第八十二話 影人!後ろ後ろ!
「ずいぶん長いこと、女神様とおしゃべりしてたのね」
俺が目を開けると、ミツキが後ろの席に座っていて声をかけてきた。
「そんなに長く話していたつもりはなかったんだが、皆はもっと短かったのか?」
体感が違うのだろうか。
「そもそも、神託ってのは滅多にいただけるものじゃないし、あっても、向こうから一方的に予言めいたことを言われるだけで、お互いに話し合うなんてことは普通できないのよ。
でも、あなたがあんまりにも戻ってこないから、きっと対話してるんだろうってアマネが言っててね」
そうなのか。
「ちなみに、女神はどんな姿をしていたんだ?」
「どういうこと?
たしかに最初はふざけたパンダだったけど、それ以降の神託を下さる時には、とってもキレイな女神様だったわよ。
皆も、姿を拝見できたあとは嬉しそうにしてたわ」
やはり、転生者には最初はパンダ姿で接触するのか。
そういえば、カエデ姫もそう言っていたな。
だが、なぜ俺だけずっとパンダなんだ?
「そういえば、他の皆はどうしたんだ?」
周りを見回してみると、ミツキ以外の皆の姿が見えない。
「ああ。
聖女様は法王様に報告に行ってるわ。
フラウとプルはおなかへったーとかって、食堂に行ったわ。
あ、ちゃんと加減するように言っておいたから安心してね」
「ミツキは待っててくれたのか。
悪かったな」
きっと本当はミツキも食堂に直行したかったんだろうに。
「ま、私は大人だからね。
それに、誰かがついてないといけないだろうし」
「…………」
…………盛大に腹の虫を鳴らしながら大人と言われても。
「ありがとう。
じゃあ、俺たちも食堂に行くとするか」
「うん!行こう!すぐ行こう!」
ミツキはガバッと立ち上がり、食堂があると思われる方へ走っていってしまった。
「まあ、皆の神託はメシのあとに聞けばいいか」
俺は溜め息を吐きながらミツキのあとを追って走り出した。
食堂に向かいながら、ミツキは女神から賜った神託を思い出していた。
『これから、影人さんは闇への扉を開けようとする時が来るでしょう。
その時は、あなたたちが引き止めてあげてくださいね』
女神にそう言われ不安に思ったミツキは、影人が戻ってくるまで、そこにいることにしたのだ。
「もちろん、ぶん殴ってでも止めてやるわよ」
食堂に向けて走りながら、ミツキは小さな声でそう呟くのだった。
食堂に着くと、フラウとプルは5杯目のうどんをすすっていた。
うん。いつもより控えめだ。
「あ、ご主人様ぁ!」
「ん」
俺とミツキが近付くと、フラウが立ち上がって俺たちを迎えた。
「ああ、そのまま食べててくれ。
神託の話は食事のあとに、聖女様が来てからにしよう」
「はぁい!」
「おけおけおけおけ」
俺がそう言うと、2人は違うランチメニューを頼み始めた。
控えめとは?
俺たちが食事を終えて一段落した頃、聖女様がやって来た。
なんだか浮かない顔をしている。
法王との話がうまくいかなかったのだろうか。
「皆さん、少しよろしいでしょうか」
「ああ。こちらにどうぞ」
俺が椅子を勧めると、聖女様はおずおずと腰を下ろした。
「1つ、残念なお知らせがあります。
教会は、奴隷売買に関わっている可能性のある者の調査を、公的には行わないことになりました」
「なんでよっ!」
「…………外聞が悪いからか?」
俺の質問に、聖女様は何とも言えない表情をしてみせた。
「それもあるのでしょう。
教会としては、そんな輩はいないということにしたいようです。
それに、どうやらこの件は、思ったよりも根が深いようなのです」
「どういうことだ?」
聖女様はさらに表情を険しくして、声を抑えた。
「法王聖下曰く、この件には枢機卿レベルの者が関わっているのではないか、とのことです」
「枢機卿って、この世界に4人しかいないじゃない!」
「ミツキ!
声が大きい!」
「あ!ごめっ!」
俺に指摘され、ミツキは慌てて口をふさいだ。
「……場所を変えよう。
聖女様。
どこか人目を気にせず話せるところはありますか?」
「それならば、私の私室へ。
聖女のプライベートルームには遮断結界が張れる道具があるので」
聖女様はそう言うと席を立った。
「…………」
「影人?」
席に座ったまま動かない俺に、プルが首を傾げる。
「いや、こちらで用意したい。
プル、他人に干渉されない部屋を用意できないか?」
「んー、それなら、亜空間にある、私の修行とか研究用の部屋。
私の許可がなければ、私以外には干渉不可」
「よし、そこにしよう」
俺がそう言うと、プルは俺たちの足元に転移魔方陣を展開した。
「詳しい話はそちらで」
「わかりました」
そして、俺たちはプルの部屋へと転移していった。
「……ちっ!」
それを見て、俺たちを監視していた者が舌打ちをしたが、それを聞いている者はいなかった。