Ⅴ.クロトマーダ✕小物なる勇者
エナジーコラプサー。
それは世界のあらゆる理が崩壊した星、別名「混沌の星」。
想像を絶する膨大なエネルギーが、極限まで圧縮されたことにより、時間、空間、物理法則の全てが乱された、正に混沌とした領域を内側に形成する恒星である。
エナジーコラプサーは、周囲に放出するエネルギーもまた凄まじい。
半径2千光年の範囲内には、他のあらゆる星や生命が跡形もなく焼き尽くされ、吹き飛ばされる。
並大抵の存在は、近づくことすら許されない過酷な環境である。
そう、並大抵の存在は……
「ふむ、この気配。ガナハークの奴め、どうやらまた安眠妨害を食らいよったな」
そう呟くのは、王族が着るような豪華な服を身に纏った黒髪オールバックの初老の男、クロトマーダ。
彼は今、エナジーコラプサーの中心部にいた。
あらゆる理が崩壊する程の、膨大なエネルギーがより激しく荒れ狂うその中心部において、彼はまるでそこを遊泳するかの如く動き回っていた。
「新拠点となった惑星では、目覚める直前で邪魔が入ったが故に星が廃墟となった程度で済んだが、この感じ、どうやら多少深く眠っていたところを邪魔されたようだ。今回は遠くで助かったが、次暴れられたらエナジーコラプサーも無事とは限らんな。貴重な”混沌浴”スポットだ。しっかり保護しておかねば」
そう言いつつ、クロトマーダは気持ち良さそうに混沌の領域に浸かっていた。
本来であれば、あらゆる理が正常な形を成すことなく崩れ行く、極限の世界。
しかし彼にとっては、そんな場所も心地良い温泉程度のものでしかないのだ。
混沌の領域の浸かり、リラックスする混沌浴も、クロトマーダのような異次元レベルに頑丈な体と、強靭な精神力を以って、はじめて成し得る芸当である。
混沌浴を始めてから30分が経過し、クロトマーダはエナジーコラプサーの中から出ていく。
「ふむ、相も変わらず良い火加減であった。これでこの後の遊戯にもより興が乗るというものよ」
そう言うと、クロトマーダはあっという間に遥か遠くへと飛んでいった。
******
「ギャウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
「ほぉう? 星獣と出くわすのは久しいな。以前ユウガの奴が、星獣の群れと戯れたと聞いたが、この辺りにも生息しておったか」
星獣、それは宇宙の生ける災害と呼ばれる、巨大な光る龍のような獣。
他の星を喰らいながら宇宙を泳ぎ回り、時には人々を星ごと容赦無く喰らい尽くし、絶滅させる。
生ける災害と呼ばれる所以である。
「……しかしこれは外れだな。感じられるオーラからして、精々下等種クラスといったところか。おまけに大きさからしてもまだ生まれて間もない赤子。これでは遊戯にもならぬ」
落胆するクロトマーダに対し、彼の存在に気づいた星獣は、その巨体を荒れ狂わせながら高速で突っ込んできた。
「……余が直接手を下すまでもなかろう」
そう呟いた直後、星獣の胴体が突如真っ二つに切り裂かれ、星獣の体が瞬く間に光となって散った。
「よっしゃああああああ!!! あの星獣を仕留められるなんてラッキーだぜ!」
喜びの声を上げながら、突如クロトマーダの目の前に現れたのは、神々しいオーラを放つ長剣を握った、如何にも正義の勇者のような格好をした若き青年。
「ふむ、見事な腕前であるな。あれは下等種の赤子とはいえ第3級不可侵領域クラスの力はあった。褒めて遣わす」
クロトマーダが自ら星獣を仕留めなかったのは、目の前の青年が星獣を仕留めようとしていたのを、既に察知していたからであった。
「あん? おっさん誰……ってあああ!! お前は確か界遊楽団のクロトマーダ!!」
「ほう、余も随分と名が知れ渡るようになったものだな。実に愉快だ」
「へっ、残念だったなぁ! ここでオレ様と出会ったのがアンタの運の尽きだぜ! アンタはこの勇者エスドラト様が退治してやるぜ!!」
そう言うとエスドラトと名乗る青年は、持っていた長剣を構え、臨戦態勢に入る。
「ふむ、先程星獣を倒したときよりも明らかに強くなっておるな。丁度あの星獣の力が貴様に上乗せされたように、な」
「そのとおり! この最強の剣、パドレイアには切った相手の力を吸い取って、自分の力に上乗せするすっげぇ能力があるんだ! コイツで今まで多くの悪人どもや魔物たちを倒しまくって、俺は無敵の力を手に入れたって訳だ! 覚悟しな!!」
直後、エスドラトが高速でクロトマーダに切りかかってくる。
しかしクロトマーダは一切避ける素振りも見せず、そのままエスドラトの渾身の一振りを右肩に受ける。
