第七十二話 そして刀は笑う
ようやく到着した応援部隊にフラウと、捕縛した警備や貴族たちを任せ、ミツキとプルは影人が降りていった地下室に急いだ。
「どうしよう。
なんか、すごい嫌な予感がする」
「ん」
フラウも仮面の男も屋敷にいたのだから、影人の方は特に問題はないはずなのだが、ミツキは胸騒ぎが収まらなかった。
それは、地下に降りていく影人に、暗い何かを見たからなのだろうか。
ミツキはなんだか分からないもやもやを抱えたまま、地下室への階段を降りた。
「暗いなー。
プル、火付けて」
「ほい」
プルは光球を維持するのが面倒だったのか、階段に設置されていたすべてのランプに火を灯した。
パアッと、一気に暗闇が照らされ、目の前に鋼鉄の扉が浮かび上がる。
「いくわよ」
「ん」
ミツキがその扉を開く。
「あ、影……人?」
部屋の中央に誰かが立っていたが、部屋の中は真っ暗で、開いた扉から入る明かりだけでは判別がつかなかった。
ミツキが一歩踏み出すと、ピチャという音が足元から聞こえた。
「え?なに?
よく見えない」
《灯火》
「あ、ダメ」
「えっ?」
プルが止めようとしたが、ミツキの灯した明かりは、部屋全体を照らした。
「きゃーーーっ!」
「わーーーーんっ!」
「いやーーーっ!!」
部屋の隅から、子供たちの割れんばかりの悲鳴が聞こえる。
そして、部屋の中央には血の海に浮かぶ影人の姿があった。
背を向ける影人はその姿を、足元に浸るそれで、全身を濡らしていた。
「影人……」
ミツキが悲しそうに声をかけるが、影人はまったく反応を示さなかった。
手に持つ黒影刀からは、いまだにポタポタと雫がこぼれている。
「ていっ」
「あ、ちょっ!」
プルが血の海をものともせずに影人に近付き、杖で思い切り頭を叩いた。
「影人。
そっちはダメ。
早く戻ってきて」
プルの言葉にミツキもハッとして、影人の正面に回り、ガッと肩をつかむ。
「そうよ!
フラウは無事よ!
だから安心しなさい!」
影人はその言葉にピクリと反応し、そして、その瞳にゆっくりと光が戻っていった。
「……ミツキ。
フラウは、無事、なのか?」
影人はゆるゆると顔を上げて、ミツキを見つめた。
「無事よ。
今は<ワコク>から来てくれたトリアさんって人が見てくれてるわ。
だから、安心して」
ミツキは出来る限り優しく、語りかけるように答えた。
「そうか。
トリアさんが。
それなら、良かった」
その答えを聞いて、影人はようやく表情を少しだけやわらげた。
「ここは、あとは私たちがやっておくから、影人も上で少し休んできたらいいわ。
フラウの顔も見たいでしょ?」
「そう、か。
すまない。
じゃあ、そうさせてもらう」
影人はそう言って、刀についた血を拭いもせずに納刀し、ふらりと階段を上がっていった。
「プル。
子供の数が多いわ。
上から人を連れてきてくれる?」
「……おけ」
ミツキに言われて、プルも地上に戻っていった。
「さて、と」
プルが出ていったことを確認すると、ミツキは子供たちの方を向いた。
子供たちがひっ!と声を上げる。
「注目っ!」
ミツキが声を上げて人差し指を立てると、子供たちは全員、ミツキの方を見る。
《閃忘光》
ミツキの人差し指がカッ!と光り、それを直視した子供たちは少しの間、その思考を停止させた。
「おわた?」
プルが数人を連れて戻ってきた。
プルと一緒に来た人たちは部屋の惨状を見て驚いたが、ミツキに言われて、茫然自失とした子供たちを抱えて外に連れ出してくれた。
「…………」
「…………」
全員を運び終え、その部屋にはミツキとプルだけになった。
「医療行為や刑罰以外での記憶消去は違法」
「……いいのよ、これで」
プルの指摘に、ミツキは悲しそうに笑って答えた。
「さ!もう戻りましょ!
こんなとこ、長居したくないわ!」
「ん」
2人はそう言って、地下室をあとにした。
プルが最初に、仮面の男とは別に感じたヤバい存在が、いつの間にか消えていたことには、プルしか気付いていなかった。
そして、血に濡れた黒影刀から、微笑むような喜びの声が漏れていたことに、誰も、気付いてはいなかった。