第五十九話 打ち合い、のち、ロリ
ライズ王子は自分の愛刀である雷蒼剣(と言うらしい)を構えた。
俺も黒影刀を抜いて構える。
お互いに魔法障壁を使えるから、真剣でいいだろうということになった。
使い慣れた武器の方が、より実戦に近い手合わせが出来るというのもあった。
ただし、某ギルドマスターの二の舞を予防するために、障壁以外の魔力の使用はなしにした。
「では、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
俺が深々と頭を下げると、ライズ王子も微笑んで応える。
お互いに距離をとり、ザリッと地面を踏みしめると、俺たちはすうっと息を吸った。
「さてさて、異世界の剣技がどれほど凄まじいものか、楽しみですな!」
「いやいや、わたくしの拙い技など、王国剣術に比べたら、児戯ですよ!」
「またまたご謙遜を!
まあでも?
ただ速いだけなど、剣技とは言えませんでしょうが、所詮は木っ端一族などと言われない程度のものは見せていただけるんでしょうなぁ」
「そうですねぇ。
わたくしなど、猿のようにくるくる回るしか芸がございませんが、ハリボテ王子殿下の戯れの相手になれるよう、せいぜい頑張らせていただきますよ」
「なんで2人とも、急にお話し始めたですか?
……王子もご主人様も、笑ってるのに、怖いです」
「そーだね。
あんな勝負やだねー」
分かっている。
見え見えの挑発だ。
足を大きめに横に開いたスタイル。
完全に相手の攻撃を誘っている。
後の先でカウンターを決める、典型的な形。
それ自体は悪くない。
問題は、この安い舌戦だ。
こんなものに、本当に俺がのるとでも思っているのか。
あるいは、それさえ伏線なのか。
「いやー、しかし、草葉殿は本当にすごいですよ!
まさかキマイラを一刀の元に仕留めてしまうなんて!
あ、そういえば、草葉殿はカイゼルと手合わせしたそうですね。
私はあの人とだけはやらないようにしてるんですよ。
手加減知らないでしょう?彼。
訓練場を壊されちゃ敵いませんからね!」
王子はまだにこやかに喋り続けている。
後半の内容が気になったが。
自分から動く気はまったくないようだ。
さて、どうするか。
俺は適当に返しながら、次はどう動くかを考えていた。
「それに、フラウさんの成長にも驚きました!
まさかリードと良い勝負をするなんて……ね!」
「いやー、私も驚きましたよー……おっと!」
「おや、避けられてしまいましたか。
さすがですね」
危なかった。
完全に自分が次にどう動くかを考えている時に、ノーモーションで倒れこむように突っ込んできた。
剣の長さを利用した突き。
何とか避けたが、相手は完全に自分からは動かないと思い込まされてしまっていた。
おまけに、殺気も何もなく、にこやかに話している途中に突然繰り出される、自重をかけた突きだった。
こんなもの、大抵の人間は避けられない。
「さて、と、つまらない小手先はこのぐらいにして、せっかくなのでたくさん打ち合っていきましょう!」
「ええ、そうですね」
俺がそう言い終わると、お互いザッと大地を蹴り、剣を合わせた。
ギィンッ!という鋭い音が訓練場に響く。
今度は一転して、正統な王国剣術といった戦闘スタイルだ。
上段からの袈裟斬り、からの斬り上げ。突き。回転して足斬り。引き戻しからの胴斬り。
王道だな。
かと思えば、手元で剣を回転させて剣撃を防ぎ、地面に剣を突き刺して、剣の柄に手をのせて蹴りを加えてくる。
正道も亜道も境なく決めてくる。
やはり、ただの王子様ではないようだ。
訓練と実戦に裏打ちされた実力者。
これは確かに、王子が相手という気負いがあっては、相手にさえならないだろう。
だからこそ、国に従属しているわけではないギルドマスターに手合わせを頼んでいるのだ。
それならば、俺も変な気遣いはやめよう。
単純に倒すべき相手として、認識を改めさせてもらう。
「おや?
ようやくまともにお相手いただけるようですね」
剣を逆手に持ち変え、構えも変えた俺に、王子は嬉しそうにしていた。
草葉流剣術は、有り体に言えば、暗殺術に近い。
一撃必中を主とし、一太刀のもとに相手を制圧する。
基本は暗闇から相手に気付かれずに仕留める類いのものが多い。
そのため、あまりこのような白兵戦を想定した打ち合いには向いてはいない。
だが、それ用の技術がないわけではないし、やむを得ず、正面きって相手と相対さなければならない場合を想定した技もある。
要は、それらをどう使っていくかだ。
俺は逆手に持った剣を前に構え、腰をぐっと落とした。
左手は邪魔にならないように腰に据える。
すっと踵を上げるとともに、瞬時に王子の背後に回る。
「おっと!」
そのやり口は以前に目にしていたため、王子はすぐにそれを察し、振り向きながら剣を横に薙いだ。
俺はその剣撃に黒影刀だけを当てて、逆立ちするように上へ飛んだ。
これだけの至近距離では、俺のスピードを目で追うのは難しい。
王子は刀に触れたことで手応えを感じ、すぐに刃を引き戻して、剣の持ち主がいるであろう場所を再び斬りつける。
が、そこにはすでに黒影刀も俺の姿もなく、それはすでにどちらも王子の真上にあった。
「なっ!」
王子がそれに気付いた時には、俺は王子のつむじ目掛けて、逆手に持った黒影刀を振り下ろしていた。
バチッ!
「うわっ!」
が、雷蒼剣から発せられた稲妻によって、俺は弾かれてしまい、くるくると回転して、王子の正面へと着地した。
「す、すみません。
とっさに、魔力を放出してしまいました」
王子が焦った様子でこちらの安否を気遣ってくる。
どうやら、防衛本能から無意識で防御してしまったようだ。
「……障壁以外の魔力を使用してしまいました。
これは、私の反則負けですね」
王子は潔く頭を下げている。
王子でありながら、傲ることなく、自らの非を素直に認める。
そこが、彼の素晴らしい所だ。
「いえ、こちらも、とても勉強になりました」
俺も礼を言って頭を下げる。
「よければ、もう何合か打ち合いませんか?」
「ぜひぜひ!」
そうして、俺たちが再び剣を構えようとしていると、
「おー!
ライズ王子に影人!
お二人ともこんな所にいたんですかー!」
「げっ!カイゼル!」
「げっ!カイゼル殿っ!」
破壊神、もとい、王城防衛の立役者であるカイゼルが手を大きく振りながらやって来た。
「無事に退院したので、ご挨拶をと思ったのですが、何やら楽しそうですね!
どれ、なまった身体を鍛え直すためにも、俺も混ぜてくださいよ!」
「え゛っ!」
「断るっ!」
「いきますよー!」
ズガァァァァァーーーンッ!!
「「ぎゃああああーーー!!」」
「ご、ご主人様!?」
「いいよ、もうほっとこうぜ」




