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【100】女神様が舞い降りなすった side 経理部の男 





 体調不良者が相次いで多忙を極めている経理室。そこに今日、女神様が舞い降りた。


 始めは疲れすぎて幻覚が見えているのかと思った。

 だって、くたびれてボロボロな男達の中に目を瞠るような美少女が突如現れたんだぞ? ついに天使がお迎えに来たのかと思うだろ。

 だけどそんなことを言ったらついに気が触れたと思われるだろうから、天使をチラチラと見つつも何も言わないでおいた。この人手不足の中、俺まで倒れるわけにはいかないからだ。その一心で、天使が出たぞ! と騒ぎたいのを堪えた。

 天使について誰も何も言わなかったのも、幻覚だと思った理由の一つだ。

 ただ、後から聞いたら俺以外の全員も同じ考えで黙っていたと言っていた。気が合うな。


 俺達の誤解が解けたのは、天使が部屋を訪れてすぐのことだった。

 天使用の椅子を持ってきた同僚が、天使に向けて「皇妃様!」と呼びかけたのだ。

 ふぇ? 皇妃様?

 使用人の間で王城に現れる妖精とか言われてる皇妃様?

 俺は平和記念式典には行かなかったから、今まで皇妃様のお顔を拝見したことはなかった。だから、侍女達がかわいいかわいいと騒いでいるのも半ば大袈裟だと思っていたんだ。

 だが、これは騒ぐわ。むしろよくあの程度で済んでたなと思うくらいだ。

 お顔を見ることが出来たらその日はいいことがあると囁かれるのも納得のかわいさ。だって皇妃様を見られたこと自体が『いいこと』だもん。

 皇妃様は神獣様と常にセットで行動されているらしいから、てっきり神獣様に会えるのがいいことだと思っていた。

 ごめんなさい。


 ―――って、いやいや、皇妃様と神獣様じゃん! 天使かと思った~とか言ってる場合じゃねぇ!!


 俺と同時に周りのやつらも気付いたのか、顔を青褪めさせて跪く。


「神獣様と皇妃様におかれましては……」

「仰々しい挨拶はよい」


 俺の挨拶は片足を上げた神獣様に遮られた。

 ほわぁ、神獣様は肉球まで神々しいんだなぁ。


 俺が呆けている間に、皇妃様はその小さい手で、固まっている部長から書類を奪った。そして、書類の束に目を通していく。

 あ、あれ一応部外者には見せられない書類―――いや、皇妃様に部外秘もなにもないか……。

 書類にさらっと目を通した皇妃様は、椅子を持ってきた奴のもとに小さな足を動かして歩み寄り、内容についていくつか尋ねる。俺の同期の奴は、少しどもりつつも皇妃様の質問に答えていった。

 いくつか質問をした皇妃様はコクリと一つ頷き―――


「―――うん、ありがとう。理解できた」


 今なんて?


 この短時間で理解できちゃったんですか?

 さすがに冗談ですよね? 皇妃様ジョークですよね?


 俺達が呆然としている間に、護衛の方が椅子を運び、皇妃様がその上にちょこんと腰かける。

 当然のように床に足が届いていないのが超絶キュートポイントだ。


 というか皇妃様、そんな端に行かなくていいんですよ! もっとド真ん中を陣取っていいんですよ!!


 だが、どうやら謙虚らしい皇妃様は空いていた机の最低限のスペースだけを使ってすぐさま作業をし始めた。

 そして、固まっている俺達を余所に、あっという間に一番上にあった書類を終わらせ、皇妃様を連れて来た俺の同期に見せる。


「これで大丈夫?」

「……か、完璧です……」

「ありがとう」


 うむうむと頷く皇妃様は小動物のようで愛らしい。


「じゃあこの調子でやっていくね。あと、みんな寝不足だろうから計算系は優先的に私に回してね! これでも計算は得意だから!!」


 やっぱり天使だったか。いや、女神かもしれない。

 みんな寝不足で計算の精度には不安があったから、正直それを請け負ってもらえるのは助かる。


「みんな私のことは気にしないで各自のお仕事に戻ってね!」


 皇妃様にそう言われ、俺達は自分達のデスクに戻った。


 正直、皇妃様に本当に仕事がこなせるのか、一抹の不安があったのは否めない。だが、一時間もしないうちにその不安は払拭されることとなる。


 ―――皇妃様の仕事は、まさに完璧と言い表す他なかった。


 精度もさることながら、そのスピードが尋常ではない。

 頭の中にある文章をただ文字に起こすがごとき速さで計算をこなすのだ。本当に計算をしているのか疑問に思うくらいのスピードだが、実際に打ち出されている数字は完璧だ。


 すげぇ。素直にすげぇ。


 それが王族の教育なのか、皇妃様の素質なのかは分からないが、どちらにせよ皇妃様が俺達にとって救世主だという事実に変わりはない。

 陛下もそうだが、皇族や王族の方々の傑物っぷりはどうなってるんだよって感じだよな。ほんと。


 休んでいる奴らの分の仕事は、皇妃様がどんどん消費してくれていった。神獣様はさり気なく皇妃様に回される書類の整理をしてくれるし、なんなら俺らのミスも見つけてくれる。

