【102】さすがおじ様! すごいおじ様! 世界一!
せっせこせっせことフィズのお手伝いをする。
アダムがいない穴は、それはもう大きく、その穴を埋めるために私はちょこまかと動き回った。
いつも飄々とした顔をしているアダムだけど、その仕事量は凄まじかったのだ。
アダムってばあんな涼しい顔でこんな仕事量をこなしてたんだ……。尊敬だ。
終わった書類を運びながらそんなことを考える。すると、部屋の中央の机からうっとりとした声が聞こえてきた。
「小人さんが仕事を手伝ってくれるなんておとぎ話みたいだなぁ。ずっと眺めてられるよ」
「小人と言うほどシャノンは小さくないだろ。シャノンを眺めてないで手を動か―――動いてるな……」
ニコニコ顔で私のことを見詰めつつもシャカシャカと手を動かすフィズを見て、リュカオンがうわぁ……という顔をしている。
相変わらずの超人っぷりだね。
剣の腕も限界突破してるのに執務もできちゃうのか。私の旦那様はすごい人だ。
「こんな小っちゃくてかわいいのに頭がいいなんて、天は姫に何物与えたんだろうね。幸せを運ぶ妖精って呼ばれるのも頷けるよ」
「……」
嬉しいけど、フィズみたいな完璧超人に褒められると面映ゆい。
だけど、褒められて嬉しいものは嬉しいのでリュカオンの毛に顔を埋めておいた。
「おや? どうしたの? 体調でも悪い?」
フィズはすぐ様席から立つと、猫の子のように脇に手を差し込んで私を持ち上げた。そして、私の顔をジッと観察する。
「顔色は普段と変わらないね。子ども体温だけど、熱が出ているわけではないし……やっぱり連日のお手伝いで疲れちゃった?」
「ううん、大丈夫。具合は悪くないよ。フィズに褒められて嬉しくなったからリュカオンに抱き着いただけ」
「なにそれかわいい」
ぬいぐるみよろしく、フィズにギュ~っと抱きしめられる。
そんな私達を、リュカオンは半眼で見上げていた。
「……お前達、仲が良いのはいいことだがまた書類の山が運ばれてきておるぞ」
「え~」
フィズは不満そうな顔をすると、私を下ろして書類の山を受け取りにいった。
この人手不足の状況を打開すべく、その日の夜、私は離宮を出た。ある人に知恵を借りるためだ。
と言っても私の交友関係は限られているし、私が頼る人というのは簡単に予想できるだろう。
そう、私が向かった先は、神聖図書館にいるおじ様のところだ。
なんてったって教皇様だし、知識が集結されている図書館の主だ。きっとこの状況に対する解決策にも知恵を貸してくれることだろう。
と、いうことで私はリュカオンと一緒に神聖図書館へと転移した。
「お、シャノンちゃんいらっしゃい。神獣様も」
私達の姿を認めたおじ様は、柔和な笑みを浮かべて私達を迎えてくれた。
前回来た時から少し時間が空いちゃったかな?
「いつもよりも少し遅い時間ですね。大丈夫? 眠たくないですか?」
「うん、大丈夫です」
「そうですか、最近王城の手伝いをしているらしいから、疲れがたまってないか心配です。今日は皇帝のお手伝いもしてたんですよね?」
「はい」
……おじ様、耳が早くない?
一応王城の中の出来事なのに、どうして把握してるんだろう。……まあ、教皇様だしね、知ってても不思議はない……のかな?
