第八十四話 プルさん宅にて話す
家はいたって普通の一軒家だった。
室内は洋風な家具と内装で仕上げられている。
「そこに座って」
プルに勧められたソファーに腰をおろすと、目の前にふっとティーセットが現れた。
ティーカップからは香り高い紅茶の湯気が立ち昇っている。
「お菓子もあるで~」
プルが杖を振ると、クッキーやらチョコやらケーキやらがテーブルの上に並べられ、フラウがそれに目を輝かせる。
「さて、これでゆっくり話ができるな」
紅茶を飲んで一心地ついた俺たちは先ほどの話を再開させた。
「それで、枢機卿っていうのは?」
俺は改めて説明を求めた。
「あ、そっか。
影人はまだこっちに来たばっかだもんね」
俺はミツキの言葉に頷く。
「あっちの世界の枢機卿と同じような認識でいいのか?
たしか、法王を直接的に補佐する最高顧問だったか」
「概ね、そのような認識で間違いはないかと」
聖女様がこくりと頷いて、さらに説明してくれた。
「私はそちらの世界のことは詳しく存じませんが、この世界における枢機卿の役割は、法王聖下を助け、神のお声をいただく法王聖下のお声を、信徒に届けることです。
また、司教以下に具体的に指示を出しておられるのも枢機卿です」
「なるほど。
それを、たった4人で行っているのですか?」
それは、とんでもない仕事量なんじゃないか?
「はい。
ですが、実質的な実務は司教以下の役職の者が動くので、枢機卿は法王の元で指示を出すのが基本です」
アカシャ教とやらのブレーンってとこか。
「それで?
その枢機卿が、奴隷売買に関わっていると?」
俺がそう尋ねると、聖女様は表情を暗くした。
「法王聖下は、そう仰っておられました。
どうやら、枢機卿から上がってくる報告に矛盾があると。
枢機卿同士は結託しての謀反を防止するために、互いの担当エリア以外には干渉しないため、自らの区分外の情報はないはずなのですが、どうにも、それぞれから上がってくる報告を組み合わせると、信徒の移動に矛盾が発生しているようなのです」
互いの担当エリア外には不干渉か。
確かに謀反を恐れるのなら有効だが、それは緊急時に連携が取れないというデメリットを生む。
まあ、他に宗派を持たない唯一教な上に国の保護があるのだから、そんな心配をする必要がないということなのか。
「ならば、その矛盾とやらの原因を突き詰めていけば、誰が虚偽の報告をしているのか分かるのでは?」
俺がそう言うと、聖女様はさらに悲しそうな顔をして黙ってしまった。
「ねえ、もしかして……」
ミツキがそれに気付いたことで、聖女様はようやく口を開いた。
「ええ。
法王聖下が確認した所、4名の枢機卿すべての報告が矛盾していることが判明したのです」
「そんなっ!」
フラウもようやく理解したようで、驚きの声を上げた。
「それは、4人すべてが、ということでしょうか」
聖女様はそれには首を横に振った。
「そうとも限りません。
4名すべての報告が矛盾するとは言いましたが、正確には、どれが正しい情報か分からない、といった方が良いでしょう。
というのも、信徒の移動はその増減のみの報告となるので、どこの地区がどれだけ信徒が増減したかは分かっても、具体的に誰がどこの地区に移動したかまでは報告されないのです」
「その過程で、どこかの地区で2、3人減っていても気付かれないってことですか」
「その通りです。
法王聖下も、そのような噂が立っていることを聞いて、初めて調査を開始したそうです。
枢機卿のことを、信頼しておられましたから……」
聖女様はそう言うと、再び悲しそうな顔になってしまった。
「誰も、信用できない状況か」
それで、法王は唯一の頼みの綱として、聖女様を頼ったわけか。
「そうですね……私も……
いえ、今は、私には皆さんがおられますね」
聖女様は少しだけ笑顔を見せた。
「なぜ、俺たちを信用できると?
もしかしたら、俺たちの中に密偵がいるかもしれないですよ?」
俺がそう言うと、聖女様は苦笑いをしてみせた。
「それはないでしょう。
ミツキとは古い仲ですし。
また、バルタス村の住民は敬虔な信徒です。
フラウさんがバルタス村の出身であることは聞いています。
そんな方がアカシャ教の教えに背くことはしないでしょう。
それと、プルさんは神樹の守護者様のお弟子様なのでしょう?
そのような疑惑を持つこと自体がおこがましい」
当のお弟子様はケーキ頬張りすぎて息がつまってますがね。
「俺は?
俺こそ、なんの後ろ楯も保証もないのだが」
「影人様は大丈夫です」
「ずいぶんきっぱりと言うんですね」
「はい。
影人様は、何となく法王聖下と空気が似ておられるので」
「法王と?」
そう言うと、聖女様は優しく微笑んだ。
「影人様。
どうぞ、私の瞳の奥をご覧になってみてください」
「……なぜそれを」
俺が他人の瞳を覗き込むことで、その人間の心の在り方を知ることは誰にも言っていないはすだ。
「法王聖下も、人の瞳の奥の世界から、その人となりを把握することを得意とされておりました。
やはり、影人様もそうなのでしょう?」
まさか、俺と同じことが出来る人がいたとは。
法王か。
いつか、一度会ってみたいとこだな。
「……では、失礼して」
「はい」
俺がじっと聖女様の瞳を覗き込むと、聖女様もこちらを真っ直ぐに見つめてきた。