第八話 逃げたり追い掛けたり
「くそっ!
北のやつら!
ちゃんと地図とか見ながら歩いてるのかよ!」
四方から向かってくる気配に対して、直進している西と、ふらふらとさ迷っているかのように感じられる北との間、北西の方角に走りながら、俺は北の定まらない動向にやきもきしていた。
南は軍隊。
東は速度や動き方からして、忍のような諜報部隊。
北は、おそらく戦闘が専門ではない研究者タイプ。
西は最も得体が知れないが、一見素人にも感じられるし、何より単騎だ。
東のやつらも俺のように気配を感じられるのか、神樹を離れた俺を追ってきてるし、そうなると、こっちに行くしかない。
東のやつらが追ってきたことで、やつらの狙いが俺であろうことも分かったことだし、これはさっさと逃げるに越したことはないな。
少なくとも、南と東のやつらには接触したくはなかった。
軍属は面倒だし、東の組織もどんなものか知れない。
研究者とも関わりたくはないが、南東に行くよりはマシだろう。
それに、西は1人だが、北も2人だ。
少数精鋭とも取れるが、人数は少ない方がいい。
「それにしても、」
動き出す前から感じてはいたが、
「体が、異常に軽いな」
あのパンダが前の世界の抑圧から解放されて、身体能力が大幅に向上するとは言っていたが、これは本当にすごい。
というか、やばい。
まだ身体機動と思考加速がプラスされているから何とかなっているが、元の世界の一般的な学生だと、これに慣れるのにずいぶんかかるんじゃないか?
さっきから、俺の身長並みにデカい木の根も簡単に飛び越えられるし、枝を使った懸垂や宙返りもまったく力を必要としない。
これは、力加減を早々に覚えないと大変なことになりそうだ。
「ん?
これは………」
想定の倍以上の速度で移動している俺は、四方の気配の変化に気が付いた。
東は俺の移動速度に合わせて加速した。
速度は俺と同じぐらいか。
逃げているのも、俺が追われているのに気付いていることも分かっている。現状、一番厄介な相手だ。
南も、しばらくしてから進路をこちらに変え、部隊の一部が突出して加速してきた。
南の軍団は常に俺を補足しているわけではないのか。
何らかの制限があるのか。
進路を変えるのに時間差があったな。
しかし、突出してきたやつらが速い。
このままでは森を抜ける前に追い付かれる。
俺もまだ加速できるが、向こうが俺を補足できるなら、これ以上手の内を晒したくはない。
可能ならば、これが最高速度だと思わせておきたい。
北のやつらも、ウロウロしながらもこっちに近付いてきてやがる。
迷ったように見えたのはフリか?
初めから、自分たちの方に来させるために油断させようとしていたのか。だとしたら迂闊だったな。
西は相変わらずよく分からないな。
真っ直ぐ神樹に向かってきていたが、途中でデカい動物か何かに遭遇して、逃げるようにこちらに来てしまっている。
これも演技なのか?疑いすぎか?
ともあれ、西と北との接触は免れないか。
スキルと魔法の発動に気を付けて、まずは様子見したい所だが、一番の問題は俺自身がまだ魔法もスキルも見たことがないことだ。
魔法は詠唱なんかが必要なのか?
スキルは、発動前にモーションやエフェクトがあるのか?
『サポートシステム。
どうなんだ?』
俺は頭の中で、『百万長者』のサポートシステムに語りかけた。
『その質問は、『百万長者』内のスキルとは直接的に関係がないので、お答えすることができません』
『なぜだ?
スキルに関係することだろう?』
『その質問は貸与された使用者にとって必要な質問であり、『百万長者』保持者であるマスターに必要な質問の条件を満たしていないからです』
なるほど。
そう要領よくはいかないのか。
『わかった。
ならばいい』
システムに要領や忖度を求めるのは不毛だろう。
ならば、ここに答えを求めるのはやめよう。
それなら、
「見たことがないなら、見ればいいか」
そう呟いて、俺は少しだけ方向転換をして速度を上げた。
その頃、東の部隊では、
「隊長!
対象が神樹を離れて北西方面に走ってます!」
「ああ。分かっている。
しかし速いな。
いくら異世界人といえども、この速度は異常だ。
追い付けるかギリギリだな」
「まあ、いざとなれば私が何とかしますから、皆さんはとりあえず南の軍に先を越されないようにだけ気を付けてください」
「姫様。
わざわざご足労いただき、感謝いたします。
お手を煩わせることのないよう善処いたします」
一方、南の部隊でも、
「王子!
対象は北西方向へと、すごいスピードで移動しています!」
「そうか。
この大所帯では追い付けないな。
ガルダ!ザジ!リード!
俺についてこい!
全力で追い掛ける!
他の部隊はこのまま行軍!
リード!
【捕捉】のスキルで随時対象を確認しろ!」
「「「「「はっ!!」」」」」