「夕飯はもう食べましたか?」
「まだ食べてないです」
「それは大変だ。でも離宮でも用意してくれているでしょうから、軽食を用意しましょう」
「ありがとうございます、おじ様」
軽食を用意しよう、と言ったけど案内された部屋には既にスコーンとお茶が用意されていた。まるで私が来ることを予知していたような準備のよさだ。
……まあ、突っ込まないでおこう。
「さあ、話は食べながらしましょうね」
おじ様に促され、私とリュカオンはソファーに腰かける。
そして、早速おじ様が用意してくれたスコーンを口にすると、そのおいしさに私は目を見開いた。
「ん! おいしい!! リュカオンも食べて」
このおいしさをリュカオンと分かち合おうと、スコーンを切り分けてリュカオンにも食べさせてあげた。スコーンを口に入れた瞬間、リュカオンの耳がピンと立つ。
「うまいな」
「でしょ」
ふふふ、と笑っていると、視界の端でおじ様が目頭を押さえているのが目に入った。
「おじ様……? どうしたんです?」
「いえ、美味しいものを神獣様と分け合うシャノンちゃんがいい子すぎて目から汗が……」
おじ様は乱暴に目元を拭うと、すぐにいつもの柔和な笑みを浮かべた。
「実はそのスコーン僕の手作りなので、喜んでもらえて嬉しいです」
「え!? おじ様の手作りなんですか!?」
すごい、プロ級だ。絶対お店出せるよ。
教皇様の手作りスコーンのお店……すごい儲かりそう……。
もきゅもきゅとスコーンを食べながらそんなゲスいことを考える。
「シャノン、口に食べカスがついてるぞ」
「ん? どこ」
「取ってやる」
どうやらスコーンの食べカスがついていたらしく、リュカオンが尻尾で払ってくれた。ふわふわ。
―――って、お腹いっぱいになって和んでる場合じゃなかった!
本来の目的を思い出してハッとする。
「おじ様、今日はおじ様の知恵を借りたくて来たんです」
「はい」
おじ様は訳知り顔で頷くと、隣の部屋へと繋がる扉を開いた。扉が開いた瞬間、植物の匂いが私の鼻孔を擽る。
私よりも鼻のいいリュカオンはより強く匂いを感じたのだろう、扉が開くのと同時に顔を顰めていた。
「草の匂いがすごいな」
「草の匂いって……まあそうなんですけどね」
リュカオンの言葉におじ様が苦笑いする。
「おじ様、観葉植物でも育て始めたんですか?」
「いえ、これはちょっとした実験をしていまして。僕の予想が正しければ、シャノンちゃんの悩みはここにある植物達が解決してくれると思うんですよ。最近、王城の方々が原因不明の体調不良になってしまうという相談で来てくれたんでしょう?」
「当たりです。おじ様は何でもお見通しですね」
「ふふ、年の功ですよ」
おじ様に促され、私達は隣の部屋に移動した。
「わぁ……!」
部屋の中は、植物で埋め尽くされていた。
机の上も床も、どこもかしこも様々な植物が置かれている。中にはケースの中に葉が区分けされているものや、瓶の中に液体と一緒に入っているものもあった。
「おじ様、これは……?」
「僕の予想が正しければ、王城の皆さんの症状には植物の匂いが効くはずなんです」
「植物の、匂い……?」
というか、おじ様の考えているあの体調不良の原因ってなんなんだろう。チラリと顔を窺ってみるけど、今聞いても教えてくれなさそうな雰囲気だなぁ。
「いろんな文献を探してみた結果、ミントが効きそうかなぁと思ったので―――はい」
「……はい?」
おじ様に布でできた小袋を手渡された。
中からカサカサと音がする。どうやら乾燥した葉っぱが入っているらしい。
そして、小袋からは何やらスーッとした匂いを感じた。
「これはなんです?」
「ミントの葉を乾燥させたものを砕いて袋に入れたサシェです。試しに今日体調を崩したアダム君に持って行ってみてください」
「分かりました」
とは言ったものの……これ、本当に効くのかなぁ?
おじ様のことは疑いたくないけど、シャノンちゃんはちょっぴり懐疑的だ。
ただ、まあやってみてマイナスになることはないもんね。おじ様が一生懸命考えてくれたんだから、きっとこれが効くんだろう!
