第六十八話 沈む
プルの放った光の鳥は、来た道を引き返すように飛んでいく。
俺たちはそれを必死で追う。
「プル!
まだなのか!
かなりのスピードで追ってるんだぞ!」
「…………」
「プル!」
「…………向こうは転移魔法で逃げてる。
亜空間を通る魔力の残り香をたどるのは容易じゃない。
集中したいから黙って」
「……くそっ!」
しばらくして、それまで黙っていたミツキが口を開く。
「影人。
ゴリアテちゃんには私から念話しといたわ。
もう少しで解析を終わらせるし、フラウを連れ去った奴らの居場所が分かり次第、教えてくれれば、援軍を出すって。
<ワコク>のお姫様とは面識ないから、影人から念話しといてくれる?」
「あっ」
そうか。
追うことばかりに気を取られて、手を回すことを忘れていた。
増援を頼んだ方が効率も良いはずなのに。
熱くなりすぎて、そんなことにも気付けなかったのか。
「影人。
焦る気持ちは分かるけど、こういう時にこそ、冷静に出来ることを考えていかないと」
ミツキが諭すように言ってくる。
「ああ。
ありがとう、ミツキ。
プルも、すまなかった」
「いいのよ、先輩冒険者からのアドバイスだから!」
「ん」
俺は2人に頭を下げて、カエデ姫に念話を繋いだ。
そうだ。
俺は今は1人じゃない。
頼るべき仲間がいる。
力もある。
俺のせいで、もう二度と大切な人の命を失ってたまるか。
<ワコク>の援軍は、どうやら<アーキュリア>に入ったらしい。
とりあえず、ボルクスに向かっていて、こっちの場所が分かり次第、来てくれるとのことだった。
その後もしばらく光の鳥を追って走っていると、プルが突然、ピタッと足を止めた。
光の鳥も、ふっと、その姿を消してしまった。
「プル?どうした?」
「……消えた」
「え?」
「たぶん、空間転移でここまで来たあと、どこか隔絶された空間結界の中に移動した。
そこから逃げられたら、魔力の残滓をたどることは出来ない」
「そんなっ!」
プルの説明に、ミツキが顔を青くする。
「どうにかならないのかっ!」
「無理。
空間隔絶はそのための魔法だから」
プルはそう言って、珍しく悔しそうな顔を見せた。
「くそっ!
どうすればっ!」
『みんなぁ~!
おまたせ~!!』
『ゴリアテちゃん!?』
俺たちが立ち尽くしていた所に、ゴリアテからの念話が俺たち全員に届いた。
『ゲルス子爵の解析が済んだわ!
子爵は基本的に金を出してただけね。
おまけに、<アーキュリア>が滅ぼされた時に死んでるわ。
でも、それを引き継いでる男がいるの。
もともとは実働部隊として陣頭指揮を取っていた男ね。
素性は一切分からないけど、仮面をつけてたらしいわ!』
「……仮面っ!」
フラウが話していた、奴隷商の男だ。
さらには、さっきまで俺たちがいた元ゲルス子爵邸にいた男。
そいつが、フラウをさらったのか。
『そいつの居場所は分からないのかっ!』
『えっとねー、たぶんなんだけど、ゲルス子爵が別邸として使っていた屋敷が、ボルクスからだいぶ離れた所にあるわ。
どうやら、結界があって、今でも人が暮らせるようになってるっぽいの。
場所を言うわね』
ゴリアテはそう言って、屋敷の座標を教えてくれた。
「それ、ここのすぐ近くじゃない!」
それを聞いたミツキが声を上げた。
『これは当たりね。
ボルクスからじゃ、ちょっと遠いけど、もう有志は募ってあるから、今から行かせるわ』
「俺たちも急ごう!」
俺たちは急いでその屋敷に向けて走り出した。
カエデ姫にも念話で場所を伝える。
『気を付けてね。
その屋敷、今でも貴族たちの憩いの場として使われてるみたいだから。
それを取り仕切れるぐらいだから、それなりの兵力はあるはずよ』
ゴリアテは最後に、そう忠告してきた。
そんなことは関係ない。
そこにフラウがいるのなら、どんな奴が相手だろうと助けに行くまでだ。
そして、そんな奴に、一切の加減をしてやるつもりはない。
この世に生まれてたことを後悔させてやる。
深く、暗く、闇に沈み行く俺の心に、その時は俺もミツキもプルも、誰も気付いてはいなかった。