たくみとみさと
息抜きに書きました。
軽く行きます。
ガールズラブは軽めです。
「ふい~」
いつもの朝、ベッドから身体を起こす僕は胸にいつもと違う感覚を覚えた。
「な...何だ?」
胸にある二つの膨らみ。
慌ててパジャマの首を摘まみ、自分の胸を確認する。
「...嘘だろ」
そこにはなぜか膨らんだ胸、つまり女性のおっぱいが二つ...
「まさか?」
ベッドから立ち上がり、部屋に置かれていた全身が映せる鏡の前に立った。
「なんだこりゃ?」
そこに映っていたのは髪を肩まで伸ばした自分の姿。
どうした事だ、僕は髪を伸ばした記憶は無い。
昨日まではちゃんと男性の髪型だった筈だ。
顔や背格好こそ以前と変わらない、元々身長は163センチと小柄で、体格も余り男性的では無かった。
しかし昨日までと明らかに違う。
全体的に帯びた丸み、心なしか狭い肩幅、安定感のある腰周り...
「まさかね...」
パジャマ下の中に手を伸ばす。
ひょっとしたら僕のアレも無くなっているって事まで...
「何で?」
下着の感触に違和感が。
恐る恐るパジャマのゴムを伸ばし中を覗き込んだ。
「...これは」
どうして僕は女物の下着を履いているの?
トランクスを愛用していたのに。
「どうしたの鏡見ながら溜め息を吐いて?」
「わ!?」
突然横から声をかけられてビックリする。
だって僕は1人部屋だった筈だよ、中学校から子供部屋を二つに分割したんだから。
「大丈夫よ、そんな太ってないから」
そこに居たのは妹のみさと。
壁だった妹と部屋の境目は、何故かアコーディオンカーテンになっていて、開け放たれた向こうには妹の部屋が見えた。
「何?」
不思議そうに首を傾げるみさと。
妹は女性になった僕の姿を変だと思わないのか?
「僕の頬をつねって」
「は?」
僕は夢を見てるに違いない、だとしたら早く起きなくては。
「いいから!」
「自分でやりなよ...全く」
溜め息を吐きながらみさとは僕の頬をつまみ、そして...
「イテテテ!」
痛いよ!
誰が左右へ一気に広げろって言った!
「気が済んだ」
「充分です」
ヒリヒリと痛む両頬を擦る。
ちゃんと戻ってるかな?
まあ夢では無いのが分かったからよしとしよう。
じゃ次だ。
「僕って...誰?」
「はあ?」
「だから僕は誰なの?」
「貴女は三橋たくみ16歳、私のお姉ちゃん」
「そうでした」
妹はあっさりと僕の名前を言った。
三橋たくみ、平仮名でたくみ、これは変わってないのか。
因みに妹の名前、みさとも平仮名だ。
「生年月日も言おうか?」
「是非とも」
「2006年3月3日」
「それはみさとの生年月日だろ」
「お、正解」
にっこりと笑うみさとは綺麗だ、美少女と言っても過言では無い。
女性になっても平凡な僕。
ますますの差を感じてしまう。
「姉ちゃんは2005年4月2日生まれ」
「うん」
まあ兄妹なら当然か。
いやでも...姉ちゃんでは無い、昨日まで兄ちゃんと言ってたでは無いか。
「僕は兄貴だよな?」
「へ?」
諦め悪く質問すると、みさとの表情が変わった。
ひょっとしたら僕の異変に?
「あの大丈夫?」
みさとは僕のおでこに手を当てた。
「どうして?」
「姉ちゃんはずっと私の姉でしょ?
生まれてからずっと」
「でも」
納得出来る筈がない。
昨日までちゃんと男だったんだぞ?