「おじ様、早速アダムのところに持って行ってみようと思います!」
「はい」
「……あ、おじ様、袋の紐のところにこれを付けてもいいです?」
「ん? ええ、もちろん構いませんよ。これはヒイラギですね」
シンプルな小袋では味気ないなと思った私の目に入ったのは、ギザギザの葉に小さな赤い実をつけたヒイラギだった。
それを袋の口を縛っていた紐に括りつける。
うん、かわいくなった。
善は急げだ。私達はおじ様にお礼を言って神聖図書館を後にし、すぐにアダムの部屋へと向かった。
―――なぜかフィズも一緒に。
城にあるアダムの部屋の場所を聞いただけなのに、フィズまでついてきてしまったのだ。
「フィズは休んでくれてよかったのに」
「俺も心配だからね。ついでにアダムに食べ物の差し入れをしようと思って」
外はもう暗く、王城の廊下にもほとんど人はいない。昼間はあんなに賑わっているのに、なんだか不思議な気分だ。
ちょっぴりワクワクする。
そんなことを考えて口元をもにもにとさせる私を見るリュカオンは呆れ顔だ。
「―――アダム、見舞いに来てあげたよ」
フィズがアダムの部屋の扉をノックする。
「……出てこないね」
だけど、部屋の中からの返事はなかった。
「寝てるのかな?」
「だろうねぇ。仕方ない、勝手に入るか」
そこは引き返すんじゃないんだ。
フィズは懐から鍵を取り出すと、アダムの部屋の鍵穴に差し込んだ。合鍵かな?
そして、私達はアダムの部屋の中に足を踏み入れる。
おお、結構広い。普通にいい部屋だ。
アダムの部屋はリュカオンとちょっとした鬼ごっこができるくらい広いし、家具も充実していた。
部屋の奥にあるベッドに横になっているアダムは、予想通り眠っている。ただ、うなされているし、夢見は大分悪そうだ。
とりあえず来てみたはいいけど、おじ様がくれたこのサシェはどうすればいいんだろう……。とりあえず匂いをかがせてみればいいのかな……?
うなされているアダムの鼻に小袋を押し付けてみる。
「乱暴だな……」
「思い切りのいい姫もかわいいね」
「皇帝お前、シャノンの行動を全て肯定するのは止めたらどうだ……?」
「お嫁さんの尻には敷かれるタイプなんでね」
「どの口が言っておる」
リュカオンとフィズが言い合いをしてると、アダムが呻き声を上げ、目を覚ました。
「……うっ……あれ? 天使が見える。俺、死んじゃった?」
「お前の前にいるのは確かに天使だけど、残念ながらここは天国ではないよ。……思ったよりは元気そうだね、アダム」
「はい、ずっと体が重苦しかったんですけど、今急に楽になりました」
そう言ってアダムが体を起こす。
「もしかして、シャノン様が俺の鼻に押し付けてくれたこれのおかげですかね……?」
いまいち信じ切れないのか、アダムも首を傾げながらミントの入った小袋を見詰める。
言っちゃ悪いけど、こんなもので劇的に回復するなんて……、という思いなんだろう。私もびっくりだよ。
というか、おじ様、すごい……!
その日はもう遅かったので、私は離宮に帰された。
だけど、その後アダムにあげたサシェを他の人にも試した結果、みんなアダムと同じように回復したらしい。
翌朝にその報告を聞いた私は、もう一度おじ様に会いに行った。
「おじ様、おじ様はすごいです! とっても物知り! 世界一!」
会うや否や、私はおじ様に飛び付いて思いの丈をぶつけた。
「えへへ、そんなに褒められると悪い気はしないですね」
「顔がデロデロだぞ教皇」
「シャノンちゃんにこんなキラキラした目で見られて顔が溶けない人がいますか」
よしよしと私の頭を撫でるおじ様。
微笑ましいものを見る目を私に向けるおじ様を見上げ、私は問いかける。
「おじ様、結局今回の原因はなんだったんですか? そろそろ教えてくれますか?」
「ふふ、ミントのサシェも無事に効いたようですし、教えてあげましょう」
そして、おじ様が内緒話をするように私に耳打ちをする。
「―――え!?」
その内容に目を真ん丸にした私を見て、おじ様は「驚いた子猫みたいでかわいい」と、微笑まし気に笑っていた。
 





