第五十四話 時の旅人ほしい
フラウの話によると、村が滅びてフラウだけが逃げ延び、ふらふらと途方に暮れていた所を奴らに捕まった。一度、運良く逃げ出せたことがあったそうだが、そこを、あの仮面の男に捕まったそうだ。
ミツキが言うには、その頃には西の<アーキュリア>はとっくに滅びていて、すでに魔獣やらごろつきやら盗賊やらが溢れかえっていたらしい。
フラウのいた村は田舎すぎて、魔王軍にも盗賊たちにも襲われることはなかったが、それらから逃げてきた魔獣に村は襲われたのだろう、とのことだった。
そして今、魔獣犇めく<アーキュリア>を取り仕切っているのは、マフィア紛いの連中らしい。
そいつらが魔獣を狩ったり、生き残りのアーキュリア国民を捕らえたりして、売っているそうだ。
「なるほど。
だが、他の国は、そんなのを放置しているのか?」
北と南はまだ、どんな国か分からないが、少なくとも<ワコク>は、そんなものを放置しておくようには思えないが。
「前には、各国から何回か小隊が派兵されたこともあったわ。
でも、結果は返り討ち。
奴らからの伝言を伝えるためだけに生かして帰された兵が、こう言ってたらしいわ。
奴らのボスは死なない!
死なないんだ!
って」
ミツキが当時の話を詳しく話してくれる。
どうやら、ギルドにも話はいっていたようだ。
ミツキは軍の派兵の様子を見てから、その依頼を受けようかと思っていたため、ある程度の情報を持っているらしい。
「で、その伝言って言うのは?」
「私たちの国土に手を出さなければ、お前たちの国土には手を出さないでおいてやる。
だそうよ」
「王様気取りか」
俺はやれやれと溜め息を漏らした。
「でも、国はそれで軍の派遣を止めたわ。
正直、魔王軍との戦闘に兵を投入しなければならない中で、そちらにも力を割く余裕がないのよ。
奴らの言うことを鵜呑みには出来ないけど、奴らが<アーキュリア>から出てくる様子もないことから、派兵の打ち切りを決定したみたい。
<ワコク>の殿は終始、西の平定の中止に反対してたけど、<マリアルクス>とギルドから出された調査員が、<アーキュリア>にはもう国民だった者はいないという結論を出してきて、しぶしぶ了承したそうよ」
「おそらく、嘘だろうな」
「ええ。
ギルドにそんな依頼は回ってきてない。
でも、上は独自で選出した冒険者に調べさせたと言ったわ。
今まで、そんなことをしたことなんてないくせに。
その証拠に、各国が手を引いたあとに、フラウみたいな子が奴らに捕まってるわけだしね」
ミツキが悲しそうな目でフラウを見つめる。
「まだ、他にも似たような境遇の人がいるのか」
「ええ。
現に、裏では西からの提供と思われる奴隷が毎回何人か流れ込んでるわ。
どうやら、貴族が買って、屋敷に囲んでるようね。
奴隷はどの国でも禁止されてるから」
「それは取り締まれないのか?」
「無理ね。
確たる証拠もないのに、貴族の屋敷に踏み込めないし、取引はいつも秘密裏に行われる。
西が貴族に奴隷を売っているっていう情報を得た冒険者も、すぐに消されたわ」
「上に、その情報を特定されたくない奴らがいるのか」
俺は睨み付けるように呟いた。
「そうね。
それもあって、国内の犯罪を取り締まる警務部隊と、奴らとのいたちごっこが続いて、結果、ほとんど野放しになっちゃってるわ」
ミツキも苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「人類の存亡をかけた魔王軍との戦いの最中に、人間による犯罪の心配をしないとならないのか」
「ほんと、どの世界でもバカよね、人間て」
俺の溜め息に、ミツキもやれやれと同意した。
「だが、どうやらそこに行ってみるしかなさそうだな」
ミツキからの説明を一通り聞いた俺は、そう呟いた。
「そうね。
でも、そいつらは強いのよね?
