第六十四話 普通の人いない……
ボルクスのギルドマスターは女性だった。
慎ましやかな、大人の女性といったイメージ。
膝まであるサラサラの長い黒髪はなめらかで、体にフィットする黒いワンピースと相まって、その曲線美を艶やかに演出している。
大きな瞳に長い睫毛。
しとやかに結ばれた口元は上品さを感じさせた。
「マスター!
久しぶり!」
ミツキがそんなギルドマスターに気安く声をかける。
そんな態度も許容するほどの器の広い人物なのだろうか。
マスターはたおやかに口を開く。
「やっだー!
ミツキちゃんじゃない!
ひっさしぶりー!
お元気だった~?」
「もう元気元気!
マスターも相変わらずみたいね!」
「…………」
声が野太い。
俺の耳にキマイラでも詰まったのか?
それとも、俺の目が腐りきったのか。
ちらりと横を見ると、フラウが口をぽかんと開けている。
プルは持っていたお菓子袋をぽとりと床に落とした。
良かった。
どうやら俺の身体機能は正常に機能しているようだ。
「あ!
紹介するね!
この人はボルクスのギルドマスターのゴリアテちゃん!
こう見えてすごい強いのよ!」
「あ、ああ」
俺が知りたいのはそこじゃない。
てか、ゴリアテちゃんて。
確かに、ずいぶん背が高いなとは思っていたが。
俺より大きいぞ。
これでも175はあるんだが。
「この大変なギルドのマスターに任命されちゃうぐらい、すごい人なのよ!」
「やっだー!
もう!
ミツキちゃんたら!
照れちゃうー!」
相変わらず良い声っすね。
声帯どうなってるんですか?
「あ、ちなみに男性よ」
ですよねー!
その体はどうしたんですか?
この世界にはそんな見事な手術が出来る技術があるんですか?
「私はねー。
生まれた時から心は女の子だったのよ。
でも、肉体はごりごりの漢だったわ。
なぜか、鍛えてないのにどんどん逞しくなっちゃってね。
それで、神様にお願いしたの。
ああ、どうか、私を女の子にしてください!って。
そしたらね、なんと女神様は女体転変のスキルを授けてくださったのよー!」
いや、声はよ!
半端な仕事すんな!
パンダ!
「まあ、声はそのままだったけど、こーんな可愛くなれたんだから、女神様には感謝感謝だわー!」
ゴリアテはそう言って、くるんと回ってウインクをしてみせた。
耳をぶち抜けば、確かに問題ないのかもしれないと思ってしまう自分を殺したい。
「あ、ちなみに、ミツキちゃんとは、とある組織をぶっ潰す時に手伝ってもらってからの付き合いなのよー!
あの時のミツキちゃんの容赦のなさ!
もう惚れ惚れしたわー!」
「なに言ってるの!
ゴリアテちゃんがあいつらを防具ごとぶん殴ってくれたから、私は止めを差しただけよ。
主に男の急所を」
「んもー!
ミツキちゃんこわーい!」
楽しそうですね。
フラウもいるので、そういう会話はやめてもらっていいですか?
俺に耳を塞がれたフラウが首を傾げてこっちを見てるんですよ。
プルさん、「わくわく」じゃないですよ。
なに楽しそうにしてんの。
もう誰か助けて。
「それでー?
なんのご用事かしらー?」
ミツキとの女子?トークに一花咲かせたゴリアテは、執務用の椅子に腰かけた。
ようやく話が進むようだ。
「じつはー……」
ミツキがだいたいの事情を話す。
フラウの姉のこと。
各国の調査結果。
ギルドへの依頼の成果。
ゲルス子爵のこと。
これから行こうとしている、元ゲルス子爵邸のこと。
「なーるほどねー」
ゴリアテはそれをふんふんと頷きながら聞いている。
そのいかついふんふんがなければ完璧なのだが……。
「ふふ。
ふふふふふふ」
え、急に笑い出したよ。
しかも、なんか怒ってない?
なんかめっちゃ怖いんですけど。
ドゴォォォンッ!!
ゴリアテが机に拳を叩き付けて、机を粉々に粉砕してしまった。
「そーんな話、私は聞いてないわよー。
本来なら、私のとこに一番に寄越すべき情報のはずじゃなーい?」
ゴリアテはゆらっと立ち上がりながらそう言った。
だが、たしかにその通りだ。
バルタス村が<アーキュリア>にあるのだから、その最前線であるボルクスのギルドマスターに情報がいっていないのはおかしい。
「なーんか、きな臭いわねー」
おそらく何者かの思惑によって、ボルクスへの情報が遮られたのだろう。
そんなことが出来る人物は限られてくるが。
「おっけー。
くそヤロウに関しては私に任せて!
私がこの机と同じ目に遭わせてあげるから!」
うん、頼もしいッス!
兄……姉御!
「で、フラウちゃんのお姉ちゃんの情報はー、ちょっと調べるから、1日もらえるかしら?
また明日、同じ時間に来てちょうだい」
ゴリアテがそう言うので、俺たちはお礼を告げて部屋を出た。
1階に行くと、周りの人が俺たちを見てくる。
「お、おい。
無傷だぞ」
「いや、きっとマスターがモノに当たったんだろ」
「あいつら、何やらかしたんだ?」
「いーなー。俺も殴られてえ」
どうやら、さっきゴリアテが机を粉砕した轟音が聞こえて、皆で話していたようだ。
なんだか変な願望を口にしている奴もいるが……。
俺たちは面倒だったので、特に弁解したりせずに、そのままギルドを後にした。
「さて、明日まで時間ができたな。
どうするか」
「あ、私はいろんな所で情報聞いてくるよ。
皆はご飯でも食べて、先に宿に行ってて」
「そうか、一緒に行こうか?」
「んーん。大丈夫。
私だけの方が聞き出しやすい奴もいるから」
ミツキはそう言って、ニヤリと笑った。
姐さん、ほどほどにね。
ミツキはそのまま、すたすたとどこかに歩いていった。
後ろを振り向くと、ご飯という単語に腹の虫を騒がせているワンコが2人いた。
「じゃー、メシにするか」
「「わん!」」
わんじゃないよ。