「第一その状態でどうして男だと思うの?」
「ですよね」
普通サイズながらも自身の存在を主張する胸。
下着は中を確認する間でもない。
膨らみの無い平坦さは明らかに僕のアレが姿を消してしまった事を証明していた。
「そんな事より早く朝食を」
「朝食?」
「まさか今日は朝抜きなの?」
「いや...そんな事は」
そういえば食事作りは僕の担当だった。
昔から共働きで忙しい両親に代わり僕が妹のご飯を作っていたんだ。
もっとも、母さんは料理が壊滅的に苦手だったせいでもある。
それは妹にも引き継がれて...
「ねえみさと」
「何?」
「みさとは料理しないの?」
「...死にたい?」
「いいえ」
怒りでも無く、静かな目を向けるみさと。
死にたいとは物騒だが、実際妹の作る料理は酷い。
食べたら悶絶する事請け合いだ。
...不味くてだけど。
「じゃお願いね、私は準備するから」
「はいはい」
妹の準備とは洗顔や肌のケア、髪のセット。
毎朝30分は掛けている。
そんなに時間を掛けなくても充分綺麗だと思うんだけど。
どうやら妹は僕に対する対応も性別の違いから呼び方が変わった以外特に無いな。
「とりあえずトイレでも行くか」
先ずは落ち着こう、取り乱してはダメだ。
「そうだったな」
立ったまま下着を下ろし、我に返った。
これではオシッコが出来ない。
改めて存在を失ったアレに思わず涙する。
「わ!」
ちゃんと座ったのに床が濡れてしまうなんて。
女性の新たな秘密を知ってしまった。
急いでトイレを掃除する。
掃除用の雑巾はいつもの戸棚に置かれていた。
綺麗に拭き取り、汚れた雑巾を洗いに風呂場に向かう。
風呂場には見慣れた妹のボディソープやシャンプー、その他の風呂グッズが並んでいた。
どれも値段の高い高級ブランド。
昨日までは僕のボディソープとシャンプーも有ったんだけど。
「一応はあるんだ」
小さな籠に入ったシャンプーとリンス、そしてボディソープ。
使った覚えは当然無いが、僕の物だろう。
どれもテレビのCMで見慣れた大衆的な商品だし。
「姉さんどうしたの?」
「何でもない」
風呂場の隣にある洗面所にやって来たみさとが不思議そうに聞いた。
『溢したオシッコを拭いた雑巾を洗ってる』言えるもんか。
「私の使っても良いんだよ」
「はい?」
一体何を言うんだ?
「姉さん小学校からずっとそれじゃない、年頃なんだから少しは気を使ったら?」
「そりゃどうも」
妹のシャンプーなんか使えるもんか、僕はリンスすら使わないのに。
でもさっきの籠にはリンスは有ったな、コンディショナーは無かったが。
雑巾をベランダに干して部屋に戻る。
とりあえず着替えねば。
今日は平日の水曜日、性別が変わっただけなら当然高校に行かなくてはならない。
パジャマを脱ぎ捨てクローゼットを開けた。
「...やっぱりか」
ハンガーに掛かっていた制服。
もちろん記憶にあるよ、だって僕とみさとの通う高校の制服だから。
でも女子の制服じゃないか、綺麗に掛けてあるのは良い、でも襟の大きなリボンとスカートに項垂れてしまう。
「何でパンティー姿で項垂れてるの?」
部屋に戻って来たみさとが呆れている。
これは恥を忍んで聞くしかない。
「なあ、どうやって着るんだ?」
「何を?」
「だから、制服の着方だよ」
「姉ちゃん頭本当に大丈夫?
普通に着ればいいのよ。昨日まで着てたでしょ?」
『その昨日から今日で性別が変わったんだ!』
言っても信じて貰えそうもない。
「あの...つまり、みさとみたいに綺麗に着こなせたらって」
とにかく何とかしなくては、普通に着る事は出来るだろうが、カッターの下に何を着ればいいのか、後はスカートの下だ。
生足では寒い、それにリボンの締め方なんか知らない。
だって男子はネクタイだったし。
「お、姉ちゃんもお洒落に目覚めたか?」
「ま...まあね」
ニタリと笑うみさと、どうやら盛大に勘違いしてる様だが。
「はいパンスト、私の貸したげる。
姉ちゃんはいっつも黒タイツなんだから」
「へ?」
みさとが差し出したのは一枚のパンスト。
こんなの俺が履くのか?
