【10】結婚式の夜にあったこと
結婚式の日の夜。シャノンを寝かしつけたリュカオンはカタンという音を聞いて耳をピンと立てた。
音のした方を見ると、一人の人物がシャノンの部屋の大きな窓から室内に侵入してくるところだった。
だが、リュカオンは特に警戒もせず、ベッドの上のシャノンから離れない。
なぜなら、侵入してきた人物は先程シャノンと婚姻を結んだ皇帝陛下本人だったからだ。
吹雪をバックにして目の覚めるような美青年が部屋の中に入って来る。
冷気を気にしてか、部屋の中に入るとすぐに窓は閉められた。
「……何の用だ不義理夫」
「おっと、これは手厳しい。さっきあまりにも体調が悪そうだったからね、心配して様子を見にきたんだよ」
「この宮に送りもしなかった奴が何を言う」
「それは本当に申し訳ない。だけど俺も立場上、現段階では姫の味方をすることは難しいんだよ。まだ代替わりしたばかりだし、色々と難しい立場なんだ」
皇帝のその言葉をリュカオンは鼻で笑った。
「ハッ、この子よりも厳しい立場なものか。第一、その容姿ならば人気集めは容易いだろう」
結婚式の間、リュカオンは様々な方法で情報収集をしていた。結果、シャノンがなぜ帝国民にあそこまでの反感を買うか、あたりをつけられるまでになっていた。
リュカオンが言った容姿とは、皇帝の整い過ぎている顔立ちも指しているが、その色のことも言っている。
「はは、古代神聖王国の民と少し色が似てるくらいじゃあ皇帝としての立場は安定しないよ、神獣様」
「……そなたは信じるのだな」
「うん、完全に勘としか言えないけどね」
「そなたにもほんの少しだけ神聖王国の血が流れているようだから、そのせいだろう。ほんとうに少しだけだが」
「なるほどね」
皇帝は少しだけ考え込むような素振りを見せたが、苦しそうなシャノンの顔を見てそちらに近付いて行く。
「かなり苦しそうだね。可哀想に。でも苦しそうにしててもこんなかわいいのすごいね。あ~、ウエディングドレス姿かわいかっただろうな。あんなカーテン着けてちゃなんも分かんなかったし」
「おいロリコン、あれはお前の指示ではないのか?」
「俺まだ二十歳よ? 六歳差はロリコンじゃないでしょ。あと流石に十四歳の子は恋愛対象に見られないし。それと、たしかにあれは俺の指示だけど、あそこまで何も見えなくなるとは思ってなかったよ。不特定多数に顔を知られない方が自由に動きやすいと思ったんだけど……」
少し予想と違う形になったようだ。ただ、顔を知られないという目的は完璧に成し遂げられていた。
シャノンからは全く見えなかったが、一応は一般国民からも見える形で結婚式は行われたのだ。
「自由にしていいのだな?」
「行方不明になったりするのは困るけどね」
「使用人達からは不穏な気配がするが、物資などが届かないなどということはないようにしてくれ。死にかけても民のためにここへ急いだこの子が飢えるなどあってはならん」
そう言ってリュカオンは何もない空間からシャノンが着ていた血塗れのドレスを取り出し、皇帝へ見せた。
それを見た皇帝の顔が一瞬にして真面目なものへと変わる。十四歳の少女には重い体験を皇帝も悟ったのだろう。
「―――心得た」
皇帝の変わりように驚き、リュカオンが瞬きを一つする。すると、皇帝の表情は先程までと同じ、本心を感じさせない微笑みへと戻っていた。
「にしても、姫は本当に愛らしい顔をしてるね。これはウラノスの王も姫をひた隠しにするわけだ」
シャノンが隠されていたのはそんな理由ではないと察しているはずだが、そんなことを宣う皇帝。
「でも、こんなに苦しんでるのは可哀想だね。治してあげればいいのに」
「あ、コラ!」
リュカオンが止める前に皇帝は魔法を発動させてしまった。
途端にシャノンの呼吸が穏やかになる。
「なに? 何かまずかったの?」
「はぁ、風邪のような体調不良は魔法を使わずに回復させるのが鉄則だ。魔法に頼りすぎるとさらに体が弱くなるからな。知らなかったのか?」
「知らなかった。俺は滅多に体調崩さないからなぁ。これはまずい?」
「一度くらいならそこまで変わらぬだろう。シャノンも楽そうになったし」
リュカオンは尻尾の先でシャノンの頬をスルリと撫でた。
リュカオンの言葉に皇帝が明らかにホッとする。
「よかったよかった」
「……この子に死なれると何か困ることでもあるのか? 皇帝であるそなたなら妻だって何人も娶りたい放題だろうに」
「はぁ、神獣様は冷たいね。こんなかわいい子が儚くなっちゃったら誰だって悲しむでしょう。あと、うちは皇帝でも一夫一妻制だから。妻は一人いれば十分だよ。……おっと、そろそろ戻らないと」
話している途中、皇帝が時計を見てそう言った。
「神獣様、今日俺がここに来たことは姫に内緒ね? 姫には王城内をもっときれいにしてから会いに来るから」
「……分かった」
「神獣様ともっと話したかったけど時間がきちゃった。ほんとはもっと色々聞きたかったのに。どうして神聖王国は滅んだのか、とかね?」
「……」
リュカオンがジトリと皇帝を睨むと、皇帝は笑いながら窓の方に向かっていった。
「じゃあ、また」
そう言って窓の隙間からスルリと出て行った皇帝は、どこからか駆けつけた白虎に飛び乗って去って行った。あの白虎が皇帝の契約している聖獣なのだろう。
皇帝が出ていった後、リュカオンはぽつりと呟いた。
「……いささか変わった奴だったな」





