【99】救世主シャノンちゃんです!
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一週間もすれば、ノクスの体調はほぼ全快した。体重以外はすっかり元通りだ。
いや、ノクス丈夫過ぎるでしょ。その健康さを少し分けてほしい。
虚弱なシャノンちゃんはそう思わずにはいられない。
狐とノクスはすっかり仲良しさんで、どこへ行くにも一緒にいる。というか、狐がノクスにべったりで離れない。
「狐ってば人見知りさんなのに、ノクスのどこがそんなに気に入ったの?」
ノクスの肩に乗っている狐に問いかける。
すると、狐は私を見下ろしてハッと鼻で笑った。そんなことも分からないのかと言いたげな表情だ。
このやろ~、なめくさりおって~!
「誰がノクスを連れてきてあげたと思ってるの――あうっ」
ペシッと、狐が前脚で私の顔を押さつけえた。大分手加減されているから、押さえつけたというよりはただ乗せたって感じだけど。
狐の肉球が私の眉間にピンポイントで当たる。
わぁ、ふにふに。
「コラ、狐様、皇妃様にそんなことしちゃダメ……」
「キュウ……」
ノクスに前脚を取られた狐は、つい先程までのふてぶてしい態度から一転、殊勝な様子になる。
どんだけノクスのこと好きなの。
ノクスに注意された狐は、大人しく前脚を引っ込めた。
そんなこんなで、なぜか狐がノクスに懐きまくっているからノクスを王城に返す予定が立てづらい。その話題が出る雰囲気を感じると、狐がとんでもなく威嚇するし。話題察知センサーでもついてるのか、別室にいても嗅ぎつけてくるんだよね。
「ゥ~グルッシャァ!!!」
そんなことを考えていると、狐に威嚇された。なんで考えてることまで分かるの。
「相変わらず特殊な威嚇だのう。こやつ本当に狐か?」
狐とは思えない唸り声にビビり散らかしている私とは対照的にリュカオンは呑気なものだ。優雅に毛繕いとかしちゃってる。
「のんきだなぁリュカオン」
「逆に、シャノンはどうしてそやつを王城に返したいのだ? このまま離宮に置けばよいだろうに」
「……王城よりもこっちで働きたい人なんかいないもん……」
拗ねるように唇を尖らせ、リュカオンの背中に顔を埋める。すると、リュカオンがおや、と私の方を見る気配がした。
「どうしてそう思うのだ?」
「……だって、離宮に来たって出世の見込みないし、仕える主だってちょっとかわいいだけの小娘だもん。きっと、そのうち嫌になって出て行きたくなるよ……」
「……はぁ、お前はまだあやつらのことを気にしているのか。あれらは使用人の風上にもおけぬやつらだ。もう気にするでない。それに、この少々珍妙な男が出世だのなんだのを気にするとは思えぬ」
珍妙な男て。絶妙に悪口じゃない?
