第九十七話 燻(くすぶ)りだした火種
「だ~か~ら~。
ごめんって言ってるじゃ~ん」
「い~え!
魔王様は分かっておりません!
御身を危険にさらすような真似をして、何かあったらどうなさるおつもりなのですか!」
魔王城に戻った魔王はそこら中を探し回っていた側近の魔族に叱られていた。
魔王は膨れっ面で玉座に膝を抱えている。
「あ~はいはい。
言いたいことはよく分からなかったけど」
「なんですとっ!」
魔王は側近の話も半分に立ち上がり、窓際まで歩いた。
「それより、これから森で楽しいことが起こるよ!」
「森、ですか?」
「そ!
くすぶってたものに酸素を送ってあげたの!
あとは、一気に燃え上がるのを待つばかり!」
魔王の薄い真紅の瞳が、紅く染め上がった月を見つめる。
「……そんなところに影人は行っちゃうんだから、つくづく因果は巡るものね」
「……魔王様は、帝王を目覚めさせるおつもりですか?」
側近の魔族がこめかみから汗を流す。
「どーだろねー。
どっちにしろ、影人は私を求めることになるから、どっちでもいーかなー」
「……左様でございますか」
<ワコク>に向かう前に、事前にカエデ姫に念話をしておくことにした。
『カエデ姫。
いまよろしいですか?』
『あ、影人様。
え、と……そうですね。
大丈夫です』
?
何か様子が変だな。
『カエデ姫。
ご都合が悪いようなら、また改めますが?』
『あ、いえ、大丈夫です。
なんでしょう?』
『そうですか?
では、これから、そちらに向かおうと思ってまして。
エルフの大森林に関して、何か情報をお持ちではないかなと』
『え!?
エルフですか!?』
『え?』
なんだろうか。
『え、と、そうですね。
そうなると、影人様たちにもお話した方が良いでしょう。
準備を致しますので、1時間後、城の入口に転移してきていただけますか?』
『あ、はい。
わかりました』
『それでは』
「カエデ姫、なんだって?」
「……いや、話をしてくれるそうだ。
1時間後に城の入口に転移してきてくれと」
「そうですかー」
「おけおけ」
なんだか含みのある言い方だったが、まあ、話を聞いてみれば分かるか。
「トリアさん!」
「皆さま、ご無沙汰しております」
<ワコク>の城の入口に転移すると、トリアさんが出迎えてくれた。
トリアさんがしがみついてきたフラウの頭を撫でながらお辞儀をする。
「殿と姫が上でお待ちです。
どうぞこちらへ」
殿様までいるのか。
いったいどんな話なんだ?
「お~!
よく来ましたな!
影人殿!
元気そうで何よりだ!」
「殿様もお変わりないようで」
殿様と初めて会ったのと同じ部屋だ。
今は殿様とカエデ姫、テツとトリアさんしかいない。
「ん?
新顔がいるようですな」
「ミツキと申します」
「プル」
あ、そうか。
あの時はフラウと俺だけだったな。
俺は殿様に、<ワコク>を出てからのことを報告した。
神樹の森で、守護者であるルルと出会い、その弟子のプルが仲間になったこと。
<リリア>でミツキと出会ったこと。
<マリアルクス>で国王と魔王に出会ったこと。
<アーキュリア>で仮面の男や奴隷売買に関わるヤツらとやりあったこと。
そして、教会でのこと。
「ふうむ。
なかなか大変な旅をしているようですな」
「ええ。
改めて言葉にしてみると、自分でもなかなかハードな内容だと思いますよ」
「しかも、影人ってこっちの世界に来てまだ1ヶ月ぐらいでしょ?
どんだけ順応してんのよ。
初期設定ミスってない?
なに?
2周目なの?」
設定言うな。
「俺が聞きたいよ」
なあ?パンダ?
