第六十六話 守る覚悟と殺す覚悟。プルだって、真面目な話できるんだよ?
「くそう!
なんだコイツら!
ガキのくせに強いぞ!」
俺たちは盗賊に襲われていた。
ちょうどボルクスと、ゲルス子爵邸の間ぐらいのポイントだろうか。
すっかり雑草で覆われた街道を歩いている途中で、15人ほどの男に囲まれたのだ。
どうやら、他に伏兵はいないようだ。
プルは感知結界で盗賊たちには気付いていたが、
「この方が一網打尽に出来る」
だそうだ。
実際、盗賊たちはたいした強さではなかった。
あの群狼を相手取った俺たちからすれば、特に苦戦することのない相手だった。
数に物を言わせて、今まで何とかやってきたのだろう。
だが、
「あうっ!」
「フラウっ!?」
さっきからフラウの様子がおかしかった。
狼を倒した時のようなキレが見られないし、肝心な所で躊躇いが見られた。
結果、俺たちは難なく盗賊たちを始末したのだが、
「…………」
「フラウ。
どうした?」
俺は俯いて黙ったままのフラウに声をかけた。
ミツキとプルもこちらに顔を向けている。
「……人を殺すのが、怖いです」
フラウは真っ青な顔をしていた。
「手合わせとかなら全然平気です。
でも、向こうが私を殺す気で向かってきて、私もそうしないといけなくて、相手の動きとかは全部見えてて、簡単に対応できて、でも、いざ相手の首に剣を突き付けると、怖くなるです。
これを少し動かせば、この人は死んじゃう。
私が殺す。
そう考えたら、怖くて怖くて、全然、動けなくなっちゃったんです」
そういうことか。
動物とはワケが違う。
自分と同じ人間。
その息の根を止める。
確かに、最初は躊躇する所だな。
武器を決める時にも懸念していたことが起きてしまったワケだ。
いくら言い繕っても、結局は自分の手で人を殺すんだ。
それは誤魔化しようのない事実。
こればかりは、自分で折り合いをつけるしかない。
俺からすれば、人間も1個の動物となんら変わらないんだが、そうもいかないだろう。
さて、何て言ったものか。
「分かるわー。
私も最初はガクブルだったわよー」
俺がかけるべき言葉を模索していると、ミツキが気安い雰囲気で入ってきた。
「ほら、私って転生してきたじゃない?
で、あっちの世界の、私のいた時代の、特に私の国なんかは、めちゃくちゃ平和だったのよ。
女子供が武器も持たずに、護衛もつけずに普通に歩けるし、魔獣みたいな恐ろしいのもいないしね。
おまけに国全体で、国民を死から遠ざけるような風潮があったから、それこそ、身内のお葬式とか、学校で飼ってたウサギが死んじゃったとかでしか、生き物の死に触れたりはしてこなかったもの」
フラウはミツキの話を懸命に理解しようとしていた。
「んでも、こっちに来てからは、そうもいかないじゃない?
特に私は冒険者になったし、最初は薬草採取とかで細々とやってたから良かったけど、女ってだけで普通に暴力振るってきたり、乱暴しようとするクソ野郎もいたりしたのよね。
国から出て依頼をこなそうとすると余計にね。
まあ、幸い私は転生者ってのもあって、元からその辺の冒険者より強かったから大丈夫だったけど、それでも、やっぱり人を殺さないといけない場面は来たわ」
ミツキはそこで、少しだけ悲しそうな顔をした。
彼女も、やはりいきなりこの世界に来て、大変な思いをしたようだ。
「国外の森で依頼を遂行中に、仲間がさっきみたいに盗賊に囲まれてね。
私は近くの木から偵察中だったんだけど、こっちは私を入れて5人。
向こうは30人はいたかしらね。
当時は皆、そこまで強くもなかったから、状況は絶望的だったわ。
そこで私の仲間はね、私に逃げろって念話を送ってきたのよ。
バカでしょ?
私が仲間を残して逃げるワケないのに。
それで、盗賊たちが仲間に武器を振り上げるのを見て、私は頭に一気に血が上っていくのを感じたわ。
それで勢いで弓を構えて、矢を射ろうとしたんだけど、その時に気付いちゃったのよ。
あれ?これで私が射ったら、あの盗賊は死ぬのよね?って。
私が、殺すんだって。
そう思ったら、もうダメだったわ。
体がブルブル震えちゃって、狙いをまったくつけられなかった」
「そ、それで、どうしたですか?」
「いやー、それで、手を離しちゃってね。
矢を射っちゃったのよ。
当然、狙いは大外れ。
近くの木に刺さって、盗賊に気付かれて、何人かこっちに来て、もう大変よ。
そのあとは無我夢中で射ちまくって。
まあ結局、近くを通りかかったベテラン冒険者パーティに助けてもらったんだけど……
あれ?
結局、何が言いたかったんだっけ?」
ミツキはアハハーと自分の頭をかいていた。
「ま、とにかく、最初は誰だって怖いものよ。
結局、そんときの流れ矢で、1人殺しちゃってたみたいだし。
でも、仲間を守るために必要だったことだから、後悔はしてないわ。
それに、今だって誰かに手をかけるのは怖いわよ。
それでも、自分と仲間を守るために必要なら、私は何の躊躇もなく、矢を放つ。
それが私の覚悟だから」
そう言って真面目な顔をしたミツキを、フラウも真剣な表情で見つめていた。
「フラウ。
人を殺すことに慣れる必要はない。
でも、もしそれが本当に必要になってしまった時に、躊躇だけはしない方がいい。
それは、自分や、自分の大切な人の死に繋がるかもしれないからだ。
自分の大切な人を守るために襲い来る敵を殺す。
俺にとっての覚悟も、そんな所だ。
フラウもよく考えるといい。
それで、自分なりの答えを見つければいい」
「……分かりました。
すぐには見つけられないかもですが、頑張ってみます」
まだ結論が出たわけじゃないが、フラウはすっきりした顔をしていた。
「邪魔な敵は殺す。
それだけじゃないの?」
…………プルさん、そうだけど。
そうなんだけど。
今いいとこなんすよ。
お菓子あげるなら、ちょっと黙っててくれませんか?