第八十九話 あ、このタイミングでバトルはさんできますか、そうですか
「……え~と、ここは?」
俺たちは執事のクラウスが展開した結界空間内にいた。
この中なら、どれだけ暴れても外には漏れないそうだ。
……暴れる、とは?
「協力を頼みたい、とは言ったが、半端な戦力は敵に情報を漏らす要因を増やすだけだ。
最低限、俺とクラウス相手に対等に戦えるぐらいでないと、こちらの情報は渡せない。
これからのことを話し合う前に、お前らの力が見たい」
「あ~、そういうことね」
ようは、自分たちと戦って、協力するだけの価値を示せと。
「相手は俺とクラウスだ。
そちらは4人でいい。
時間が惜しいからな。
さっさとやろう」
ローベルトとクラウスが戦闘態勢を見せた。
これは、やるしかないか。
「フラウ。
いくぞ。
ミツキとプルは待機しててくれ」
「はい!」
「わかったわ」
「おけー」
俺とフラウだけで前に出たことに、ローベルトが呆れた様子を見せた。
「おいおい、4人掛かりでいいと言っているんだがなぁ」
「負けた時の言い訳のためにか?」
「……ふっ。いい度胸だ」
俺の挑発に応えるように、ローベルトは全身に闘気を漲らせた。
凄まじい殺気。
これは、カイゼルに匹敵するかもしれない。
そして、それと同時にクラウスが呪文を詠唱する。
典型的な前衛後衛タイプか。
「フラウ。
クラウスの爺さんはおそらく魔法士タイプだ。
こちらを撹乱し、ローベルトの攻撃を補佐するつもりだろう。
最高速でクラウスに接敵して、近接戦を仕掛けろ。
ローベルトは俺がやる」
「はいっ!」
指示を受けて、フラウの姿が消える。
フラウの【韋駄天】は途中で方向転換が出来ない代わりに、トップレベルのスピード補正を与えるスキル。
「おおっ!
速いですな!」
そのフラウが突然目の前に現れれば、クラウスは詠唱していた呪文をキャンセルして、魔法障壁を展開せざるを得ない。
そのあともフラウの速さで攻撃し続ければ、クラウスは強力な詠唱魔法を使えず、障壁で自身を守りながら、威力の弱い単発の魔法で対抗するしかない。
その程度の魔法ならば、フラウは簡単に回避する。
そして、その間に俺はローベルトを討つ。
【影追い】
「ほう」
フラウ同様、その場から消えた俺に、ローベルトが感心した様子を見せた。
俺は忍の上級職である影長のスキルを使っていた。
このスキルは、あらかじめ定めた対象者の影を後追いできるスキルだ。
ただし、それには相手の許可が必要。
つまり、敵には使用できない。
そして俺はフラウの影から、ズッと姿を現す。
そのまま、真横に立つローベルトに向けて黒影刀を振るう。
「なっ!」
ローベルトの腕に確かにぶつかった刃は、腕を切ることが出来ずに、ギリギリとその場にとどまった。
「ふむ。
そのスピードと動き、忍系統がメインか。
その若さで上級職のスキルまで扱うとは。
だが、弱いな!
力が圧倒的に足りん!」
「くっ!」
ローベルトの腕に食い込んでいた刃がじりじりと跳ね返されていく。
「速さだけではやっていけないぞ!
鍛え上げられた肉体をさらに強化した身体に、貴様の力は届かん!」
「くっ……あああ!」
戦士系スキル【身体強化】!
《魔刀》!
「おっと!」
強化された黒影刀が再びローベルトの腕に食い込み、ズッと、その刃をめり込ませた所で、ローベルトが横に飛んで離れた。
最大限に強化させた刃なら、ローベルトの防御も抜けるようだ。
「まさか、戦士のスキルや魔刀も使えるとはな。
万能タイプか。
厄介だな」
ローベルトはそう言うと、巨大な戦斧を出現させた。
その戦斧を軽々と振り回し、肩に担ぐ。
「きゃあっ!」
「フラウっ!?」
フラウの声がした方向を見ると、両手にナイフを持ったクラウスがフラウを吹き飛ばしていた。
あの爺さん、魔法士タイプじゃなかったのか!?
そして、すかさずクラウスは呪文を詠唱し始めた。
「くそっ!
フラウっ!
詠唱魔法が来る!
避けるんだ!」
「よそ見とは、ずいぶん余裕だな」
「くっ!」
いつの間にか接近してきていたローベルトが戦斧を振るってくる。
なんとか防御したが、勢いを殺しきれずに後方へふっ飛ぶ。
「なっ!」
体勢を立て直そうとする俺に、クラウスの放った巨大な火球が迫る。
「将を討ち取るが戦の基本ですぞ」
クラウスがほっほっほっと笑っている。
「くそっ……!」
ギリギリの所で、なんとか火球から逃れた俺に、ローベルトの戦斧が再び振り下ろされた。
『くっ!仕方ない。
サポートシステムさん』
『かしこまりました』
「なにぃっ!」
「なっ!」
ローベルトは振り下ろした斧の先にクラウスがいて、慌てて斧を止めた。
「はい、チェックメイト」
その2人に、俺とフラウがそれぞれ刃を突き付けた。
「……くそ」
「やられましたな」
ローベルトとクラウスが武器を納め、両手を挙げた。
俺たちも武器をしまう。
「最後のはどうやった?
入れ替わる暇などなかったし、クラウスがそんなスキを見せるわけがない」
「企業秘密だ」
「むう。仕方あるまい」
ローベルトはそれ以上は追及してこなかった。
冒険者の能力を深く探らないという暗黙のルールを理解しているようだ。
フラウには、俺からスキルを貸与されたらすぐに使うように言っておいた。
そのため、ベストのタイミングでミツキから戻した【強制相転移】をフラウに使わせることが出来た。
俺と場所を入れ替わったクラウスが目の前に現れて、ローベルトはさぞかし驚いたことだろう。
なるべくスキルの多さを露見したくはなかったが、そうしなければ勝てなかった。
だてに武闘僧のトップを張ってはいない、というわけか。
正直、あのまま4人で戦っておけば良かったと思ったが、それは内緒だ。
俺にも意地ってものがある。
まあ、何とかなって良かった。
「さて、これで合格ってことでいいか?」
「もちろんだ。
まさか対等の勝負で負けるとはな。
むしろ、こちらからお願いする」
そう言って差し出してきたローベルトの手を、俺はしっかりと握った。