第九話 草葉忍法にんにんにん!
「よし。
この辺りでいいか」
俺は比較的木々の少ない、少しだけ広い空間がある場所を見つけ、そこに立ち止まった。
近くに川もあるため、小休止に見せ掛けられるだろう。
当然、追われている身のため長居はできない。
それでも、これから行う仕掛けのためには必要なことだ。
「これぐらいでいいか」
俺は近くにあった大岩を自分と同じぐらいの大きさに砕いた。
もちろん前の世界ではそんなことは出来なかったが、今の力なら容易だろうと思ってやってみたら、想像以上に簡単に破壊できた。
ちなみにこれは4個目だ。
3個目までは、文字通り粉々になってしまった。
本当にこれは生身だけでチートなんじゃないかと思う。
「さて、」
自分と同じぐらいの大きさになった岩に、俺は着ていた上着を被せたあと、意識を手のひらに集中させた。
そして、その手でそっと岩に触れ、集中させた意識を岩に流し込むようにイメージする。
それを岩全体に行き渡らせたら、今度は自分の気配を完全に遮断して、周囲に溶け込ませる。
「よし」
それを確認したあと、俺はその岩を持ち上げて、右手だけで上に掲げた。
「さっきまでの移動速度と同じぐらいになるように調整しないとな」
そう言いながら、俺はその岩を思いっきり振りかぶった。
「いっけ!」
ブォン!
凄まじい力で投げられた岩は、さっきまでの俺の移動速度とほぼほぼ変わらないスピードで、北西方向へと飛んでいった。
先ほどの岩削りで大まかな力加減は把握していたから、少なくとも投げた瞬間に大破してしまったり、驚異的なスピードでぶっ飛んでいってしまったりするようなことにはならなかった。
「高さも、うまいこと樹高のギリギリ上だな」
すでにだいぶ遠くにある岩に目を凝らしてみたが、無事に高速飛行中のようだった。
南と東のやつらが使っていた探知のようなやつは、遠距離では緯度経度は分かっても、高さはあまり正確ではないようだった。
高さのある崖から飛び降りたりすれば分かるようだが、少なくとも、この木々の高さほどの高低差は誤差の範囲と思われるようだ。
念のために、無駄に木のてっぺんまで登って、また降りて、その時に左右にも移動して、といろいろやってみたが、左右の動きには対応していたが、上下の動きに対応したのは、木のてっぺんから崖下まで駆け降りた時だけだった。
だから、木の高さギリギリを俺に擬態させた岩が飛んでいても、やつらはそれに違和感を感じない、ということだ。
ちなみに岩を俺に擬態させたのは、前の世界での技術だ。
俺の家系の技といっていい。
いわゆる、空蝉というやつだ。
自らの気配や残像を他のものに一時的に移しこみ、相手を撹乱する技法。
その際、同時に自分の気配を完全に遮断することで、相手は空蝉の方を俺だと錯覚する。
まあ、こんなに長距離かつ長時間、空蝉を維持できるのは、こちらの世界のチート補正のおかげなのだが。
ともあれ、気配やらスキルやらで俺を補足しているやつらには、俺は小休止だけして、再び猛スピードで北西に移動しているように見える。
これで、だいぶ動きやすくなる。
「さあ。
今度はこちらの番だ!」