「なるほど。
それで、教会の法王の予見に従って、エルフの大森林に行こうと言うわけですな……」
「ええ。
それで、事前にここで情報を得られればと思いまして」
「…………」
「……殿様?」
殿様もカエデ姫も、深刻な表情をしたまま黙ってしまった。
「フラウ。
どうしたの?」
ミツキが辺りをきょろきょろ見回すフラウに声をかける。
「あ、えと、イエツグさんは、今日はお留守なのかなって」
イエツグというのは、殿様の息子で、カエデ姫の兄にあたる人物だ。
「イエツグはいま、<ワコク>の領地とエルフの大森林との境界線に行っていましてな」
殿様が覚悟を決めたかのように顔を上げた。
「現在、<ワコク>とエルフは戦争状態に突入しようとしているのです」
「え?」
「せ、戦争!?」
まさか、魔王たち以外と戦争なんてことが起きるとは。
「ど、どういうことよ!?」
ミツキに問い詰められ、殿様は困ったように首を傾げた。
「それがどうやら、<ワコク>がエルフを捕らえて売りさばいているという噂が立っておりましてな。
あ!もちろん、そんなことは事実無根!
儂らは決してそのようなことはしていないと女神様に誓いましょう」
俺も、この人たちがそんなことをしているとは思えないしな。
「ならば、なぜそのような噂が?
それに、戦争になりそうになるまで、その誤解を解くことは出来なかったのですか?」
俺がそう尋ねると、殿様は腕を組んで難しい顔をした。
「ううむ。
それが、どこを探っても噂の出所が分からんのですよ。
それどころか、<ワコク>内ではそのような噂を耳にしたことがあるという者はおらずじまいで。
使者を送って何度も説明したんだが、聞き入れてはくれず……」
……それは。
「エルフ側の自作自演なのでは?」
「やはり、そうなのかのう」
殿様は、そうは思うが信じられないといった表情だった。
すると、それまで黙っていたカエデ姫が口を開く。
「エルフとは、これまで友好的な関係を築けていたのです。
<ワコク>の織物と、あちらの森の恵みを交換したりして。
そのため、私の結界もエルフは通行できるようにしてありました。
……今は、残念ながら指定の方のみの通行とさせていただいています」
「エルフの味方もいるのですか?」
「そうですね。
主にこの国にお住まいの方は我々のことを信じてくださっております……」
カエデ姫はそこまで言うと、考え込むように黙ってしまった。
「何か気になることでも?」
「……いえ、一度、<ワコク>にお住まいの方が様子を見に、エルフの大森林に戻られたことがあったのですが、その方は、それっきりお戻りにならなくて……」
カエデ姫はとても悲しそうな顔をしていた。
「森に、何かがあるのか」
「おそらくは……」
「……実はいま、イエツグにはエルフの領域に侵入できないか試みてもらっていましてな」
「それは、危険なのでは?」
「ふむ。
危険は承知の上でと、本人の強い希望もあってな……」
だが、イエツグは<ワコク>の正統継承者なのではないのか?
「……実は、イエツグが想いを寄せるエルフが、大森林に行ったまま戻ってこないのです」
俺の疑問を汲み取ったのか、殿様が説明してくれた。
「2人は互いに想いあっていたし、儂としてはそのまま2人に一緒になってもらおうと思っておりましま。
エルフ側からも了承をもらって、2人は婚約していたのだが、その後に送られてきたエルフ側からの書簡にはただ、2人の婚約は解消された、とだけ……」
「それで、お兄様はいても立ってもいられず、森に向かわれたのです」
カエデ姫も沈痛の面持ちで、胸の前で組んだ指をぎゅっと握りしめていた。
「ほんなら、プルが様子を見てきてやるぜい」
「はっ?」
「プ、プル様?」
プルが出されたお菓子をばりばり食べながら、片手を挙げていた。
「た、たしかに、エルフであるプル様なら、問題なくエルフの大森林に入れるでしょうが、何が待ち受けているか分かりませんし、危険すぎます」
「……いいのか、プル?」
「かまへんかまへん」
プルは何でもないことのようにお菓子に手を伸ばしていた。
たしかに危険だが、ここはプルに頼るのが一番なのかもしれない。
「プル。
危険だと判断したら、すぐに離脱する。
それだけは約束してくれ」
「ほーい」
俺がそう言うと、プルは気安く返事を返した。
が、こちらを見据える目には、確固たる意志が感じられるような気がした。