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行楽の山 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こうしてグラフィックが進化した現代で、昔ながらのゲームを見ると、愉快な点が多いな。

 たとえばキャラの装備だ。説明書や設定画ではプレートアーマーを身に着けているキャラはゲーム中でも同じように描き起こされている。

 だがシステム的にはこのキャラ、素っ裸なんだよねえ。鎧どころか服の一枚も着ていない。なんら防御力が補正を受けていない状態。かといって鎧を新しく手に入れていけば、グラフィックが変わるわけでもないんだけどね。

 剣と盾とかは、身に着けるとグラフィックが変わるだけに、違いが目立つ。グラ作りは門外漢だが、キャラのボディに重なる鎧は、外付けで済む剣や盾に比べて、変更が大変なんじゃないかな?


 バイタルゾーンを守る服、鎧。

 人前や戦場に出るにあたって必須ともいえるこの装備、まだまだ奇妙な役割があるかもしれない。

 私の昔の思い出なんだが、聞いてみないかい?



 学生時代の同級生の彼は、表向きは品行方正で通っていたが、陰口も多かった。

 原因は頭から振り落ちるフケだ。たとえ頭皮や髪の毛に触っておらずとも、彼の頭からはおのずと黄ばんだ塊がこぼれるのだ。

 立って話す分には目立たないが、互いに座ってテーブルをはさんでいると、嫌でも意識が向いてしまう。彼自身のルックスは悪くないだけに、よけい目立つ。

 玉についたキズは、いささか大きすぎた。それとなくシャンプーのすすめなどもしたが、どれほど役に立っていたか。

 一向に改善しない彼の様子に、私ももう口出しをしなくなっている。

 ひょっとしたら、病気とかかもしれない。どうしようもないものなら、追及はかえって迷惑だろうと思ってね。



 その認識が揺らいだのが、写生画の学習だ。

 私たちの学校は、一年に一度。学年全体での校外学習で絵を描く機会がやってくる。

 学校近くの梅園だったり、山の上の公園だったりと先生たちが話し合いながら決めているらしく、その年は自然公園が会場に選ばれた。

 おりしも、秋の落実どき。栗をはじめとした、大小の木の実たちがゆく道、ゆく道に転がっている。これを放っておく男どもは一部だろう。


 私たちは先生の身を盗み、雪合戦ならぬ木の実合戦としゃれこんだ。

 この写生会では首からさげる、画板も用意されている。それを盾代わりにして、私たちは皆からの投擲を防いでいた。

 意外に、一番乗り気だったのが件の彼だ。おそらく私たちの中で一番多く実を投げ、それに対する報復を画板に受けた。

 彼は絵を描くのがうまく、早い。この写生会は、ひとり最低一枚は絵を提出しなければならないが、逆に最大枚数は決まっていなかった。彼は次々と絵を描き終えては、新しい画用紙をもらってくるのだが、私は何度か目にするうち、不審に思う。

 どうも彼は、画板も新しいものをもらっているらしかった。これまでの木の実合戦で汚れた板とは、別のものを提げながら山の各所へ姿を見せていたからだ。



 5回ほど、板を取り換えたのを見てだろうか。

 私はようやくノルマを終えるも、気づくと彼の姿を見かけなくなっていた。

 他のメンツも、絵を終わらせたかどうかはまちまちだが、飽きずに合戦を続けている子もいる。当初の様子なら、この遊びの輪に嬉々として加わっていてもおかしくないはずなのに。

 それとなく歩き回る私は、いよいよ彼の姿がクラスメートの近くにはないものと知ったよ。

 そこまで深くない山とはいえ、迷子になったらことだ。私は行動が許されている領域内で、ゆるゆる範囲を広げながら、彼の名を呼び続けるも、返事はなかなかかえってこなかった。

 

 

 すでに、帰りの集合時間まで10数分ほど。

 私はまだ探していない、中腹へつながる一角へ足を踏み入れていた。

 黄に赤に、色を変えながらいまだちらつく木の葉たち。彼らに混じって小さく、勢いよく、私の頬をかすめていくチリのようなものが、いくつかあった。私はすでに教室で、同じようなものを何度か目にしていた。

 

 フケだ。彼の頭からしばしばこぼれる、細かな破片そのものだ。

 風に乗って通り過ぎていったそれらを見送り、私は坂の上をにらむ。背を伸ばす木々たちは奥に向かって無造作に生えている。私の行く手を塞ごうとおかまいなしで、さほど人は足を踏み入れていないことをほのめかしている。

 そこを私は登った。山の上からはなおゆるく風が吹きおろし、侵入を嫌がるかのごとき素振りを見せるが、強行する。

 木々の間を抜け、なお彼のものと思しきフケが飛んできていたからだ。

 

 

 何本の木々を縫っただろう。

 幾度か隠され、また開いた視界の果て。私は彼をようやくとらえた。

 階段の踊り場のように、傾斜がひと段落した平らな地面。木々の払われたそこで、彼はぴんと両腕を真っすぐ広げ、「木」の字をかたどるようなかっこうをしていた。

 その首からさがるのは、無数の画板。おそらく10枚はくだらなかったと思う。

 あるいは実で、あるいは草で、あるいは絵の具で。

 様々な彩りを施された面を四方に向け、ひもの長ささえ調節して、それらが腰から胸のあたりにかけて、わずかにずれながら重なり合っている。

 それこそ魚の鱗や、スケールメイルもかくやという奇妙ないでたちだったよ。

 

 彼は不動のまま、目を閉じている。眠っているのか、それとも集中しているゆえか。

 あらためて声をかけようとして、私は目を丸くする。

 彼の足元、ズボン、画板たち、それを抜けた首や顔……そのところどころで、いくつもうごめく粒たちの姿が見えたんだ。

 ぞぞっと、背中に鳥肌が立つのを感じる。

 菜の花にたかるアブラムシの大群。そのゴマに似た図体がうねり合い、ひしめき合い、彼の身体の上を這っていたんだ。

 遠目にはあざや汚れにも見えたかもしれない。しかし彼らは身を寄せ合いながらも、確かにうごめいていた。横へ下へその集まりを動かし、上へも登っていく。

 その端が画板を越えた、首や顔の上へ届こうと、彼はいまだ動かない。ただ頭部よりフケが降り落ちていくばかりだ。

 

 確かにフケは、こちらにも飛んできていた。

 しかし、いつもに増して落ち来るそれらは、大半が彼の顔より下へこぼれていく。

 その破片が、とどまる彼らの「池」へかぶさるたび、そのうねりは大きくなる。中には一部が飛び跳ねたことで、彼の身体から離れ、落ちていくものさえある始末。

 フケの有無に浮かれる彼ら。いずれも目にくれず、妙な装備とポーズを保つ彼。

 それはそのまま、紅葉狩りに来た人と受け入れる山の姿にも似て、私は時間いっぱいまで声をかける機を失っていたよ。

 

 

 ことが終わってから聞いたが、やはり彼はあの虫たちにとって「山」たりえる存在になるらしい。

 年に一度、ああして準備を整えて彼らの気を紛らわすのだとか。

 あの行楽を邪魔されると、機嫌を損ねた彼らはいろいろなところをかじりまくる。

 もし木や葉、動物に至るまで奇妙なちぎれ方や、かみ切られた痕が見受けられたなら、彼らの不機嫌の証と思え、とね。


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