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10 選んだ理由

「マーシュ様は私をどうしたいのです」


 『面白い人ですね』だなんて、ふざけている。

 私は隠すことなく、むしろわざとらしいくらいに憤慨して見せた。本当にこの男の真意がわからない。


 詰め寄る私に、彼は当たり前のように言った。


「じゃあもう一度。……結婚してください」


「そんな!」私は悲鳴のような声を上げた。「だって私はあなたを沼へ放り込んだのですわよ? そんなの到底許されることじゃないでしょう!?」


「別に僕は気にしてません。むしろ、沼に入ることはしょっちゅうなんでね。落とされたのは初めてですけど」


 マーシュ様が笑う。いつもの、ヌメヌメしたニヤニヤ笑いで。

 馬鹿げている。まったく、どうかしているわ。

 嫌がらせを嫌がらせとも思わず、それどころかまだ求婚されてしまっている。認めたくはないけれど、間違いなく私はフラれる作戦に失敗していた。


 胸にむずむずしたものを感じる。


 そもそも、どうしてそんなに私にご執心なのかが全く理解できないのだ。

 私は確かに自分で言うのもなんだが美人だ。年頃もちょうどいいと思うし、マーシュ様の前にも縁談はたくさん来ていた。それを丁重にお断りしていたのは、私がウィード殿下に恋していたから。父もウィード殿下が婚約なさるまでという条件付きで、私のわがままを許していた。

 そして、その約束が破れた直後にマーシュ様がやって来たというわけだ。本当にどうしようもなく運の悪い話である。


 でもせめて、イケメン貴公子なら良かったのに。

 それは贅沢なのだろうか? では百歩譲って、ちゃんとした贈り物ができてダサくない程度には着こなしのできる男が良かった。『沼の貴公子』だけはごめんだったのだ。


 第一に婚約するまでは私と彼に接点など一つもなかった。

 パーティーで「ごきげんよう」くらいは言った覚えがあるが、それ以上に言葉を交わしたことは皆無。だから彼に好かれるような心当たりもない。

 一目惚れとしか考えられなかったが、その程度のことで、ここまで何もかもを許される――溺愛される必要がどこにあるというのか。


 私は理解できなかった。

 でも彼が真剣なのだけはいつも知っていて、だから胸が苦しくなる。さっさと私のことなんて諦めてくれれば良かったものを、と。


「マーシュ様。もうわかっているでしょう? 私はあなた様をお慕いしておりません」


「じゃあどうして、婚約話を受けてくださったんです?」


「……」


 問われて私は、黙る。

 それは……その、あの時はフラれた(勝手に片思いを寄せていただけだが)ショックで混乱していたからとは言えない。このことは誰にも知られたくない。父には知られてしまっているが。


「僕があなたを選んだ理由。それは、あなたが僕と初めてお付き合いくださった女性だったからですよ」


 ――は?

 一瞬彼が何を言い出したかわからず、呆然となった。


 マーシュ様の顔を見る。汗でドロドロだ。汚い。……じゃなく、どうやら真剣なようだった。多分そうに違いない。若干まだニヤニヤしているようにも見えるが気にしない。

 今、この男は『付き合ってくれた』と言ったか? いつ? どの時に?


「僕ね、最初はあなたじゃなくても良かったんです。というより、まだ婚約していない女性の家を回っては、求婚してましたからね」


「――――」


「両親が、あれだったんです。僕一応後継ぎですからね。別邸で過ごしていたんですが、立場上そうもいかず、誰か娶る必要がありまして。それで手当たり次第に求婚して……断られていましてね」


「ちょ、ちょっと待って」


 そんなの寝耳に水もいいところだ。

 もしもこの『沼の貴公子』が花嫁選びをしていたのだとしたら、そりゃあもう当然のように貴族界の噂になっているはずである。求婚して回っていたなら尚更だ。

 なのにどうして私の耳に届いていないというのだろう? 私は決して人付き合いの悪い人間ではないから、噂が経っていれば秒で察知するはずだった。


 彼は小さく肩をすくめ、


「一応は宰相の息子ですから。噂を立てたと知ると自分の地位が危うくなると思ってか、僕を噂する価値すらないおぞましい何かと思ってなのか……。もちろん口止め料は払いましたけどねぇ」


 私は納得した。ああ、金を。それならわかる。侯爵家の恨みを買ってまでわざわざ噂を流そうとする者はいないに違いない。

 そうして貴族の女性たちに言い寄り、求婚しまくった。それなら……。


「別に私を好きというわけではなかったのですね?」


 どうしても嫁を見つけないといけないから焦っていただけなのだ、マーシュ様は。

 私はあの日、色々と事情があったせいでマーシュ様からの求婚を断れなかった。だからつけいられただけなのだ。政略としてももってこいの相手だろう。一時は王太子の婚約者候補になったこともあり――もちろん辞退させていただいたけれど――教養は充分にある。


「そういうことなら、わかりました。あなたとのご婚約は破棄させていただきますわ。変な贈り物ばかりいただいて、ずっと嫌だったの。花嫁なら他の女性を当たってください。貧乏男爵の娘などであれば、きっと快く受け入れてくださいますよ」


 なんだか気持ちが軽くなった。

 私を愛しているからマーシュ様は固執しているのだと思っていたが、違ったのだ。私でなくてもいい。もちろん私は優良物件だが、だからどうした。


「私、あなたをお慕いしておりません。ので諦めてください。私はあなたを愛せないわ」


 はっきりと突きつけてやった。

 これで終わりだ。ああ、せいせいした。でもこれで余計に罪が重くなったかも知れない。ラーツンド公爵家が私のせいでディンガ侯爵家に恨まれるのは申し訳ないが、もはや罪人に堕ちた私に何を言われても興味がなかった。

 私はどこに行かされるのかしら。もう平民堕ちだけでは済まされないでしょう。厳しい北方の修道院に送られる? それとももっと辛く苦しい目に遭わされるのかしら?


 けれど、彼――マーシュ・ディンガ様が次に発した言葉は、今までの話を全て覆すようなもので。


「『最初は』と言ったでしょう? 僕は貴女を愛しています。デレーが僕と婚約してくれたこと、嬉しかった。初めて二人でお茶会をした時、もう貴女を離したくないと……そう思ったんですよ」


 私はなぜか、二度目のプロポーズをされてしまっていた。


 十話で終わりませんでした(笑)

 あと数話続きます。

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