私たちの戦力では厳しいわよ」
ミツキが皆を見回しながら言う。
「誰かに、手伝ってもらえないんですか?」
フラウが心配そうに尋ねてくる。
「…………難しいだろうな。
バルタス村が西にあると分かった時の反応からしても、あまり大々的な協力は仰げないだろう」
「そうね。
最悪、ギルドへの依頼さえ出してもらえないかも。
もう国から調査の依頼を受けてるから、それを待てとか言われそう」
俺の返答に、ミツキも同意した。
マリアルクス王は、それを見越してギルドに依頼を出したのだろうか。
「と、なると、俺たちでやるしかないわけだ」
「影人。
何かあるでしょ。
どうする?」
プルがぽつりと呟いた俺にそう言ってくる。
俺が何か言おうとしてるのが分かったみたいだ。
「…………」
正直、言おうか迷っている。
言えば、俺たちの戦力は大幅に上がる。
だが、それは俺の弱点を晒す結果になる。
もしも、打ち明けた結果、2人がそれを口外したら…………
でも、この2人は恐らくそんなことはしないだろう。
これだけ危険な話に、当然のように参加するつもりでいるのだから。
それを解決するために、真剣に話してくれるのだから。
すべては、フラウのために。
それだけで、信じるには十分だろう。
「…………これから、2人に俺のスキルについて説明するから、よく聞いてほしい」
「おけ」
「分かったわ」
2人は真剣な顔で頷いてくれた。
自分の最大の武器であるスキルについて話すということを、よく理解してくれているようだ。
俺が自分のスキル、『百万長者』について説明し終わると、ミツキは驚いたような表情を見せていた。
「な、なによそれ。
そんなとんでもないスキル、聞いたことないわよ。
100万て。
一人で大軍勢を率いてるようなものじゃない」
「まあ、自分では使えないけどな」
ミツキの驚きの言葉に、俺は溜め息を吐きながら応える。
「うん。
やっぱり影人は変態だった」
プルはうんうんと首をずっと縦に振っている。
首取れちゃいますよ。
「まあ、つまり、このスキルを使って、2人にいくつかスキルを渡したいと思う。
それ次第では、奴らに対抗できるようになるかもしれない。
フラウにも、追加でいくつか渡しておこう」
フラウはそれを聞いて、こくりと頷く。
「だから、そのためにも、2人のスキルを含めた、現有戦力を教えてもらいたい。
それが分かれば、俺の中のサポートシステムさんが、2人に見合ったスキルを見繕ってくれる」
『百万長者』について説明した時に、当然、サポートシステムさんの話もしてある。
だが、戦いに身を置く者として、自身の戦力は露見させたくないものだ。
スキルなんかは特に。
情報の漏洩は、自らの死に直結することを知っているからだ。
だから、俺は俺から、自分のスキルを明かした。
『百万長者』の真価を発揮させるためには、相手の情報を得ることが必須だったから。
「問題ない」
「……分かったわ」
プルは二つ返事で頷き、ミツキも少し迷っていたようだが、すぐに頷いてくれた。
「ありがとう」
俺は素直にそれに感謝の意を示した。
それだけ、冒険者にとって自身の戦力という情報は、自らの生命線なのだ。
「私のスキルは【終わらない狩人】って言うわ。
能力は、弓矢の生成。
一度、吸収・登録した弓矢なら、いつでもどこででも、手元に召喚できる。
ただし、きちんと購入したり、自分で発見したりして、所有権を持たないと登録できない。
その代わり、登録された矢は無限に複製して出現させることが出来るわ。
つまり、出し入れ自由な上に、尽きることのない矢を持ってるってわけ」
ミツキが自分のスキルについて説明してくれた。
弓士にとってはまさに理想的なスキルだろう。
ミツキが武器を持ち歩いていないのは、そういうことだったのか。
ミツキは他に、弓士としての補正スキルと、各属性魔法を矢に付与させる魔法弓を扱えるそうだ。
これはミツキの現在のジョブである魔弓師の能力だそうだ。
基本的にはどの属性魔法も使えるが、やはり光属性が最も得意だそうだ。
単純に威力も上がるし、魔獣や、特にアンデット系の魔族には効果が高いらしい。
滅びた土地にはアンデットがよく湧くらしいので、<アーキュリア>では役に立つだろうとのことだった。
「私のスキルは【時の旅人】。
自分の成長スピードを任意の方向に進められる。
ルルの所に行くまで自分のスキルのことは知らなかったけど、魔法は好きだったから助かった。
これで、魔法の極みを一気に駆け上った。
1年で100年分ぐらい研鑽した」
プルがさらっととんでもないことを言ってのけた。
恣意的に進化可能なスキルなど、最強と言っても過言ではない。
それを魔法の研鑽にのみ注ぎ込むあたりが、何ともプルらしいが。
そんなプルだからこそ、こんなとんでもスキルが与えられたのだろうか。
どうなんですかね、パンダさん!
と、俺が思わずツッコミたくなるレベルだ。
「で、そのおかげで、だいたいの魔法は使える。
でも、魔法以外には興味なかったから、近接戦はあんまり。
それに、魔法は発動に時間がかかる。
だから、今は近接戦と、魔法の即時発動の成長に対してスキルを発動中!」
と、プルは胸を張って言った。
俺と手合わせした時も、十分戦えていた気がしたが、あれはその場しのぎの即席で、無理やり反応スピードや魔法の発動速度をスキルで上げていたらしい。
その反動で、しばらくスキルを使えなかったそうだが。
いや、そこまで意地にならなくてもよくないか?
負けるの悔しいじゃんですか、そうですか。
ともかく、これで2人の戦力は把握した。
ここから、サポートシステムさんに2人に合うスキルを見繕ってもらうことにする。
2人の性質に合ったスキルだから、きっとすぐに順応するだろう。