがアルカイックスマイルを浮かべ、いつも通りの様子だった。
「あ、姫、いらっしゃい」
「おはよう。……フィズ、ここに倒れてる人達は……」
大丈夫? と聞く前にフィズが教えてくれた。
「ああ、大丈夫、心配いらないよ。みんな寝てるだけだから。どうせ寝るならベッドで寝ればいいのにねぇ。仮眠室もあるのに」
「……」
それは、力尽きて仮眠室に向かう体力もなかったからでは……?
そんな疑問が頭をよぎったけど、口には出さなかった。
私はしゃがみこみ、床に倒れている文官さんの頭をつつく。
「だいじょうぶ~?」
ちょんちょんと人差し指でつむじをつつくと、文官さんが身じろぎした。
「―――んっ……」
「お、起きる?」
「……ぁ……」
薄っすらと目が開き、その焦点が私に合った。
「あ、起きた」
「……てん、し……? いや、妖精……?」
いや、人間ですけど。
ぱちくりと一つ瞬きをすれば、文官の男性の表情がふわりと緩んだ。
「いい夢だなぁ……」
「夢じゃないよ」
「じゃあ天国だ。天使がお迎えに来てくれたんだな……」
夢現の様子で呟いた文官さんは、再び目を瞑った。そして、一秒もしないうちに規則正しい寝息が聞こえてくる。
「フィズ大変、この人催眠術にかかってる」
「かかってないかかってない」
フィズはクスクスと笑いながらそう言うけど、おじ様が持たせてくれたサシェを一応嗅がせておいた。
サシェを鼻に押し付けた後も「むにゃ……てんし……」とか寝言を呟いていたので、本当に催眠にはかかっていなかったのだろう。
「王城の人間が大量に催眠術にかかった件の後始末と、これからの対策とか諸々で忙しくてね。俺も家に帰って休んだ方がいいよって言ったんだけど、陛下を残して帰れませんって、力尽きるまで残ってくれたんだよ。そもそも俺と文官君達じゃあ体力が違うのにねぇ」
そう言って寝ている文官さん達を見るフィズの目は穏やかだ。
だけど、このまま床に寝かせておくわけにもいかないよね。
「う~ん、このまま放置するのもあれだし、この人達は仮眠室に運んじゃうね―――リュカオンが」
「なに? ……まあいいだろう」
一瞬、右眉をクイッと上げて反応したリュカオンだけど、すぐに了承してくれた。
うんうん、私じゃあ非力すぎて運べないからね。精々持ち上げられるのは腕の一本くらいだ。
今日のフィズは本当に忙しそうで、私に構っている余裕もなさそう。文官さん達を運ぶ時間も惜しいに違いない。それに、さっきの話を聞く限りフィズに運んでもらったって聞いたらめちゃめちゃ責任を感じそうだしね。
申し訳程度にかけられているブランケットは、きっとフィズの気持ちだろう。
「リュカオン、頼んだよ」
「うむ」
リュカオンは自分の背中に文官さんを一人乗せると、そのまま仮眠室へと運んでいく。私は扉を開け閉めする係だ。
にしても、神獣であるリュカオンに運ばれたって聞いたら、それはそれで仰天しそうだな。今度は寝るんじゃなくて恐れ多くて失神するかもしれない。……さすがにそれは大袈裟か。
だけど、この国の人はリュカオン大好きっ子が多いから、あながちないとも言い切れないところがある。
最後の一人を仮眠室のベッドに寝かせる。
運んでるのに全然起きなかったね。それだけ疲れているんだろう。
「お疲れ様」
寝ている文官さん達に声を掛けると、全員がにへらぁ、と緩んだ顔になった。
「……寝ているのに器用な奴らだのう」
「気持ちよさそうに寝てるね」
全員を運び終えた私達は、そのままひっそりと帰宅した。
フィズは本当に忙しそうだったからね。私が手伝えることもなさそうだったし、邪魔をしないのが吉だ。
差し入れも渡したし、さっさと帰宅しますよ。
リュカオンに跨り、てってこてってこと離宮に戻る。
すると、私達と丁度同じタイミングで離宮に戻ってきた人物がいた。
「あ、ノクス」
「シャノン様。お疲れさまです」
ペコリと一礼するノクス。
「ノクス、お買い物してきたの? 荷物がいっぱいだね」
「はい、必要なものを……買い足してきました」
「そうなんだね。……ねぇノクス、街って楽しい?」
私の質問に、ノクスは考え込むように首を傾げる。
「楽しい……? みんな笑ってるから、街は楽しい場所なんだと、思います……?」
「シャノン、聞く相手を間違ってないか?」
ちょっと思った。
ノクスってば、あんまり感情の起伏がなさそうだから、街に行ってもあまり楽しいとは感じないのかもしれない。じゃあこんな頻繁に何をしに行ってるんだろうと思わなくもないけど、そこはプライベートだから踏み込まないでおく。
私ってば、いい主人だなぁ。
腕を組んでうんうんと頷いていると、リュカオンに呆れた視線を向けられた。
「どうせ心の中で自画自賛でもしておったのだろう」
「さっすがリュカオン、以心伝心だね!」
むぎゅ~っとリュカオンに抱き着く。
あ、ふわふわ。
「―――あ、そうだ、シャノン様にお土産あります」
「え? お土産? なになに!?」
なんだそのワクワクする単語。
そしてノクスは持っていた大きなバッグを床に置き、私のお土産を探す。
なんだろなんだろ。
ソワソワとしながらノクスがお土産を取り出すのを待つ。そんな私を見て、リュカオンが少し噴き出した。
「フッ、エサを待つ犬のようだな」
「心境的には変わらないかも」
「―――あ、ありました」
お土産を探すためにしゃがんでいたノクスが立ち上がる。その瞬間、ふわりと甘い匂いが私の鼻孔を擽った。
なんだろう……香水みたいな匂い……。
スンスンと匂いを嗅ぐけど、その匂いはもう香ってこなかった。大分薄かったしね。
ノクス、香水なんかつけるんだ。おしゃれさんだ。
なんか、意外……。
お出かけ好きなことといい、ノクスは結構趣味嗜好が予想できないから、未知の生物を見ているみたいな面白さがある。
「どうぞ、シャノン様」
「わぁ、ありがと―――」
差し出した私の手のひらの上にポンッと乗せられたのは、への字に曲がった二本の金属の棒―――ダウジングだった。
「……」
「探しものを見つける時とかに、使うらしいです。……おもしろそうだから、シャノン様にあげたくて」
「あ、ありがとうノクス!」
私と同じ感性の人がここにいたよ……。
「……シャノン様、嬉しくないです……?」
「え!? すっごく嬉しいよ! ありがとう!!」
お礼を言うと、ノクスは嬉しそうに薄っすらと微笑みを浮かべてくれた。
二度と使うことはないと思ったけど、せっかくノクスがくれたんだからもう少し使ってみようかな。
そう思い、私は新品のダウジングをありがたく受け取った。