第六十五話 ボルボルボルクス出発ボルクス
翌日、昨日と同じ時間にゴリアテの元に行くと、彼女?は艶やかな髪をぐしゃぐしゃにして、書類の山に埋もれていた。
「あの~、ゴリアテさん?」
「うがあぁ~~~~!!!」
「ひゃうっ!」
俺がお伺いを立てると、ゴリアテは書類の山を吹き飛ばしながら出てきた。
フラウがびっくりして俺の後ろに隠れる。
「ん?
あら!影人ちゃん!
来てたのね~!
気付かなかったわ~!」
……いつの間にちゃん呼びされるようになったのか。
相変わらず良い声っスね。
「もー!ヤになっちゃうわ!
死ぬ気で調べられるだけ調べてこい!って言ったら、この様よ!
影人ちゃんたちに言った手前、確認しないわけにはいかないし、もう徹夜したわよ!
珠のお肌が荒れちゃうわ~」
ゴリアテは夜を徹して資料を確認してくれていたらしい。
わりと律儀な人のようだ。
まあ、そんなドスの効いた声で言われたら、そうなるよな。
ちなみに、ダラスの街でミツキが情報収集を頼んだ冒険者たちの情報も、こちらに集められているようだ。
「全部終わってないようなら手伝うか?」
俺の申し出に、ゴリアテはポッと顔を赤くした。
え?なんで?
「んも~!
影人ちゃんたら、や~さ~し~い~!
それはつまりー、これが終わるまでは帰さないぜ!ってことでしょー!」
いや、断じて違うが。
「でもねー、残念ながら、たったいま終わっちゃったのよ~。
ざーんねーん」
良かった。
命拾いしたな。
「そうなのね!
それで?
どうだったの?」
ミツキが前のめりでゴリアテに尋ねる。
「んーとね、そのゲルス?子爵は、はっきり言って、かなーりきな臭いわよ。
賄賂や闇取引は当たり前。
賭博場を作りたいからって、その土地にいる農民を犯罪者に仕立て上げて、土地を取り上げたなんて話もあるわね」
「そんなことをして、上は何もしないのか?」
「調べはしたみたいだけど、いずれも証拠不十分でお咎めなしね。
どうやら、かなりの大貴族がバックボーンについてたみたいだから、なかなか手が出せなかったようだわ」
「マジクズね!」
ミツキ姐さんもご立腹だ。
「ほんとよ!
続けるわね。
で、そんなクズ子爵の一番の目玉は、奴隷販売だったらしいわ」
奴隷と言う言葉に、フラウがびくっと反応する。
「奴隷自体、とっくの昔にどの国でも禁止されたけど、裏ではこっそり売買が為されているわ。
国も取り締まってはいるけど、捕まるのは結局、足切りみたいな奴らだから、元締めはのうのうと優雅な暮らしを送ってるみたいね。
で、ゲルス子爵はその奴隷売買コミュニティで上質な奴隷を数多く出品して、名を上げたらしいわ」
奴隷か。
俺も教科書や小説ぐらいでしか知らなかったが、実際に人がもののように扱われているのは、聞いていて良い気分ではないな。
あちらの世界でも、それに近い扱いの身分はあったが、きちんと本人の保障なんかはされていた。
それにしても、コミュニティなんてのもあるのか。
思ったより、根深い問題のようだな。
「で、何より厄介なのは、ゲルス子爵の出品している奴隷を頻繁に購入しているのが、どうも<マリアルクス>の大貴族らしいってことなのよ」
「それは、国で取り締まれないのか?」
あの王がそれを見逃すようなことをするとは思えないが。
「証拠がないのよ。
この情報もあくまで噂。
しかも、噂の出所を調べたら、発信元になった人は消されてたわ。
マリアルクス王をかわすぐらいだから、相当のやり手ね」
なるほど。
噂程度の情報流出さえ許さないほどの徹底ぶりか。
個人を特定するのは難しいか。
「あ!
そうだ!
ゴリアテちゃんのスキルなら!」
「そうよ」
ミツキに言われて、ゴリアテはニヤリと笑みを浮かべる。
「私のスキルは、複数の情報の欠片から、その大元を辿ることが出来る。
たとえ状況証拠でも、数さえあれば、犯人にたどり着けるわ」
そんなスキルがあるのか。
もしかして、それを警戒して、ここに情報を流さないようにしたのか?
まあ、便利ではあるが、あまり使う場面はなさそうだな。
「このスキルはね、戦闘中に相手の情報を解析して、ジョブやスキル、流派や癖なんかまでを丸裸にしちゃうことも出来るのよ」
ゴリアテは俺の考えていることが分かっているかのように、そう追加した。
なるほど。それなら、かなり厄介な相手になる。
自分の情報が筒抜けなんだ。
彼女ほど、やりづらい相手はそういないだろう。
「そのために、これだけの量の情報を調べさせたのか」
「そーゆーこと!」
ゴリアテは長い睫毛を揺らしながらウインクしてみせた。
パン神よ。
これで声も良ければ完璧だったんだが。
まあ、アレらしいっちゃ、らしいが。
「でもねー、噂とか状況証拠だけな上に、数が数でしょー。
それなりに時間かかっちゃうのよー。
早くて2日はかかっちゃうかなー」
ゴリアテは体をくねくねさせながら困った顔をしていた。
「そうか。
それなら、俺たちは出発するから、分かり次第、念話で教えてほしい。
こちらはこちらで調べた方が効率が良いだろう」
「おっけー!」
そんなわけで、俺たちはボルクスを出発することにした。
ここから先はまともな街はない。
人がいても、冒険者か盗賊の類いだと思え、とのことだった。
なので、誰かに会ったら、まずは冒険者証を見せることと言われた。
すぐに出さない奴は敵だから始末していいらしい。
ただし、奪った冒険者証の可能性もあるから、完全に信用しないことと、何度も教えられた。
「んで?
次はバルタス村の近くの、元ゲルス子爵邸に行く感じでいいのよね?」
「ああ。
途中で野営をはさむだろうが、次の目的地はそこだと思ってくれていいだろう」
「おけー」
ミツキの質問への俺の返答に、プルが拳を上に掲げた。
「…………」
フラウは下を向いて、いろいろと考えているようだ。
俺がフラウの頭に手を置くと、おずおずと顔を上げる。
「早く、お姉さんを見つけてやろうな」
俺がそう言うとフラウは、
「はい!」
と、笑顔で返事をしてみせた。