ノクスは全く気にした様子はないけど。そんなノクスを見上げるリュカオン。
「なあ、そうであろう?」
「はい。出世とかは、別に……」
ほんとにどうでもよさそうだ。
「俺は……とにかく、自立しろって言われてるので……」
「ふむ」
「それに、狐様も皇妃様もかわいいので……むしろ、王城よりはこちらで働きたいです……」
「ほら、本人もこう言っているぞ」
「こやつはこういう場面で器用に嘘が吐けるタイプでもないだろう」とリュカオンが私の顔を見る。
「~~~っ採用!!」
「キュ~!!」
私が言い終わると同時に狐の嬉しそうな鳴き声が上がった。そして、狐は自分がとんでもない顔になるのも構わずノクスに頬ずりをしまくる。
グリングリンと頭を擦りつける度に変顔になるのが面白い。とってもぶちゃいくだ。
「キュッ、キュキュッ!!」
「狐様、よだれが……」
興奮でよだれを垂らす狐の口をノクスが拭いてやっている。
赤ちゃんか。
「皇妃様、狐様が……」
「シャノン」
「え?」
「ノクスはもう離宮の子だから、シャノンでいいよ」
すると、ノクスは少し目を見開き、ほんの少しだけ口を弧の形にした。
「―――はい、シャノン様」
「うむっ」
「狐様のよだれでベトベトなので、お風呂をいただいてもいいですか」
「……いいよ、いっといで」
今話している間も、狐ってばずっとノクスの顔を舐め回してたもんね。
一礼してお風呂に向かうノクスの背中に向かってフリフリと手を振って見送った。
狐も連行されていったから、多分一緒にお風呂だろうな。ルークがそろそろ狐をお風呂に入れてほしいとノクスに頼んでたし。狐は気付かずにごきげんでノクスにしがみついてたけど。
最近お風呂入ってなかったし、いい機会だね。
きれいになっておいで~。
***
ノクスというワンコ系癒し要員も正式に加入し、離宮では穏やかな時間が流れていた。
一方、王城はユベール家の騒動以来の忙しない雰囲気が漂っている。
というか、実際忙しいのだ。
短期間で急激に体調不良者が増加したらしく、騎士から文官まで、大抵の部署が人手不足でてんやわんや。その影響でフィズも多忙を極めている。アダム曰く、食事を摂る暇もない程だそうだ。「それでも一番元気なのは陛下ですけどね」とも言ってたけど。
いくらフィズの体が丈夫だと言えど、寝ない食べないではどんどん消耗していくだけだろう。
そこで私がとった行動といえば―――
「はい」
オルガ特製、栄養たっぷりハンバーガーをフィズの口元に持っていく。
「わぁ、ありがとう姫」
「私は全自動給餌機だから気にしないでいいの。フィズは私じゃなくて書類を見てて」
「……」
フィズは笑顔のまま固まり、ゆっくりと視線を書類へ戻した。
うむうむ。
そして私の差し出したハンバーガーを一口齧り、しっかりと飲み込んでから口を開く。
「ねぇアダム、世界一かわいい生物があーんをしてくれているのにそちらを見られないなんて一種の拷問じゃない?」
「その世界一かわいい生物が仕事しろって言ってるんですよ。頑張ってください」
お仕事しろとまでは言ってないけど、アダムの目がそういうことにしておいてくださいと如実に訴えている。
分かりました。シャノンちゃん、余計なことは言いませんよ。
ところで、そろそろ私の腕がプルプルしてきた。
私には、いいタイミングで食べ物を差し出すなんて器用な真似はできない。なので、先程からずっとハンバーガーを持った手を伸ばし続けているのだ。
好きな時に食べてください。
「……おい皇帝、そろそろシャノンの腕が限界だぞ」
「え!?」
状況把握の早いフィズは、余計なことは言わず物凄い勢いでハンバーガーを食べきってくれた。
口いっぱいにものを頬張るフィズの姿なんて滅多に見ない。その美貌は全然崩れないけど、ほっぺたが膨らんでいてちょっとかわいい。
フィズが食べ終わるのを見計らい、私は腕を下ろした。
そして、丁度フィズのほっぺたが萎むのと同時に部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」
アダムが迎え入れると、一人の男性が部屋に入ってきた。服装からして文官さんだろう。どこかくたびれていて、紺色の制服を着ているけれど若干着崩れている。
「陛下、また体調不良者が出ました」
「またか……」
「はい、今までの者達と同じく、熱も出ないのに耐えがたい倦怠感に襲われてとても仕事の出来る状態ではなくなる症状でした。原因追及に乗り出したいところですが、あまり人手を割けそうにありません」
