第七十話 光に宿る闇
「仮面の男!」
顔を上げた男を見て、ミツキが声を上げる。
「おや?
私をご存知でしたか。
そうか。
あの時こちらを覗いていた鳥はあなた方ですね」
執事服を見に纏った仮面の男は楽しそうに話している。
「フラウはどこ!?
おとなしく引き渡しなさい!」
「その子なら、とっくにそこにいますよ」
仮面の男はそう言って、ミツキたちの足元を指差した。
すると、さっきまでは確かに何もなかった床に、フラウが倒れていた。
「フラウ!」
「おっと」
「きゃっ!」
ミツキが倒れているフラウに近付こうとしたが、仮面の男に結界を張られて弾かれた。
その結界は、男を中心に、フラウだけをその中に納めた。
ミツキとプルは結界によって阻まれる形となってしまった。
「……んっ」
そこで、フラウが目を覚ます。
「フラウっ!」
「う、ん?
ミツキお姉ちゃん?
プル?」
目を擦りながら体を起こすフラウは、自分に起きた事を思い出し、ハッとした。
「そうだ!私!
ご主人はっ!?」
「おやおや、もうお目覚めですか」
「あ、あなたは……」
声に気付いて仮面の男を見たフラウが顔色を変える。
「お久しぶりです。
先ほどは気付かなかったでしょうが、あなたをさらったのは私ですよ、お嬢さん」
仮面の男が再び丁寧にお辞儀をした。
「あなたは、何がしたいんですか?
私を最初にさらったのも、途中で逃げられるようにしてくれたのも、今回のも、あなたなんですよね?」
フラウは真っ青な顔で懸命に仮面の男に尋ねている。
「ふふ。まあ、何かがしたい、のでしょうね。
ああ、もちろん、今回あなたをさらったのも私ですよ」
仮面の男は目的をはぐらかして、はっきりとは答えないつもりのようだ。
「ご主人様は?
ご主人様はどうしたですかっ!?」
「ふふ。どうしたんでしょうねえ。
あなたを助けには来ないんじゃないでしょうかねえ」
「そ、そんなこと……」
「なに勝手なこと言ってんのよ!
フラウ!
影人は…………!」
「えっ?」
ミツキの声は途中で途切れ、フラウには聞こえなくなった。
「余計な野次は野暮ですよ」
仮面の男は結界に手を翳していた。
「何これっ!?
急に向こうの話し声が聞こえなくなったんだけどっ!」
突然、フラウたちの声が消え、口パクで何かを話している光景に、ミツキは声を上げた。
「これは、結界に遮音を付与してる。
結界内の音を外部に漏らさないもの」
「そんなっ!
何とかならないのっ!?」
プルの説明に、ミツキが焦った様子を見せる。
「もうやってる。
でも、けっこう複雑に術式を組んでる。
たぶん、事前に術式を用意してた。
解除には時間がかかる」
「……あいつ、なんかおかしい。
妙にフラウを煽って、フラウに何かさせるつもりかしら」
ミツキは青い顔で仮面の男に食って掛かるフラウの様子を心配そうに見つめていた。
「ご主人様ご主人様って。
心配しなくても、あなたには新しいご主人様がすぐに見付かりますから、前の男のことなんて忘れてしまいなさい」
「なに言ってるですか!
フラウのご主人様はずっと1人だけですっ!」
「……なぜ、頑なにその男を信奉するのか。
これも、もう片方の片割れの力なのでしょうか」
「なんですか?」
「いえいえ、こちらの話です」
仮面の男はそこでバッ!と両手を広げた。
「では、こうしましょう!
あなたが信じてやまないご主人様とやらを私が殺してあげますよ!
そうすれば、何の憂いもなく、新しいご主人様の元へ売られるでしょう?」
「……え?
なにを、言ってるですか?」
フラウは仮面の男の言っていることを理解しきれずにいた。
「ですから、あなたの愛しのご主人様をぶっ殺してあげると言っているのですよ。
あ、それとも、仲良く奴隷にして、それぞれ新しいご主人様に仕えられるようにして差し上げましょうか?
そうですね、それはいい!
我々も儲かるし、一石二鳥じゃないですか!」
仮面の男は嬉しそうに笑っている。
「な、にを、勝手なことを」
フラウは仮面の男を睨み付けながら、ぶつぶつと呟き始めた。
「そんなの、ダメです。
ご主人様は、きっと私を助けてくれます。
ううん、違う。
フラウがご主人様を守るです。
助けるです」
「あなたでは無理でしょう。
あなたは弱すぎます。
せいぜい泣き叫んで、ご主人様に助けを乞いなさい。
助けに来たご主人様は、ちゃんと私が始末してあげますから」
「そんなことさせない。
無理じゃない。
私は弱くない。
力を、力をもっとつけるです。
皆を守る力を。
皆を傷付ける奴を、やっつける力を」
フラウの左手に光が現れ、徐々にそれは大きくなっていく。
それを見た仮面の男がニヤリと笑う。
「やっつける力?
殺す力、でしょう?」
「殺す?
そうです。
ご主人様を。
ミツキお姉ちゃんを。
プルを守るために。
その邪魔をする奴を、殺す力を、求めるです」
やがて、フラウの左手で力強く輝きだした光に、わずかな影が、闇が灯る。
「フラウ!
それはダメよ!」
その様子を見ていたミツキが叫ぶが、それがフラウに届くことはない。
「そうです。
邪魔をするやつは殺せばいいのです。
なんだ。
簡単なことです。
殺してしまえば、大切な人を殺されることはないのです」
一点の闇が、少しずつ大きくなっていく。
「そうです。
それが真理。
それこそが、大切な人を守るために必要な力なのです」
「大切な人を、守る……」