 どこに目がついてるんだ。さすが神獣様。

 そして、皇妃様の護衛の方は、俺達の手が回っていない雑用を率先してこなしてくれていた。

 ほんっとすみません! ありがとうございます!!


 本来なら皇妃様方をこき使うなどあってはならないことだが、今回は緊急事態ということで許してほしい。


 王城で働く人間だけが原因不明の症状で次々に休むなんて、紛れもなく異常事態だ。だが―――いや、だからこそ俺達が手を止めて業務を滞らせるわけにはいかない。

 俺達ができるのは、陛下が原因を突き止めてくれるまで耐えることだけだ。

 そう思ってはいたが、人手が足りなければ仕事は遅れるし、俺達の限界も近付いてきていた。


 だが、突如舞い降りて来た天使がその状況を打開してくれたのだ。


「これ終わったから次のちょうだ~い」

「はいっ!」

「シャノン、そろそろ皇帝と約束した門限の時間だぞ」

「おっと、そうだった。じゃあこの束が終わったら帰ろうか」


 すごい。皇妃様のおかげで仕事がグングン進む。

 もちろん皇妃様のこなす仕事量が半端じゃないおかげだが、皇妃様にいいとこを見せたくて俺達の仕事に力が入っているのも一因かもしれない。

 単純と言ってくれるな。俺達だってかわいい生物にはかっこいいと思われたいんだ。


「―――女神が舞い降りた……」


 そんな言葉が口をついて出てしまったのは無理もないだろう。

 皇妃様は、紛れもなく俺達の女神だからな!

 現に、俺の呟きにうんうん、と頷いているやつしかいない。


 そして、女神様は翌日も経理部に降り立ってくださった。しかも、ありがたいことに午前中から。


「今日はフィズと約束した門限の時間まではフルでできるよ! 昨日やったから何をするのかも大体分かってるし、遠慮しないでじゃんじゃん書類回してね!」


 むんっと可愛らしく胸を張って言い放つ皇妃様。

 ありがとうございますありがとうございます。

 心の中で百回は頭を下げた。




「―――部長さん、顔色が悪いよ。少し仮眠をとってきたら?」


 寝不足であからさまに血色が悪く、なんならふらついている部長に皇妃様が声を掛ける。


「い、いえっ、皇妃様が働かれているのに自分が休むわけにはっ……!」

「ふむぅ、じゃあ言い方を変えるね。顔色が悪いから休んできなさい。一時間仮眠をとってくるまで戻って来ることは許しません。ちょうど今、仕事の方もキリがいいでしょ? 能率を考えても一回寝た方がいいと思うの」


 「ふむぅ」ってなんだ。かわいすぎるだろう。

 あと、優しいが過ぎて俺ぁ目から涙がちょちょぎれそうだぞ。


「は、はいぃっ!!」


 直接優しいお言葉をかけられた部長も、目尻を若干光らせながら仮眠室へと走っていった。

 部長は人一倍頑張ってるからな、ゆっくり休んでくれよ。


 一時間して部長が戻って来ると、皇妃様は別の奴を仮眠室に向かわせた。そして、そいつが戻って来るとまた別のやつを向かわせる。

 どうにも、神獣様のご助言で疲れ具合が酷い奴を見分け、そいつから順に仮眠室に送っているようだ。

 しかも、皇妃様が二、三人分もの仕事を引き受けてくださっているおかげで仕事の遅延はない。


 ―――え? なに本当に神様なの? 現人神なの?


 俺も後半ではあるけど、一時間ぐっすり寝かせていただきました。頭すっきりで仕事がはかどります。ありがとうございます。




 この女神を経理部に連れてきてくれた同期には、落ち着いた頃にめっちゃいいメシを奢ろうと思う。


 今は時間がないのでとりあえず、女神様には直接できない代わりに拝んでおくことにした。



 ―――女神様を直接拝んでドン引きなんかされた日には、俺は年甲斐もなく号泣する自信があるからな。 












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<書籍2巻は2024/12/6発売です!>
お飾りの皇妃書影
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