「どこも人員が足りてないからねぇ。かと言ってまだ体調不良者の少ない侍女や下働きの者達を当てるわけにもいかないし……」
「はい、まだ逆ならよかったんですがね。経理などの部外秘の書類を扱う部署に臨時の者を入れるわけにはいきませんから」
深刻そうに話す二人。
ふむふむ、私が思っていた以上に猫の手も借りたい状況みたいだ。
よし、猫の手ならぬシャノンちゃんの手を貸してあげましょう。
「はい! 私がお手伝いをするよ!」
座っていた椅子からぴょこんと下り、ピンッと手を挙げた。
「え? こ、皇妃様……!? か、かわい―――ゴホン、皇妃様のお気持ちは嬉しいのですが、書類には機密事項が……いや、皇妃様には関係ありませんね」
「うんうん」
私ってば国の中枢も中枢だし。接する人間とか行く場所も限られてるから、むしろ機密を守るにはうってつけだ。
なんてったって皇妃だもん。
「で、ですが……」
「まあまあ、とりあえずやってみてから判断してほしいな。この問答の時間ももったいないし。フィズもいい?」
振り返って問い掛けると、フィズは眉間にシワを寄せた。
「……姫に負担がかかるのはちょっとねぇ……」
フィズはどうやら、私ができるかどうかではなく私の体調が気がかりなようだ。
「負担にならない範囲でやるから! 門限設定してもいいよ!」
「……………………分かった」
「結構悩んだね」
フィズに門限を決められ、私は早速経理部門の部屋の前に移動した。
「……その、皇妃様がお使いになるような椅子は置いていないので申し訳ないのですが……」
案内してくれた文官さんがおずおずと言う。
「なんでもいいよ。端っこのスペースをお借りします」
「では、別室に余っている椅子を持って参りますので少々お待ちください」
「うん、ありがとう」
お礼を言って扉に手をかる。
―――部屋の扉を開けると、そこは戦場だった。
「おい! さっき終わった書類の束どこいった!?」
「誰か侍女室と騎士団に行ってきてくれ~!!」
「手が離せないから無理だ!!」
「―――あ! さっき帰ったあいつのやってた書類がまだ途中だ! 誰か引き継げる奴いるか!?」
「「「「いません!!!」」」」
「だよな!!」
私はテコテコと部屋の中に入っていき、みんなに呼びかけている男性の元に歩み寄った。そして、その手の中にある書類を覗き込む。
「ふむ」
これは……私が前にメリアに押し付けられてやっていたのとそこまで変わらなそう。
そう判断したタイミングで、先程の文官さんが別室から椅子を持って現れた。
「皇妃様! 椅子をお持ちしました!」
「「「皇妃様!?」」」
その呼びかけに一同がギョッとする。
「……疲れすぎてついに天使が見えるようになったのかと思ってた……」
「俺は妖精かと……」
部屋に入っても何も言われないと思ったら……。
どうやらみんな相当お疲れみたいだ。
一緒にいるリュカオンにも気付いて仰々しい挨拶をしようとし始めたけど、それはリュカオンが「よい」と止めた。
茫然としている男性から書類の束を奪い、椅子を持ってきてくれた文官さんの方へ歩み寄る。
そして、書類に記載する内容をさらっと教えてもらった。
「―――うん、ありがとう。理解できた」
「は、はい……!」
護衛でついてきていたオーウェンに部屋の端っこの、使われていない机の前まで椅子を持ってきてもらう。そしてちゃちゃっと一枚目を済ませ、ここまで案内をしてくれた文官さんに見せる。
「これで大丈夫?」
「……か、完璧です……」
「ありがとう」
うむうむ、いけそうだ。
「じゃあこの調子でやっていくね。あと、みんな寝不足だろうから計算系は優先的に私に回してね! これでも計算は得意だから!!」
それだけ言い、後は各自の仕事に戻ってもらった。
私が本当に仕事ができるのか、半信半疑だった面々も、一時間もすればじゃんじゃん書類を回してくるようになった。
一緒に来たリュカオンは私のサポートをしてくれているし、護衛のオーウェンは私から離れるわけにはいかないので、室内の細々とした雑用を手伝ってくれている。
私達が来たことで、多少なりとも仕事の円滑さが戻ったようだ。
うんうん、ちょっとでも役に立ててなによりだ。
「―――女神が舞い降りた……」
私が書類の山を処理し終えた頃、誰かがボソリと零した。その呟きに、全員がうんうんと首を振る。
やっぱり、みんな疲れてるんだね……。