12 結婚式
「あら、着飾れば多少はいい男になるじゃありませんの」
いつもとは大きく違うマーシュ様の姿を見て、私は息を呑んでいた。
灰色の髪を綺麗に結え、眼鏡は理性的に見える縁なしの格好いいものに変えて、服装もいかにも令息な感じに整えたマーシュ様。そのニヤニヤ笑いさえなければ満点と言っても過言ではないだろう。
「今まで身なりに気遣うこともあまりなかったのでね。沼の研究の方で忙しかったから」
「素材は美しいのに、中身がそれではお粗末だわ。これからはもっと自分を律してくださらないと」
まあ、内面はそう簡単には変わらないものかも知れないけれど。
私は「はぁ」とわかりやすくため息を吐きながら、こっそり彼に見惚れたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
婚約は続行。沼落としの件に関してはマーシュ様の方からなかったことにしてくれたため、私たちは無事に結婚することとなった。
まあ、正直に言えばマーシュ様に対する不満はまだまだあるのだけれど……でも私を心から好きでいてくれるなら、それでもいいと思うようになった。
そうして迎えた結婚式の日。
礼服の彼に対し私は純白のウェディングドレスに着替え、あらゆる装飾を施して舞台に立っている。これから私はラーツンド公爵家の者ではなくディンガ侯爵夫人になるのかと思うとなんだか変な気持ちがした。
「……まあ、悪くないわね」
「何か言いました?」
「いいえ別に。さあ、式を始めてしまいましょう」
あなたと夫婦になれるのが嬉しいのよ、だなんて、恥ずかしいやらプライドが許さないやらでマーシュ様にはとても言えないことだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大勢の参列者が並んで私たちを祝ってくれていたが、特に父は涙して喜んでいた。
私がマーシュ様のことを嫌がっているのは知っていたはずなのに……娘想いなんだか何なんだか。
私がマーシュ様と向かい合うと、神父が結婚式のお決まりの言葉を述べる。
それが終わるとマーシュ様の方から私へ近づいて来た。
「貴女を一生愛します、デレー・ラーツンド嬢……改めデレー・ディンガ」
そう言いながら彼が差し出したのは、花束らしき物だった。
しかしそれは決して華やかな薔薇の花などではなく、地味な赤い草だ。それはマーシュ様と二人で行った、あの沼に生えていたのと同じに違いなかった。
私としては嫌な記憶でしかないのだが、マーシュ様にとってはあれも楽しい思い出なのだろう。そう思い、私は薬と笑ってしまう。
目を上げればすぐそこには沼のように底知れぬ瞳が私を見つめていた。
「ありがとう。我が夫、マーシュ・ディンガ様」
相変わらず汚いけれど、気持ちのこもったたった一つの贈り物。それを大事に握りしめると、私はそっと彼の頬にキスを落とす。
周囲からの歓声が上がる一方で、『沼の貴公子』はしばらく呆然と私を見つめると、急激に顔を赤くした。まるで乙女のような反応に、また可笑しくなる。
それを見つめながら私は囁くように言った。
「結婚、お受けいたしますわ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――こうして私は『沼の貴公子』と結ばれ、後に『沼の貴婦人』と呼ばれるようになる。
不名誉な呼び名だが、今はむしろ嬉しいくらいだ。
かつて想いを寄せていたウィード殿下とティファニー王女も結婚したと聞いた。
私はその頃新婚旅行中――沼巡りに行っていた――ので知らないが、それはそれは幸せそうだったという。
私に彼らへの未練はない。が、彼らのように幸せな夫婦になれたらいいとは思っている。
相変わらずマーシュ様の沼についての研究に関しては全く理解できないけれど、それでも愛があれば充分だ。
身だしなみはやはり整っていなくて、頼りない夫。でも……それを支えていくのが夫人の役目なのだから構わない。そうやって二人で生きていくのだろう。
そして人生の最期、何十年も後、微笑みながらこう言えるようになりたい。
『沼の貴公子』も悪くなかったわ――と。
ご読了ありがとうございました。
なんとか完結させられることができまして安心しております(笑)
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