6 ますます好かれてしまった
「好きです、デレー」
「結婚してはくれませんか」
「どうです、気持ちは変わりましたか?」
何度言われても変わるはずがない。
私はその問いを投げかけられる度、首を振って見せていた。それでも『沼の貴公子』は諦め悪く、私に迫って来る。
どうやったら彼に嫌ってもらうことができるのだろう?
彼は私をどうしても嫌ってくれない。それどころか、ますます悪化の一途を辿っている。
「そのツンツンした態度、悪くありませんねぇ」
私を見つめ、マーシュ様は小さく笑う。
これでは先に私の心が折れてしまう、そう思った。彼のことを底なし沼のようだと形容したことはあるが、本当にその通りなのではないかと思えて来る。
どうやって抜け出せばいいのか。私は頭を悩ませたものの結局答えは出ない。
私とマーシュ様が出会った夜にご婚約なさった皇太子殿下たちが、まもなく結婚すると聞いた。
彼らはとても幸せそうだという。きっとお互いを好き合っているのだろう。
でも私はとてもじゃないが『沼の貴公子』だなんて愛せっこないのだ。
社交界の華の私には到底似合わないダサい男。身分だけは高いがやる気もなく、だらしない。
どこを見たっていいところが一つもないではないか……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんな風にして数日が経ったある日のこと。
私はふと、だんまりのままニヤニヤしているマーシュ様に訊いてみた。
「マーシュ様は私のような女の、どこに惚れたというのです」
「どこに惚れたって…………」
マーシュ様は押し黙ってしまった。
いつもあれだけ愛を囁いているのに、いざこういう時になったら黙り込むだなんて卑怯だと腹が立つ。
「なら、私を愛しているというのも嘘なのですね? なら、早速婚約解消いたしましょう」
「いいや、そういうわけじゃ。気を悪くさせたようですみません。……そうだ、お詫びに今度、沼巡りに連れて行って差し上げますよ」
私はその言葉を聞いて目を見開いた。
冗談じゃない。そんなことでお詫びのつもりなら、とんだ迷惑だった。
「嫌です」
「沼、お嫌いですか?」
「ええ。大嫌いに決まっておりますわ」
……そうやって強固な意志を示し、なんなら睨みつけてやった。
なのに、『沼の貴公子』は少しも怯むことなく、むしろ沼の魅力を語り出したのだ。
「沼の中には色々な生物がおりまして。例えば……」
力説はしばらく続いた。
そしてその結果、私はわけがわからないうちに彼に押し切られ、沼巡りの同行が決まってしまったのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マーシュ様の熱い視線を受け、思わず頷いてしまった自分を私は後悔していた。
これでは嫌われるどころか、ますます好かれてしまっている。嫌われようという努力は全て裏目に出て、マーシュ様を楽しませているような気がした。
「なら私はどうすればいいというのよ……!」
私は頭を抱えつつ、涙を堪えて呟いた。
沼巡りの日。その日に決着をつけなければ、きっと『沼の貴公子』の妻にされてしまう。
『沼の貴婦人』だなんて呼ばれたらどうしようと思った。私は社交界の華、沼に沈むわけにはいかないのよ。
もう時間がない。急がなければ――。
そうして私は早速、『沼の貴公子』の元へ足を向けたのだった。