「あとシャツも貸したげる、姉ちゃん地味なのばかりだから」
「...ありがとう」
嬉しそうなみさとだけど。
そんなの聞きたいんじゃない。
「さあ早く」
「分かった」
とにかくパンストを履く。
当然だけど生まれて初めてだ。
「ちょっと姉ちゃん!」
「何?」
シャツに首を通したら、少し怒った声のみさとが僕を呼んだ。
「なんで直に着るの!ブラジャーは!?」
「ふえ?」
「まさかノーブラで行くつもり?
私はちゃんとブラジャーしてるわよ!」
「あ、そっか...」
「全く、ブラジャーは自分のを使ってよね。
サイズが違うし」
「そうだったのか」
みさとの胸はどうやら僕とサイズが違うらしい。
そういえば、今の僕ははみさとより胸が大きいな。
「...やっぱり死にたい?」
「....ごめん」
殺意を秘めたみさとに頭を下げる。
どうやら胸のサイズはみさとにはタブーの様だ。知らなかった。
「全く、ちょっとデカイからって...」
その後、ブラジャーを僕のタンスから取り出し、着け方まで何故かレクチャーして貰った。
懸念していたリボンはホック式だった。
「便利だな」
「何感心してるの、毎日してるじゃない」
みさとはホックでは無く普通に締めている。
「二種類あるんだ」
「この方が緩めたり、お洒落にアレンジ出来るしね。
ホックだとビッチリ締まって堅苦しいから。
リボンも貸したげようか?」
「いや、ホックで良いよ」
一度緩めたら元に戻す自信が無い。
「ふむ」
制服姿の自分を鏡に映す。
普通だ、普通の女子高生。
対するみさとは見事な仕上がり、この差はどこで生まれた?
素材?分かってます。
「早く朝食を!」
「分かったよ」
急いでキッチンに向かう。
冷蔵庫の中から適当に材料を取り出し、さっさと作るとしよう。
「はい姉ちゃん」
「うん?」
みさとはエプロンと弁当箱二つ差し出した。
エプロンはわかる。
これは昨日まで使ってた僕の愛用、女になっても同じエプロンだ。
だけど弁当箱だ。
みさとは毎日学食を利用していた。
だから僕はいつも自分の分しか弁当は作らなかったのに。
「早く!急がないとアイツが来ちゃうよ」
「アイツ?」
「友里だよ!アイツ、姉ちゃんに弁当を作って貰おうと来ちゃうから」
「友里?」
友里って隣に住む幼馴染みで同級生の伊藤友里か?
なんで友里が僕の作る弁当目当てに来るんだ?
友里の方が料理得意だったぞ?
それに友里とみさとは親友だ、アイツ呼ばわりなんかしなかったのに。
「姉ちゃん!」
「分かった」
みさとに急かされ料理を作る。
特に違和感は無い、いつもの様に食材を刻み、簡単な調理。
「まあこんな感じか」
どうやら感覚に違いは無い様だ。
「ほれ」
同時に作っていた朝食用のスクランブルエッグどカリカリベーコンをみさとに渡した。
「お、今日も美味しそうだね」
「...ありがとう」
昨日までは普通に受け取っていたのに、今日はお礼付きか。
さっきの着替えといい、どうやら僕とみさとの関係は兄妹の時より良好みたいだ。
「やっほー、たくみ居る?」
「げ!」
玄関が開き、聞き覚えのある元気な声がした。
「良かった、早く来た甲斐があったわ、はいお願い!」
「おはよう友里...」
弁当箱を片手に笑う友里。
昨日までと同じ笑顔、しかし背後で睨むみさとの顔が少し怖かった。