【1】あっさりと結婚が決まった
その日、帝国の上層部は混乱に包まれた。
なにせ、皇帝の妃になるはずの深窓の姫君、シャノン・ウラノスがたった一人で現れたのだ。雪が降る中、銀色の狼に乗って。しかも、血まみれのボロボロの格好で。
偽物かとも思われたが、持っていた通行証と手紙、そして姫君が首から掛けていたペンダントが紛れもなく姫君本人だということを示していた。
「こんにちは。ちょっと途中でアクシデントはありましたけど、私、お飾りの皇妃になるためにはるばる参りました!」
そう、笑顔で言い放つ姫君を見てその場にいた者達は波乱の予感を覚えた。
***
時は一週間ほど前にさかのぼる。
―――女の子なら誰もが一度は憧れるであろう結婚。
もちろん私も憧れていた。
だけど、十四歳の冬、私の知らないところでいつの間にか私の結婚が決まっていた。
ペットの犬猫を譲り渡すがごとく、あっさりと私の結婚は決まった。
「いやすぎる」
まだまともな恋もしたことがない私は、その報告を聞くや否や泣き暮らした。
十四歳ともなれば恋の一つや二つしていてもいいと思うが、私を取り巻く環境は少々特殊で、恋なんかできる状況ではなかった。
早逝した両親が少々特殊な恋愛をしたらしく、現国王の妹の娘である私は王国内でも微妙な立場にある。だけど、両親や私の祖父母との関係で私の血統は大層優れているらしく、何かあった時のために離宮でひっそりと、大切に育てられていた。
そして、どうやらその何かがあったようなのだ。
私達が暮らしている大陸では、この国と私が嫁がされる帝国が二大強国として君臨している。まあ、同じような強さの国があればお互い目ざわりなわけで、ここ最近までこの二国間は冷戦状態にあった。ついこの間終結したんだけどね。
途中で向こうの皇帝が代替わりしたんだけど、その人がかなり有能だったらしく、我が国は少し不利な立場で和平条約を結ぶことになったらしい。それで和平の証に秘蔵っ子とも言える私を差し出すことになったと。
私に求められているのは両国間の繋がりだけだ。なので、皇妃としての仕事や後継ぎを残すことは求められていない。後継ぎはもう皇帝の兄の子に決まっているようだし。
つまり、私はお飾りの皇妃というわけだ。
とんだとばっちりだと思う。この国の国王である伯父にだって年に一度くらいしか会ってないのに。
私がこの離宮から出る機会なんてほとんどないから国民の顔だって知らない。いくら王族の端くれだからって、国のために知らん男に嫁げと言われてはいそうですかとはならないでしょ。しかも元敵国。
幸いなのは代替わりしたばかりで皇帝がまだ若いってことだけ。本当にそれ以外いいことはないと思う。
泣き暮らす私にお世話をしてくれている侍女達は同情してくれるけど、国同士の決定に異議を唱えるなんてできる筈もなく。
私がアルティミア帝国に向けて旅立ったのはそれから一週間後のことだった。
冬ということもあって外に出ると雪が降っている。
雪は好きだけど、今は気分が上がらない。ただただ寒いだけだ。
足元の悪い今じゃなくて春になってから帝国に向かえばいいと思うんだけど、そんな悠長にはしていられないらしい。
長年お世話をしてくれた離宮の侍女達に抱きつき、これまでのお礼とお別れを言う。向こうの国にこちらからの侍女を連れて行くことはできなかった。私が乗る馬車を取り囲んでいる聖獣騎士達も向こうに着けば私だけを置いてこの国に帰って来る。
向こうの国に着けば私は独りぼっちだ。
もう涙は枯れたけど、なんだか無性に寂しかった。
「姫様」
「うん」
聖獣騎士に促されて私は馬車に乗り込んだ。
聖獣騎士とは、文字通り聖獣と契約している騎士のことだ。聖獣と契約すると、契約した聖獣のランクに応じた魔法が新たに使えるようになる。
我が国の王族はみんな聖獣と契約している。していないのは私だけだ。
なんでだろう。聖獣に嫌われている感じはしないんだけど、なぜかみんな契約はしてくれないのだ。契約しようと言うと、いやいやそんなそんな、みたいな微妙な反応をされる。
そして、聖獣と対極的な存在として魔獣がいる。魔獣は聖獣のような力を持つけれど理性のない獣だ。聖獣はちゃんと理性がある。
人を見れば必ず襲ってくるわけではないけど、空腹だったり怒っていたりすると襲い掛かって来るので注意が必要だ。
この騎士達は帝国までの道中、魔獣が出た時に私を守る役割を担っているのだ。
古代神聖王国には聖獣とも魔獣とも違う神獣というのがいたらしいけど、実態はよく分かっていない。なんたって大昔に滅んじゃった国だから。
そんなことを考えていると、馬車の外から声を掛けられた。
「姫様、出発します」
「うん、お願いね」
「はっ!」
そうして、私を乗せた馬車は冷たい雪が降る中、帝国に向けて走り出した。