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4 憂鬱の日々

「マーシュ様とはどうも気が合わないわ……」


 私ははぁとため息を漏らし、ディンガ侯爵邸を後にしていた。

 先ほどまでマーシュ様とお茶会をしていたところだ。本当なら婚約者との楽しいティータイム……のはずなのだが。


 会話は続かないわ、相手の身だしなみの不潔さに気分が悪くなるわ。

 本当にマーシュ様は自分の格好が女性と相対する時にふさわしいものだと思っているのだろうか? とてもではないが侯爵家の跡取り息子としての自覚が見えない。

 まさに『沼の貴公子』だ。


 気まずい沈黙の茶会の中、しかし彼は何気に留まっていてほしいというアピールを繰り返して私を戸惑わせる。まるで底なし沼にハマっていくようだと思った。

 そうして一時間ほどの茶会をなんとか終え、今帰っている途中なのである。


「私の婚約者があんな方だなんて、不名誉だわ……」


 宰相の息子といえど、全く貴族らしくない。

 それは社交界の華である私に相応しくないし、第一、会話が続かない相手とどうして結婚する気になどなれるだろう。

 せめて違いに政略結婚と思っているのならまだしも、相手はこちらを好色の視線で見てくるのだ。とても気持ちのいいものとは言えなかった。


「でも一度婚約を結んでしまった以上、別れるのは難しいのよね……。『君が僕を愛するまで、僕は待ち続けますよ』だなんて言っていたけど、それを待っていたら老婆になってしまうというものだわ」


 『沼の貴公子』など誰が好きになるというのだろう? 貴族の中では彼は鼻つまみもので、令嬢が今まで誰一人として婚約話を持ちかけなかったというのに。

 ……ああ、一度男爵令嬢か何かが資金目当てで近づいたことがあるらしいが、彼のあまりの品のなさに逃げていったとのことだ。


「私、これからどうやってあの男と仲を深めていけば良いのでしょう。憂鬱だわ」


 私は何度目になるかわからないため息を吐き、項垂れるのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そんな憂鬱な日々を過ごすことしばらく。

 一応、身だしなみを整えさせようとしたり、彼が好きな話題を聞き出して話を合わせようとしてみたものの、全然何の意味もなかった。


「だって……沼巡りだなんて何よそれ……常識はずれにも程があるでしょうに……!」


 どうして彼がわざわざ『沼の貴公子』と呼ばれたがっているのかがわかった。

 その不名誉な呼び名は、ただ単に彼の佇まいを表したものではなかったのだ。彼は各地の沼という沼を巡り、その中の生物の生態やら何やらの研究をしていたのである。

 それを初めて聞かされた時、私は何かの聞き間違いだと思ったし、そうであってほしかった。


 田舎の別荘を好んているのも、そこが湿地帯だかららしい。

 現在は「デレーに会うため」と言って侯爵邸に滞在しているが、基本は沼に囲まれた別荘を住処にしている……らしい。結婚したらそこへ連れて行かれるのだと思うとゾッとした。


 家柄はいい。だが、その点以外において、どう考えてもマーシュ様はクズだ。

 そう思った私はなんとしても彼の結婚を阻止しなければと思った。いくら彼が望んでいようがこちらは願い下げである。


 『沼の貴公子』にお呼ばれする日以外は積極的に女友達に会い、相談をして回った。

 彼女らは私の味方。彼の話をすれば「お可哀想に」と同情を向け、親しい令嬢は彼と別れる方法を一緒に考えてくれたりした。


 そして出た結論は、向こうの好感度を下げて円満な婚約解消をするのが望ましいということ。

 父である公爵が政略結婚と捉えている以上、私が「嫌」と言っても強行手段を取られるだろう。だが相手の令息が嫌がり、なおかつこちらもそれを受け入れたとしたらどうする。

 解消するしかなくなるのは当然のことだろう。


「うん、確かにそれが一番ね。……問題は、どうやって嫌われるかだわ」


 とりあえず試してみるしかない。

 思いついたが吉日だ、早速取り掛かろう。いち早くこの泥沼からは抜け出したいのだ。


 今日はちょうどマーシュ様が我が屋敷へ来る日。きっとうまくやってみせるわと私は拳を固めた。

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