「ぐっ……固ぇ……!?」
パドレイアの剣身は、クロトマーダの右肩から胸元に向かって少し切り込まれていたが、それ以上切り込むことができなかった。
そして切られた当本人は何を思い付いたか、不敵な笑みを浮かべる。
「良い余興だ。貴様に余の力を余すことなく与えることを許す。さぁ、存分に持っていくがよい。そのために、わざわざ余の体を切りやすくしてやったのだからな」
「は!? あ、アンタ何言ってんだ……ってうおおおおお!!??」
瞬間、パドレイアを通じてエスドラトに膨大な力が流れ込んできた。
「す、すっげえええええええ!!! 何だこりゃ!? こんなとんでもねぇ力を感じたのは初めてだ!!!! 流石界遊楽団、バケモノだぜえええええ!!!!」
今まで感じたことも無い量の力が一気に流れ込み、エスドラトはこの上ない高揚感を味わっていた。
「さぁ、まだまだ終わらぬぞ。遠慮無く持っていくが良い」
クロトマーダは意図的にエスドラトに向けて、より激しく力を送り込んだ。
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「…………ぐっ……う……へっ……ヘヘヘヘッ」
力を吸い始めて数分。
既にエスドラトの力は先程までの数倍、数十倍、数百倍へと急激に上がっており、エスドラトはかつてない程の力の高まりに、正気を失いつつあった。
「どうした? まだ正気を失うには早すぎるぞ? こちらはまだ0.0001パーセント程度しか渡しておらぬぞ」
「……ふ……ふへへへへ……。もっとだ…………もっと力をよこせえええええええええ!!! ヒャアッハハハハハハハハハハ!!!!」
「ふむ、では更に勢いを上げるとしよう。そうだな、秒間0.01パーセント程度で試すとするか」
直後、先程までとは全く比にならない程の、膨大な力の流れが発生し、同時にクロトマーダの右肩に切り込まれていた、パドレイアの剣身が弾け飛び、大爆発を起こした。
「んなっ!? うわああああああああああああ!!!!」
エスドラトはもろに爆発を食らい、吹き飛んでいく。
爆発が収まった後、クロトマーダは吹き飛んだエスドラトの元に一瞬で飛んでいく。
「生きておるか、勇者エスドラトよ」
「……う、痛ててて……」
「ふむ、流石に急激に力を吸い取らせ過ぎたようであるな。あっという間に剣の限界容量を超えてしまったようだ」
「……へ……へへ……す、すげぇ……これが……俺の力……」
「なるほど。剣が壊れても、剣で奪った力はそのまま持ち主に留まるようだな。でなければ貴様、先の爆発で跡形もなく蒸発しておったぞ」
クロトマーダの右肩の切り傷は、既に何事も無かったように綺麗に治っていた。
「……感謝するぜ、おっさん。これで俺は……全宇宙最強の勇者になった。今ならどんなことだってできる気がするぜ……」
遥か桁違いの力をその身に宿したことで、エスドラトはなんとも心地良い全能感に支配されていた。
「この世から悪を1匹たりとも残らず滅ぼす……それが俺の勇者としての夢。そのための第1歩として……まずはアンタら界遊楽団を滅ぼしてやるぜぇえええ!!!」
エスドラトはその有り余る力を解放し、真っ直ぐクロトマーダに向かって突撃し、拳を振るう。
しかしその拳は、クロトマーダにあっけなく受け止められてしまう。
それも指1本で。
「な、なにィ!? そ、そんなバカなっ!!?」
「愚かな。他者から得た身の丈に合わぬ力で粋がるなど、実に滑稽極まりない。勇者とは名ばかりの小物だな」
「ぐっ、あああ!!!」
クロトマーダが軽く指を突き返しただけで、エスドラトは勢いよく弾き返される。
「な、嘗めんじゃねええええええええ!!! 次は全力全開だぁ!!! 覚悟しやがれええええええええ!!!!!!」
先程よりも更に限界ギリギリまで力を解放する。その解放された力の余波だけで、周囲数千光年もの範囲の星々が容赦無く吹き飛ばされていく。
「ほう、まるでエナジーコラプサーの如き輝きであるな。良かろう、あのパドレイアのおかげで面白い余興ができた、僅かばかりの礼だ。黄泉の手向けに見せてやろう。我が力の、ほんのひと欠片をな」
直後、エスドラトが放つ強烈なエネルギーの輝きを、赤黒く禍々しいオーラが飲み込んでいき、飲み込まれたエスドラトは、自らを遥かに上回る圧倒的な力に押しつぶされ、儚く散っていった。
次回で序章は終わりです。実は楽界遊楽団のメンバーの名前にはちょっとした面白い仕掛けを施しております。感の鋭い方はもうお気付きになられたかもしれませんが。




