第六話 西東北と来たら、そりゃあねえ
やはり同時刻。
ここは南の国<リリア>。
常夏のこの地には、山には豊潤な果実が実り、南東にある港では毎日の漁でとれた魚介類を中心に、活気ある市場が開かれている。
また、作物の育成も盛んで、人間の領域において重要な、食糧の生産機関となっていた。
しかし、その最南端においては、常に魔族との熾烈な戦闘が続いていた。
魔族の領域との国境に最も近い上に、人間にとって重要なポイントでもあるために、魔族がこの地を狙ってくるのだ。
国境にはとてつもなく長く深い谷があるため簡単には攻めてこられないが、それでも日夜戦闘は繰り返されてきていた。
そんな最南端の砦に、彼はいた。
「魔族軍の動向はどうなっている?」
椅子に腰掛け、テーブルに広げられた地図を眺めながら、青年は言った。
「はっ!
魔力探知部隊の報告によると、魔族軍は現在、国境の霧幻谷の対岸に駐留している模様です!」
聞かれた兵隊長が右こぶしを左胸に当てて答える。
「王子。
奴らはどうやって谷を越えてくるつもりですかね?」
その報告を聞き、筋骨隆々を言葉にしたかのような大柄な部隊長が、王子と呼ばれた青年に声を掛けた。
「まだ何とも言えないな。
飛竜を使うのが手っ取り早いのだろうが、それでは運べる量が限られるし、撃ち落とされるのは目に見えてる。
橋など掛けようはずもないし、結界があるから転移もできない」
「そうですよね」
王子は顎に手をやりながら考えを述べたが、答えを出せずにいた。
彼は北の国<マリアルクス>の第一王子であり、この最南端の指揮を任されているライズ・マリアルクスである。
なぜ、皇太子であるライズが戦争の最前線にいるのかと言うと、彼が王国で最も強いからである。
ライズを溺愛する国王からは猛反対されたらしいが、人間の領域を守るためだからと主張し、大臣たちが王を抑えつけている間に出てきてしまったのである。
王も、行ってしまったからにはと、ライズに南軍の全権を任せ、リリアの国主にまで任命して、ライズを守ることにした。
ライズ自身は国政を信頼できる部下に任せ、自分はほとんどこの最前線である霧幻谷に身を寄せていた。
「まさか!
谷に降りて登ってくるなんてことは!?」
「ジムズ、さすがにそれはないだろう。
谷底は水竜でさえ溺れるといわれる激流な上に、谷の霧はすべての魔法・スキルを無効化する死の谷だ。
そんなことをしても、部隊の1/10も残らないだろう」
「そうですよね………」
ジムズと呼ばれた部隊長の男は、提案した可能性をライズに否定され、肩を落とした。
「だが、あらゆる可能性を想定しておくことは無駄ではない。
心構えがあるのとないのでは段違いだからな。
他にも、考え得る可能性を1つでも挙げていこう」
ライズはそう言って、再び地図に目を落とした。
『奴らはなぜ、対岸に部隊に集結させている?
それも、こちら側にそれを隠そうともせずに。
何か、あの大軍隊をこちらに移動させる手段があるとでも言うのか?
だが、そんなものがあるのなら、なぜ今すぐにそれを実行しない?
準備に時間がかかっているのか?
それとも、何かを待っている?
…………分からない。
情報が少なすぎる』
「ライズ王子!
先ほど、神樹から強烈な光と、強力な魔力反応が確認されました!」
「なにっ!?」
駆け込んできた兵からの報告を受け、ライズはガタンと椅子から立ち上がった。
「このタイミングで新たな転生者かっ!」
ライズは困惑に満ちた表情を見せた。
「………王子。
どうしますか?」
「……………」
ジムズに問われたライズはしばらく考え込んだあと、
「俺が行く」
顔を上げて、それだけ言った。